第407話 世界の声

 情報交換と相談を終えた後、世界樹の広場でフリージアが用意してくれたお茶会に参加していた。

 当然、シャミーナや教え子たちも一緒だ。

 テーブルの上にはタルトだけでなく、ケーキやクッキー。

 それに〈庭園〉で採れたものと思われるフルーツが並んでいた。


「うん、美味い。二人とも、いつの間にこんなに料理が上手くなったんだ?」

「シオンお姉様に教わったのです。お、お父上様に喜んでいただきたくて……」


 愛らしいことを言うアイリス。そんな風に言われると、嬉しくなる。

 しかし、エミリアだけでなくシオンも二人のことを見てくれているみたいだな。

 今度、なにか御礼をした方がよさそうだ。


「お父上様。よろしけば、こちらの焼き菓子もどうぞ。魔力草を生地に練り込んであるので、疲労回復の効果があります。お疲れでしょうし、是非――」

「アイリスお姉ちゃんだけずるい! パパ、フーのも食べて」


 ひさしぶりに会えて嬉しいのか、二人揃って菓子を勧めてくる。

 悪い気はしないのだが、さすがにこの量を一人で食べるのは無理そうだ。

 そう言う意味でも、シャミーナと教え子たちがいてくれて助かった。


「このタルト美味しいけど、どこかで食べたような味がするね」

「私は初めて食べる味ですが、とても美味しいです。あとで材料とレシピを聞いてみましょうか」

「……天谷先輩。それ以上、深入りしない方がいいですよ」


 みんなも楽しんでいるようだ。

 シャミーナはタルトに祈りを捧げているし……本当に変わった人だと思う。


「二人のこと任せっぱなしで悪いな」

「別にいいわよ。イスリアの小さい頃と比べたら、二人とも素直で良い子だし」


 イスリアと言うのは、エミリアの妹だ。

 どことなく寂しそうな、それでいて懐かしむような表情を見せるエミリア。

 こっちの世界に飛ばされたのは事故のようなもので、家族と突然離れ離れになった訳だしな。普段は気にしていない素振りを見せているが、やはり故郷に残してきた家族のことが気になるのだろう。

 どうにかしてやりたいとは思っているのだが、いまの俺でもエミリアを元の世界に戻してやれない。正確には世界を渡るだけなら難しくないのだが、確実に狙った場所、狙った時間に転移できるという保証がないのだ。

 実際、時空間転移で現代に帰還した際、場所と時間がズレてしまった訳だしな。

 運良く地球に転移できて時間も二年程度の誤差で済んだが、最悪の場合は宇宙空間や別の星に転移していた可能性がある上、時間も数百年単位でズレるなんて可能性もあった。

 そんな状態でエミリアとシキを元の世界に帰すのはリスクが高すぎる。

 少なくとも確信が持てるまでは、異世界に渡るのは危険だと考えていた。


「なにを考えているのか分かるけど、気にしなくていいからね。家族のことが気にならないと言えば嘘になるけど、みんなが無事なら私はそれでいいの。むしろ、シーナには感謝してるのよ。私たちの世界を救ってくれたことを――」


 だから安心して自分のやりたいことが出来ると、エミリアは笑顔で話す。

 大災厄から世界を救ったのは、俺一人の力じゃないんだけどな。

 ちょっと手助けしただけで、みんなで勝ち取った平和だと思っている。

 それに中途半端な状態で現代に帰還したので、本当に解決したのか分からないままだった。

 ただ、こうして現代の地球にダンジョンが存在すると言うことは、ダンジョンの封印に成功したと言うことだ。先代やセレスティアがいることだし、心配は要らないと思っている。


「そう言えば、どうして俺の仕業だって分かったんだ?」


 星詠みで月面都市の危機を予見したのは分かる。

 しかし、エミリアが見た未来は月面都市が闇に呑み込まれる光景だったそうだ。

 その闇と言うのがダンジョンのことだと察せられるが、それだけでは俺の仕業とまでは分からないはずだ。

 なのにエミリアは世界樹で俺を待ち伏せていた。

 どうやって、俺がダンジョンを出現させたと知ったのか不思議に思ったのだ。


「アイリスが教えてくれたのよ。あの子はフリージアから教えて貰ったみたいだけど、あの子たちが世界樹の大精霊だと言うことを忘れてない?」


 そう言えば、そうだった。

 月面都市の世界樹に干渉すれば、当然そのことはフリージアも気付く。

 イズンにも口止めしなかったしな。

 フリージアからアイリスに伝わるのは、自然な流れと言うことか。


「アイリスから話を聞かなくても、シーナの仕業だってすぐに分かったけどね。こんなことが出来る人、他にいないもの。まさか、ダンジョンを再現できるようになっているとまで思っていなかったけど……。もう、先代を超えたんじゃない?」


 それは、どうかな?

 先代に劣っているつもりはないが、勝っているとも思っていない。

 俺が人に教えられるまで錬金術の腕を極めることが出来たのは、先代が遺してくれた遺産のお陰だと思っている。俺は先代の足跡を追ってきただけに過ぎない。

 特にホムンクルスの錬成――これは間違いなく先代の功績だしな。

 錬金術師と言っても得手不得手があるし、研究テーマの違いなんかもある。

 エミリアの言っていることは、科学者を一括りにして誰が凄いと比べているようなものだ。

 実際、魔法薬については夕陽にもう教えることはほとんどない。じきに専門分野では、俺も彼女に敵わなくなるだろう。

 俺が得意なものと言えば、やはり魔法式プログラムの構築と解析だ。

 魔導具が、俺の研究分野だしな。特にソフト面の開発に力を入れていた。

 それでも道半ばと言ったところなのだが……〈黄金の蔵〉のように未だに再現できない魔導具が存在する訳だしな。

 これでは、先代を超えたと言えないだろう。


「いや、まだまだだ」

「謙虚ね。シーナらしいとは思うけど」


 謙虚と言うか、分からないことがまだまだあるしな。

 実際、いま難題に直面していた。

 シャミーナから聞いた話だが、死人が甦ったらしい。

 しかし、俺はダンジョンにそんな機能を組み込んだ記憶はない。

 となると、考えられる可能性は一つしかなかった。――〈原典オリジン〉だ。

 恐らく〈青の原典ポントス〉の影響ではないかと俺は疑っていた。

 青の原典が司る法則は〈魂魄〉と〈生命〉だからだ。

 そのため、〈アスクレピオスの杖〉と同じような効果を発揮したのではないかと言うのが、俺の考察なのだが――


(でも、全員が生き返ったと言うのはな)


 死者蘇生はみんなが考えるほど万能なスキルではない。

 確実に成功する訳ではなく、蘇生には対象者の存在の力――言うなれば、魂の強度が大きく関係するのだ。

 そのため、魔力適性の低い一般人に使っても失敗する可能性が高い。

 魔力量の多さは、純粋に魂の強さに直結するからな。

 今回蘇ったのは探索者のようだが、それでも人間の魔力量は〈精霊の一族〉や〈魔族〉と比べれば少ない。しかも、死亡から時間が経過するほどに蘇生の確率は下がっていくのだ。

 なのに一週間が経過している状態で、百十四名・・・・全員が蘇ったと言う話には疑問が残る。

 原典オリジンの力だとしても、なにかしらの代償を支払わなければ考えられない結果だ。


(もう少し調査してみる必要がありそうだな)


 錬金術師としての勘だが、嫌な予感がする。

 真面目に調査の必要がありそうだと、考えさせられるのだった。



  ◆



 世界ノ摂理ルールニ異常ヲ検知。システムスキャンヲ実行シマス。

 ――システムオールグリーン。〈原典オリジン〉ノ法則ニ異常ハ検知サレマセンデシタ。

 状況ノ再確認。第三観測世界・・・・・・デ、新タナダンジョンヲ確認。

 システムニ異常ガ検知サレナイコトカラ、マスター権限ガ用イラレタモノト推定。

 ダンジョンシードノ発芽ノ確認ヲモッテ、第一段階〈神ノ選定・・・・〉ノ完了ヲ報告。

 計画ハ第二段階ヘト移行シマス――

 

『これは世界の声……そう言うことですか。やはりマスターこそが……』


 真っ白な――なにもない部屋に、白い布を纏っただけの女性の姿があった。

 透き通るような白い肌。膝下まで届く長い金色の髪に黄金の瞳。

 あどけなさを残しながらも、見る者の目を奪う美しさを兼ね備えた少女。

 観測者にして世界の理を管理する存在――〈全知アカシャの書〉に宿る補助人格だ。

 正確には、人造精霊・・・・と呼ばれる存在だった。

 世界システムの声を聞き、全知の書――アカシャは状況を把握し、確信する。

 ここまでの出来事は序章――ゲームで言うところのチュートリアルに過ぎない。

 新たなダンジョンの誕生をもって、椎名は世界の意志から神の後継者・・・・・と認められた。

 ここからが、本当の試練。神の後継者を決めるための試練がはじまる。

 しかし、


『これから大いなる試練がはじまる。でも、マスターなら大丈夫でしょう』


 アカシャは椎名が無事に試練を乗り越えることを確信していた。

 椎名の力を信じているからと言うのもあるが、なによりも――


『マスターには〈全知の書わたし〉がいますから』


 自分がついているから大丈夫だと、絶対の自信を滲ませるのだった。

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