第404話 ダンジョンの景色

 月面都市の上空を翼を羽ばたかせながら飛ぶ一匹のドラゴン。

 神竜ファフニール。サーシャのペット――もとい契約を交わしているドラゴンだ。

 椎名が〈奈落アビス〉で捕らえたモンスターで、尋問の末に実験動物モルモットにされそうになっていたところをサーシャの庇護下に入ることで救われた運の良いドラゴンでもあった。

 と言ってもヘイズの用意した〈魂の契約書ギアスロール〉によって魂を縛られているため、楽園のメイドに逆らうことが出来ず、サーシャからも実質ペットのような扱いを受けている哀れな神獣だ。

 不幸中の幸いは、それほど扱いが悪くないことだろう。

 サーシャの眷属になったことが、ファフニールにとって唯一の救いだった。 

 情報を引き出したら素材にされて〈楽園の主〉に献上されていた可能性もあるからだ。

 そして、そんなドラゴンの背中には、夕陽、朱理、明日葉、雫の四人の他に――

 案内役のサーシャと、シャミーナの姿があった。


「ドラゴンに乗ることになるなんて……夢じゃないわよね?」

「先輩、諦めてください。これが現実です」


 現実を受け止めきれない様子の雫に、現実を突きつける朱理。

 その朱理も正直、夢なら覚めて欲しい思うくらい内心では動揺していた。

 それでも雫より幾分か落ち着いているのは、常識を覆すものを散々見てきたからだ。

 今更ドラゴンが一匹や二匹でてきたくらいで、驚きも小さいのだろう。

 それに、このくらいで驚いていては〈楽園の主〉の弟子は務まらないと覚悟を決めていた。

 夕陽を見ていれば、それがよく分かるからだ。


「サーシャちゃん。あとで記念にドラゴンと一緒に写真撮ってもいい?」


 そんななか、ドラゴンとの記念写真をサーシャにお願いする明日葉。

 相も変わらず臆することなく状況を目一杯楽しむ明日葉に、朱理は感心する。


「えっと……ファーちゃん、いい?」

『主がかまわぬのであれば、我が拒む理由はない。しかし、我の本来の姿を見ても、まったく臆さぬとは……』


 神竜を恐れぬ明日葉の態度から、もしかして凄い奴なのかと訝しむファフニール。

 そんなファフニールを見て、


「すごい! このドラゴン、人間の言葉が話せるの!?」

「えっと、正確には人間の言葉を話せている訳ではなくて、念話を使った思念伝達ですけど……」

「それでも人間の言葉が分かってるってことでしょ? 凄いんだね。ファーちゃん」


 明日葉は目を輝かせなら驚き、嬉しそうにファフニールを撫でる。

 やはり只者ではないと、明日葉に対する評価を上方修正するファフニール。

 人間のなかにも油断のならない存在がいることを、よく知っているからだ。

 特にサーシャの友人であり〈楽園の主〉の弟子でもある夕陽には、特別の警戒をしていた。

 時折、夕陽の向けてくる視線に〈楽園の主〉と同じ危険を感じるからだ。


「やっぱりアスハは面白い子ね。ユウヒの周りには、楽しい子が集まっているわね」

「うーん。明日葉と朱理は、ちょっと変わってるので」

「ちょっと夕陽……明日葉アレと一緒にしないで欲しいのだけど」


 シャミーナと夕陽の会話に思わず割って入る朱理。

 明日葉のことは友達だと思っているし、嫌っている訳ではないが、同類にして欲しくはなかったのだろう。

 ドラゴンをペット扱いするほど、恐い物知らずではないからだ。

 それに夕陽も明日葉ひとのことは言えないと思っていた。


(本当に……仲が良いわね)


 そんな三人のやり取りを、どこか羨ましそうに見守る雫。

 友人がいないと言う訳ではないが、夕陽たちのように遠慮なく冗談を言い合える仲間が雫にはいなかった。

 生徒会長――それに天谷と言う立場に遠慮して、みんな一歩引いてしまうからだ。

 その所為で、疎外感を覚えることがあった。

 だから夕陽たちを見ていると、羨ましく感じるのだろう。


「そう言えば、夕陽とサーシャちゃんって、どういう関係なの? 随分と親しげな感じだったけど」

「知り合った切っ掛けは、レミルちゃんと一緒かな? サーシャちゃんは先生の娘だからね」 

「え……それって、レミルちゃんとは姉妹ってこと?」


 身に付けているメイド服と銀髪金眼から楽園のメイドと察することは出来るが、まさかレミルと同じ〈楽園の主〉の娘だと思ってもいなかったのだろう。

 明日葉だけでなく、朱理と雫も驚いた様子を見せる。


「はい。レミルお姉様は、私のお姉様・・・です」


 明日葉の疑問を肯定するサーシャ。

 しかし、と聞いて戸惑う明日葉。


「レミルちゃんが妹かと思った……」

「フフ、よく言われます。でも、レミルお姉様は気にするので、本人の前では言わないようにしてくださいね」


 レミルの方が幼く見えることから、サーシャの方が姉だと思っていたからだ。

 そんな明日葉の勘違いを優しく正すサーシャ。

 メイドのなかには人間を嫌っていたり、主の手を煩わせる下等な生き物だと考えている者もいるが、サーシャは夕陽と仲が良いことからも分かるように人間に対して悪い感情は抱いていなかった。

 シオンのように人間だった頃の記憶がある訳ではないが、朝陽や夕陽のように人間のなかにも善良な人間がいることを知っているからだ。


「見えてきました」


 そんな風に話をしている間に、銀色に輝くドーム状の建物が見えてくる。

 しかし、目的地に着く前に――


「これが、皆さんに見せたかった景色です」


 夕陽たちに見せたかった景色が、サーシャにはあった。

 それが、街の外に広がる景色。

 地平の彼方まで続く黄昏の空と、灰色の大地だった。



  ◆



「ああ、神よ。お招きいただき感謝いたします」


 膝をつき、祈るようなポーズで挨拶する残念美人さん――もといシャミーナ。

 相変わらず大袈裟な人だ。

 あと、ギルドマスターに声をかけるように言ったのはエミリアだからな?

 ギルドには話を通しておいた方が良いと言われたので、サーシャにギルドマスターを呼んでくるように頼んだのだ。


「よく来てくれた。サーシャもご苦労様」 

「勿体ないお言葉。王様のお役に立てて光栄です」

「サーシャまで畏まらなくても、普通でいいんだぞ?」

「王様でも公私はちゃんと分けないと、ユミル様に叱られますよ?」


 う……ユミルの名前をだされると弱い。

 しかし、しっかりとしてきたな。

 この二年で一番成長したのはサーシャかもしれない。  


「あとは……お前たちもよくきたな」

「先生、そんなついでぽく言われても……」

「そんなことないぞ?」


 明日葉が不満を漏らすが、一応は心配していたのだ。

 まあ、教え子たちが巻き込まれていることを知ったのは、遂さっきのことだけど。

 サーシャに迎えに行かせるまで、巻き込まれた学生のなかに彼女たちがいることを聞かされていなかったからだ。


「お前たちのことは信じていたからな。この程度で死ぬはずがないって」


 ただまあ、彼女たちの実力は知っている。

 だから、あの程度のモンスターに後れを取るとは思っていなかった。

 それにギャルの妹――夕陽が〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を携帯していることは知っていたしな。

 レミルだけでなくサーシャとも仲良くなって、楽園や月面都市にも時々きていると言う話を聞いていたからだ。


「神よ……やはり、あれは試練だったのですね」


 試練? なんのことだ?

 また自分の世界に浸っているみたいで、シャミーナが祈りを捧げている。

 これさえなければ、優秀な人だと思うんだけどな。本当に残念な人だ。


「あれ? 先生、お姉ちゃんは来ていないんですか?」


 自分たちが呼ばれたのに、姉の姿がないことを不思議に思ったのだろう。

 ギャル――もとい朝陽・・には、ちょっと頼みごとをしていた。

 そろそろ戻ってくる頃だと思うのだが――


「ご主人様、ただいま戻りました」


 良いタイミングで戻ってきたようだ。

 先にイズンが現れ、あとを追うように展開された転移陣から純白の装備・・・・・を身につけた朝陽が姿を現すのだった。

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