第403話 原典とダンジョン

 どうして、こうなった。

 いま俺は月面都市の家――ドームで覆われた世界樹のある広場に戻ってきていた。

 いや、これは正確ではないな。

 世界樹――街の方がダンジョンに引き寄せられたのだ。


「あなたには、あなたの考えがあってのことだと分かっているけど、さすがに今回のはやりすぎよ。せめて実行に移す前に相談して欲しかったわ……」


 もっと具体的に言うと、月面都市がダンジョンに取り込まれた。

 エミリアが怒っているのも、それが理由だ。

 どうして、ここにエミリアがいるかと言うと〈星詠み〉の神託があったらしい。

 まさか、ダンジョンに街が取り込まれるとは思ってもいなかったそうだが、悪い予感が的中したとのことだった。

 しかし、どうしてこうなったのかが俺にも分からない。俺がイメージしたのは遺跡で見た全高十メートルほどの門であって、街を呑み込むほど巨大なゲートを想定した訳ではなかったからだ。


(一応、仮説は立てられるけど……)


 ダンジョンは巨大な〈空間倉庫アイテムボックス〉だという話をしたと思うが、魔法の鞄マジックバッグ魔法石マナストーンに込めた魔力の大きさで空間の広さが決まるように、ダンジョンのゲートもゲートが吸収した魔力量で大きさが変化する可能性はある。

 そのため、ゲートが周辺の魔力を吸収して想定よりも大きくなったと言う可能性は考えられなくもないのだ。

 しかし、月が地球よりも大気中の魔力濃度が高いと言っても高が知れている。

 ダンジョンの下層や深層ほどの魔力が、地上に溢れている訳ないしな。

 正直どうしてこんなことになったのか分からない。

 もしかして、世界樹の魔力が干渉したのだろうか?

 そうならないようにイズンに協力を頼んだと言うのに想定外だ。


(しかし、どうしたものかな……)


 ダンジョンのゲートだが、一度固定されてしまうと後からサイズ変更など出来ないようなのだ。となると、ゲートを消して新たに設置するしかない訳だが、これにも問題があった。

 ダンジョンに呑み込まれた街を、どうするのかと言った問題だ。

 結論から述べてしまうと、元に戻す方法はない。ダンジョンの外へ街を転移させる方法がないからだ。

 帰還の水晶リターンクリスタルを使えばいいんじゃないかと思うかもしれないが、身に付けられる程度のものなら一緒に転移は可能だが、街そのものを転移させる力なんてない。本来の用途としては、その名の通りダンジョンから帰還するための魔導具だからな。


「シーナ、私の話を聞いてる?」

「ああ、うん」

「それで、どうするつもりなの?」


 どうするつもりなのかと聞かれてもな。

 完全に不可抗力なので、どうしたものかと本気で困っていた。

 ゲートのことは元々公表するつもりはなかったので、設置してからエミリアたちに説明すればいいだろうと後回しにしたことが悔やまれる。エミリアのこの反応から察するに街はきっと大騒ぎになっているのだろう。

 ギルドにも迷惑をかけてしまっているに違いない。

 とはいえ、


「現状維持だ」


 いまは、これしかないと思っている。

 新しい街を造るとなると相応の時間が掛かるし、いま街で暮らしている人たちを追い出す訳にもいかない。なら取り敢えず、街はこのままでもいいのではないかと考えていた。

 幸い、街が転移した場所はダンジョンの入り口に近い場所なので、外との出入りに困ることはないだろう。

 それにメリットもある。ダンジョン内であれば、魔力を含むものは劣化することがない。即ち、魔法薬や素材の管理が楽になる上、魔導具も経年劣化による修復や交換が基本的に不要となり、街の維持が楽になると言うことだ。

 こうして考えてみれば、結果オーライなんじゃないかと思う。

 それに、この一週間。なにもしていなかった訳じゃない。

 ゲートの設置と並行して、ダンジョンの環境を整えるための調整を行っていた。

 その結果、三つの〈原典オリジン〉をダンジョンの機能に組み込むことに成功したのだ。

 黒の原典クロノス赤の原典ウラノス青の原典ポントスの三つだ。

 以前、アカシャは十の〈原典オリジン〉の力を使って、神は世界を創造したと言っていた。と言うことは、戦闘に使ったりするものではなく〈創造クリエイション〉――世界を構築するために使用するのが、本来の使い方ではないかと考えた訳だ。

 そこで、このダンジョンで〈原典オリジン〉の力を試してみることにした。

 結果、三つの〈原典オリジン〉はカドゥケウスの〈拡張〉によってダンジョンの機能として組み込まれた。

 十個の〈原典オリジン〉が揃っていれば、もっと完璧なものに仕上がると思うのだが、それでも現状では満足のいくものに仕上がったと思っている。今後、更に多くの〈原典オリジン〉が手に入ることがあれば、ダンジョンの機能は〈拡張〉されていくはずだ。

 特に〈黒の原典クロノス〉と〈青の原典ポントス〉――この二つの〈原典オリジン〉が、ダンジョンの環境を整える上で重要な役割を果たしていた。


 ダンジョンのなかであれば魔力を伴うものは劣化しないと言う話だが、恐らくそれは〈黒の原典クロノス〉の力によるものだと考えられる。

 黒が司る法則は〈時間〉と〈空間〉だ。〈黄金の蔵〉の中身が腐らないのと同じように、時間の流れを制御しているのだろう。実はダンジョンのゲートも〈黒の原典クロノス〉の力を利用していた。

 マジックバッグに用いられている〈空間拡張〉ではなく〈時空間転移〉の技術を用いたゲートで、地上から見える巨大な穴のようなものは上位空間へと繋がる通路を視認化したものだ。

 このことからもダンジョンとは、現実世界とは異なる空間。

 世界のどこにも存在せず、時間という概念からも外れた空間。

 次元の狭間に存在していることが分かる。

 恐らく〈無限牢獄トコシエノセカイ〉や〈黄金の蔵〉も仕組みは同じと考えていいだろう。

 次元の狭間と言うのは、世界を隔てる境界に存在する空間のことだ。

 異世界へ〈時空間転移〉する際には、この空間を経由することになる。分かり易く説明するのであれば、次元の狭間が宇宙。そして、それぞれの世界が宇宙に浮かぶ星と例えれば理解しやすいだろう。

 俺たちの世界もその無数に存在する世界の一つに過ぎず、ダンジョンもまた次元の狭間を漂う世界の一つと言うことだ。

 だからダンジョンへ転移する際には〈時空間魔法〉を用いたゲートを設置する必要があった。


 そして〈青の原典ポントス〉だが、こいつは〈魂魄〉と〈生命〉を司る原典オリジンだ。

 ようするに、魂の錬成や生命の創造と言った錬金術においても重要な法則を司っていた。そのことから、恐らくモンスターの誕生に深く関わっているのではないかと考えている。

 最後に〈赤の原典ウラノス〉だが、こいつが果たす役割は〈分解〉と〈破壊〉だ。

 現状で役に立っているのかと言われると微妙なところなのだが、俺が考えるにダンジョン内に放置された人間の死体やモンスターが魔素へと分解されるのは、この〈赤の原典ウラノス〉が関係しているのだろう。

 俺のスキル〈大いなる秘術アルス・マグナ〉にも言えることなのだが、創造と言うのは破壊とセットだという考えがある。

 古いものを壊して、新しいものを創る。その古いものをリサイクルするための法則を司るのが〈赤の原典ウラノス〉と言う訳だ。

 だから不要と言うことはない。どの〈原典オリジン〉も世界を構築するのに必要な力を備えていた。

 とはいえ、まだ完璧じゃないんだよな。いま手元にある〈原典オリジン〉は三つだけだ。全部で十個の〈原典〉が存在するそうだが、残りの〈原典〉が揃わないことには、このダンジョンは完成しない。しかも、二つは既に失われていると言う話だしな。

 ここまで話せば分かると思うが、ダンジョンの創造には間違いなく〈原典オリジン〉が関わっている。ダンジョンの秘密を完全に解き明かすには、〈原典オリジン〉を集める必要があると言うのが、俺の導き出した答えだった。


「現状維持……ね。シーナの考えはわかったわ。でも、周りが放って置かないわよ?」


 エミリアがなにを危惧しているのかは察せられる。

 完成するまで黙っているつもりだったが、新しくダンジョンが生まれた訳だしな。

 当然、あれこれと難癖を付けてくる国も現れるだろう。

 ダンジョンは資源と言う考えが根強いからな。そこは俺も否定するつもりはない。

 しかし、


「問題ない。ここは、俺の国だからな」


 ここは月だ。あれこれと言ってきたとしても関係ない。地球ならまだしも、自分のテリトリーでなにをやろうと文句を言われる筋合いはないと言うのが、俺の考えだった。

 それに説明を求められても、まだ完全にダンジョンの謎を解き明かした訳ではないのだ。答えようにも答えられないと言うのが、正直なところだ。

 なので――


(いつもの如くレギルに任せておけば、大丈夫だろう)


 適当に誤魔化しておけば、メイドたちが上手くやってくれるはずだと気楽に構えるのであった。

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