第402話 死者蘇生(後編)
「夕陽……これって……」
朱理が驚くの無理はない。空の色が一変していたからだ。
部屋のバルコニーから黄昏に染まった空を見上げ、戸惑いの声を漏らす朱理に――
「
転移したのだと夕陽は答える。
景色が一変する前に感じた感覚。あれは間違いなく転移の兆候だったからだ。
「転移って、まさか街ごと転移したってこと?」
信じられないと言った様子で、尋ねる明日葉。
スキルを用いた転移でさえ、短い距離しか移動できないのだ。
だから月を訪れるには〈
なのに街ごと転移したなんて、到底信じられるような話ではなかったのだろう。
しかし、
「……ダンジョン事変」
そんな明日葉の疑問に答えるように、ポツリと言葉を漏らす雫。
三十五年前の大災害が頭を過ったからだ。
西暦2020年の夏。この世界に突如として出現した大穴――通称ダンジョン。
世界六カ所で同時に、なんの前触れもなく十キロ四方メートルの空間が消失し、そこで生活を営んでいた凡そ十万の人々を街ごとダンジョンに呑み込み、命を奪った忌むべき災厄。
それが、教科書にも記されている〈ダンジョン事変〉と呼ばれる大災害だった。
「まさか、新たなダンジョンが出現した? そんなことが……」
ありえるのかと朱理が口にしかけた、その時だった。
ホテルの部屋に備え付けられた電話が鳴ったのは――
「もしもし――はい、わかりました。すぐに向かいます」
受話器を取り、電話の相手と話をする夕陽。
話の流れから、恐らくはフロントからの連絡だと察することは出来るが、
「三人とも準備をして。これからギルドに向かうよ」
ギルドから呼び出しがあったことを、夕陽は三人に告げるのだった。
◆
ホテルが用意した車でギルドに到着した夕陽たちを、
「お待ちしておりました。ギルドマスターがお待ちです」
待ち構えていたかのように、出迎えてくれたのはギルドの職員だった。
どこか、ギルドの施設内も慌ただしい様子が見て取れる中、四人は職員の案内でギルドマスターの待つ執務室へと通される。
「お客様をお連れしました」
「入ってもらって頂戴。よく来てくれたわね、ユウヒ。それに
英雄と呼ばれて面映ゆい反応を見せる四人。
執務室で夕陽たち四人を待っていたのは、ギルドマスターのシャミーナとサブマスターのアイーシャ。それに――
「生徒会長。それに皆さん、ご無沙汰しています。あの時は助けて頂き、ありがとうございました」
四人が救出した女生徒――長瀬優衣の姿もあった。
ずっと気になっていたのだろう。
優衣の元気そうな姿を見て、安堵の表情を浮かべる雫。
そんななか、
「ゆ、幽霊?」
明日葉が驚きの声を上げる。
もう一人、明日葉がダンジョンで遺体を回収した男子生徒の姿があったからだ。
あ、補足しておくと全裸ではない。ギルド職員が制服の下に着ている白いシャツに黒のスラックスと、いまの彼はギルドから貸し与えられた衣服をちゃんと身に着けていた。
「は、はじめまして……
「救ったというか、遺体を回収したというか……どうやって生き返ったの?」
「それは僕にも、なにがなんだか……。気付いたら街の入り口に倒れていて……僕って本当に死んでたんですか?」
男子生徒――悠生の問いに戸惑いながら、明日葉は無言で頷く。
間違いなく悠生は死んでいた。それは彼の遺体が
命あるものは、
これは探索者であれば、誰もが知っている常識だった。
そのことから、
「ギルドマスター。もしかして、私たちが呼ばれたのは……」
「ええ、ユウヒを呼んだのは確認のためよ。あなたは彼が生き返ったことに心当たりがあるのではなくて?」
自分が呼ばれた理由を夕陽は察する。
ギルドマスターがなにを聞きたいのか、察したからだ。
チラリと悠生を一瞥して、誤魔化せる状況ではないと考えた夕陽は重い口を開く。
「恐らくは〈死者蘇生〉の秘術を用いたのだと思います」
――死者蘇生。
それは、いまの夕陽では逆立ちをしても再現できない錬金術の秘術だ。
貴重な素材を使用すると言うことも理由にあるが、ホムンクルスの錬成が錬金術における到達点の一つと言われているのは、魂の錬成とは神秘の領域にある神のみに許された奇跡だからだ。
死者蘇生も同様だ。失われた命を復活させるには肉体の再生だけでなく、魂の錬成が不可欠になる。そんな奇跡を起こせる存在など、この世界に一人しか思い浮かばなかった。
「やはり、彼が蘇ったのは神のご意志と言うことなのね」
シャミーナの言うように〈楽園の主〉をおいて他にいなかった。
だからこそ、確認のために自分をギルドに呼び寄せたのだと夕陽は察する。
「実は生き返ったのは、彼だけではないのよ」
「え……それって……」
「ダンジョンで殺された探索者たちの遺体を回収してあったのだけど……」
霊安室においてあった遺体がすべて消えて、悠生と同じように街の入り口で保護されたのだとシャミーナは話す。
その数は百人を超えると聞き、さすがの夕陽も驚きを隠せない様子を見せる。
「まさか、街がダンジョンに転移したのは……」
「どうやら気付いたみたいね。私たちも、その可能性を疑っているわ」
亡くなった人たちを生き返らせるために、街ごとダンジョンに転移させたのではないかとシャミーナとアイーシャは考えていた。
話を聞く限りでは、夕陽もその可能性が高いと考える。
これだけ大規模な死者蘇生を実行するとなると、なにかしらの条件が必要だと考えられるからだ。
(大量の魔力が必要なのは想像がつくけど……ううん、ダンジョンそのものになにか秘密があると考える方が自然かも……)
となれば、間違いなく〈楽園の主〉の仕業と考えるのが自然だった。
こんな真似ができる存在が他にいるはずもないからだ。
「やっぱり先生って神様なんじゃ……」
「あら? あなたは見る目があるわね。アスハと言ったかしら?」
「えっと、はい」
「あなた、よかったら私の〈
思ったことを口にしただけなのだが、シャミーナに目を付けられる明日葉。
楽園の主を神と崇める集団。それこそが〈教団〉の正体だ。
しかし、多くの人間は〈楽園の主〉の偉大さを理解することが出来ない。
これまで自分たちが信じてきたものを否定されることを、人は嫌う生き物だからだ。
だから、自力で〈楽園の主〉の正体に辿り着いた明日葉に興味を持ったのだろう。
「あかりん……どうしよ」
「不用意な発言をするからよ」
Sランクに目を付けられて、遠慮しますなどと言えるはずもない。
そもそも、こんな風に話をすること自体、本来はありえないような相手だった。
なのに――
「
「そう? 残念だけど、そういうことなら仕方がないわね。でも、なにか困ったことがあったら、いつでも相談して頂戴。〈教団〉の信徒でなくとも、同じ神を信じる同志を〈
「それって……頼ったら、なし崩し的に入会させられたりとかしませんよね?」
「フフ、おもしろいことを言うのね」
堂々とシャミーナの誘いを断る明日葉を見て、唖然とする朱理。
しかし、相手が誰であっても態度を変えないのは、明日葉らしいとも思う。
以前から大物になりそうだとは思っていたが、最近は特に感じていた。
「聖女様。そろそろ本題に入った方がよろしいかと」
「ああ、そうだったわね。余り、お待たせしても悪いし……入ってもらって頂戴」
シャミーナがそう言うと、隣の応接室に通じる扉を開くアイーシャ。
すると、扉の向こうからメイド服を着た銀髪の少女が現れる。
見知った顔に目を瞠る夕陽。
そして――
「サーシャちゃん!」
「お久し振りです。夕陽さん」
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