第401話 死者蘇生(前編)
「
「ええ、私はなんともないわ。それより……さっきはシャミーナと呼んでくれたのに、また聖女に戻っているわよ?」
「……先程のは失言でした」
「別に名前で呼んでくれても、あなたなら構わないのに」
「ご自身の立場をご自覚ください」
頑なに譲らないアイーシャに、かたいわねと呆れるシャミーナ。
シャミーナとアイーシャは故郷を同じくする幼馴染みでもあった。正確にはアイーシャの方が歳は二つ上なのだが、親同士が親友だったこともあって姉妹のように仲良く育ってきたのだ。
しかし、そんなアイーシャが他人行儀な態度を取るようになり、シャミーナのことを名前で呼ばなくなったのはクランを設立した頃からだった。
世界最大の構成員数を誇るクラン〈教団〉は〈ケリュケイオン〉とも呼ばれ、名前のモデル――
回復魔法を得意とするとヒーラーや魔法薬の調合に長けた生産職が多く在籍していることで知られ、中東地域における魔法薬の生産を支えることで探索者の死亡率を引き下げる一助となっているほか、金銭的な理由で病院を受診できない貧しい人々に対しても治療のサポートを行うなど、慈善活動が幅広く認知されているクランでもある。
それ故、教団に所属する者にとって、教団が崇める神と、その神に力を与えられSランクへと至った〈聖女〉は等しく信仰と崇拝を捧げる存在となっていた。
誰もが平伏し、祈りを捧げる存在――それが〈聖女〉だ。馴れ馴れしく話し掛けられる存在ではないことから、〈聖女〉のイメージを崩さないためにアイーシャも気を配っているのだろう。
そんなアイーシャの考えは当然シャミーナも理解しているが、二人きりの時くらいは少しくらい気を緩めても構わないのではないかと考えていた。その辺りの融通のきかなさが、アイーシャの短所でもあると思っているからだ。
「そんなことよりも聖女様。先程のは、もしや……」
「ええ、転移したものと考えて間違いないわね。それも街ごと
アイーシャの疑問に、恐らくはダンジョンに街ごと呑まれたのだとシャミーナは答える。
窓から見える空を見て、状況的にそうとしか考えられなかったからだ。
月の空は常に暗く、いつも同じ場所に地球が浮かんでいて昼間でも姿を確認することが出来る。なのに、いまは地球の姿どころか星々の輝きすら確認できない。空の色は
「ダンジョン事変……と言うことは、新たなダンジョンが月に出現したと言うことでしょうか?」
「そう考えるのが自然でしょうね。問題は――」
なにが原因かと言うことだと、シャミーナは考える。
ダンジョンの発生原因については、なに一つ分かっていないのが現実だ。しかしシャミーナの考えでは、ダンジョンを造ったのは神――〈楽園の主〉である可能性が高いと考えていた。
古の時代から月は楽園の領地だと主張するメイドたちの言葉も、恐らくは誤りではないのだろうと思っている。いまになってダンジョンが出現したのは、深い眠りから神が目覚めたからだと考えれば説明が付くからだ。
だとすれば、このダンジョンの出現にも神が――〈楽園の主〉が関与している可能性が高いとシャミーナは考える。
「ブリュンヒルデ様にお伺いするしかなさそうね」
「……やはり、これは神王陛下が?」
「このようなことが出来る御方が、他にいるはずもないでしょう? なにか深いお考えがあってのことに違いないわ。私がブリュンヒルデ様にお伺いしてくるから、アイーシャは混乱を鎮めて頂戴」
承りました――と、アイーシャが恭しく頭を下げた、その時だった。
制服を着たギルドの女性職員が、慌てた様子で執務室に飛び込んできたのは――
「た、大変です!」
「何事ですか? 転移のことなら、こちらでも把握しています。まずは慌てずに状況の報告を――」
「転移? なんのことですか?」
話が噛み合ってないことに気付き、訝しむアイーシャ。
職員の反応から察するに、ダンジョンへ転移したことに気付いていると言った様子ではなかった。
しかし、それも無理はないと気付かされる。
普通に考えて、街ごとダンジョンに呑まれるなんて発想には至らないからだ。
なにが起きたのか、ほとんどの人たちは理解していないだろう。
すぐに気付くことが出来たのは、シャミーナだからだ。
「では、一体なにがあったと言うの? 順を追って説明なさい」
「ギルドの地下に安置されていた死体が――探索者たちの遺体が消えました」
「……は?」
なにを言っているのか理解できず、放心するアイーシャ。
さすがにこれは予想していなかったのか?
シャミーナも目を丸くして驚いた様子を見せる。
そんな二人に対して、ギルド職員はもう一度念を押すように――
「ですから消えたんです! 跡形もなく百を超す遺体が消えてしまったんです!」
ギルドの地下に安置されていた遺体が消えたことを告げるのだった。
◆
「あれから、もう一週間かぁ……」
街中を歩きながら憂いを帯びた表情で溜め息を漏らす少女。緑を基調とした学生服の上から真っ白なローブに身を包んだ彼女の名は、
雫たちがホテルに軟禁されているように、彼女も現在ギルドの保護下にあった。
いろいろと余計なことを知りすぎてしまったが故に、日本へ帰ることが出来なくなってしまったのだ。
と言うのは冗談で、先のスタンピードの影響で大気中の魔力濃度が上昇していることからダンジョンへの立ち入りが制限され、ギルドで事情聴取を受けている間に帰国のタイミングを逃してしまったのだ。
「ダンジョンの封鎖が解けるまでは〈
幸い、優衣の扱いは夕陽たちに比べれば、遥かに融通の利くものだった。
街中を散策することは自由だし、ギルドがホテルの部屋を借りてくれているので寝泊まりする場所にも困らない。その上、滞在費として相応の金額がギルドカードに振り込まれていた。
恐らくは口止め料が含まれているのだと優衣も察しているが、それでも助かることは事実だ。
しかし、
「生徒会長たちも大丈夫かな? ちゃんと御礼を言いたかったんだけど……」
あれから、雫たちと再会できていなかった。
無事なことはギルドの職員から聞いているが、それ以上のことはなにも教えてもらっていない。
遥か異国の地で知り合いと引き離され、一人ぼっち。
なに一つ分からない状況に、優衣が不安を覚えるのは無理もなかった。
とはいえ、
「くよくよと落ち込んでても仕方ないよね。うん、頑張ろう。
いま、こうして自分が生きているのは、彼の――あの勇敢な男子生徒のお陰だと感謝していた。
だからこそ、こんなところで落ち込んではいられないと気合いを入れる。
「でも、さっきの光はなんだったんだろう? それに、この空の色……」
まさか、街ごとダンジョンに呑み込まれたなどと想像できるはずもなく、呆然と黄昏に染まった空を見上げていた、その時だった。
「きゃあああ――!」
女性の悲鳴が聞こえてきたのは――
悲鳴を耳にして、なんだなんだと騒ぎ始める人々。
優衣も気になって声のした方へと駆け寄り、人混みを覗き込むと、
「うおお! なんで、裸なんだ!?」
「きゃああ! どうして裸なのよ!?」
探索者と思しき男女が
全部で百人くらいはいるだろうか?
なかには気を失っている者もいるようだが、誰一人として布きれ一枚身に付けていない。
そんな異様な光景のなかに――
「え……」
知り合いの顔を見つけて、優衣は呆然とする。
裸の集団のなかに、命を落としたはずの青年の姿を見つけたからだ。
「あ、キミは……!」
優衣の姿を見つけて、手を振る青年。
自分のことを知っている様子の青年の反応に、間違いないと優衣は確信する。
しかし、そのまま全裸で手を振りながら走ってくる青年を見て、
「いやああああああああ!」
後書き
本作品、恒例のいつもの奴(オイ)
なんで、この作品は男のサービスカットばかりでるんだろう……。
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