第400話 ダンジョン事変

「――以上が、報告書にも記載した事のあらましです。申し訳ありません。多くの犠牲者をだしてしまいました」

『いや、よくやってくれた。スタンピードを防げなければ、街が壊滅していた可能性もある。そうならなかったのは、迅速なギルドの対応と月面都市の協力のお陰だろう。それに――』


 楽園には、また大きな借りが出来てしまったと映像越しに語る総理。

 いま夜見はトワイライトがアメリカの企業と合同開発した探索用デバイス〈魔導式補助端末マギアギア〉の技術を用いたギルド専用の通信端末で、首相官邸にいる総理と会談を行っていた。

 できるだけ早く、情報を交換しておくべき必要があったからだ。


「ですが、遺体は無事に回収されました。後ほど、月から返還の話があるかと」


 実はダンジョンで亡くなった探索者たちの遺体だが、月面都市のギルドに回収されていた。

 モンスターと一緒に探索者たちの遺体も、月に転送されていたのだ。

 総理の手元の資料には、Cランク以上の探索者が百十三名死亡と記されていた。

 ダンジョンで死亡すれば遺体はそのまま放置され、回収されることは少ない。そう言った場合、パーティーは全滅しているか、生き延びるので精一杯と言った状況に置かれていることがほとんどだからだ。


『遺体だけでも遺族に返せるのであれば、それがせめてもの救いか。しかし……』


 今回は大人だけでなく、子供にも犠牲者がでていた。

 探索者学校の生徒ではあるが、それでもまだ成人していないと言う意味では子供と言って差し支えが無い。

 総理が難しい顔をする理由を、夜見は察する。


「探索者である限り、大人も子供もないと思ってはいますが……」

『それで誰しもが納得するのなら苦労はないのだが……なにキミが気にすることではない。これは政治の問題だ。ギルドの責任を追及するような恥知らずな真似はしないさ』


 しばらく世論は五月蠅いだろうが、気にする必要はないと総理は話す。

 夜見の言うように、探索者である限りは大人も子供もない。毎年ダンジョンで命を落としている探索者の数は、百やそこらで済まないからだ。

 とはいえ、それで納得しないから騒ぎ立てる者もいる。ダンジョンは危険だと訴えるのはいいが、その犠牲の上に自分たちの生活が成り立っていると言うことを理解しようとしない。

 いや、分かっていて綺麗事を口にする者が後を絶たないのが、ダンジョンを取り巻く実情でもあった。

 これは日本に限った話ではないが、日本の場合は特に子供が亡くなると過敏に反応する者たちがいる。探索者の登録を成人以上に引き上げるべきだと言う話まで浮上しているほどだ。

 だからこそ、総理としては頭の痛い話なのだろう。


『それに悪いニュースばかりでもない。この国にSランクの探索者が誕生するのは喜ばしいことだ』


 どこか興奮を隠せない様子で、嬉しそうに話す総理。

 無理もない。ダンジョン加盟国でありながら、これまで日本にはSランクの探索者が存在しなかった。

 そのことで探索者のレベルが低いとか、散々言われ続けてきたのだ。

 しかし、これで大きな顔をされずに済む。

 堂々と日本にも世界に通用する探索者がいると、喧伝することが出来るのだ。

 総理が浮かれるのも無理はなかった。

 とはいえ、浮かれてばかりもいられないと言うのが実際のところだ。


「八重坂朝陽は問題ないと思います。彼女は実績のある探索者で、バックには〈トワイライト〉がついていますから。それに規格外Sランクを怒らせるような真似は、どの国も出来ませんから……」


 Sランクとは国の威信を背負う存在であると同時に、畏怖の対象でもある。

 その点から考えても、朝陽に害が及ぶような事態は起きないだろうと夜見は考えていた。

 しかし、


「ですが、八重坂夕陽は別です。彼女は八重坂朝陽の妹ではありますが、探索者としての実績が乏しい。月での活躍が広まれば、取り込みに動く国や組織は少なくないでしょう。正直それも愚かな行為だとは思いますが……」


 夕陽のことを危惧していた。

 姉が無理なら妹だけでもと考える国や組織が出て来ないとも限らないからだ。

 それに妹の勧誘が上手くいけば、Sランクも一緒に引き込めるかもしれないと、そんな皮算用を考える者も出て来るだろう。

 楽園の恐ろしさを知る夜見からすれば、愚かな行為としか言えないのだが、それをすべての人間が理解できるようなら過ちを繰り返したりしない。それは歴史が証明していることでもあった。


『報告にあった〈黄昏の薬神〉の正体が彼女と言うのは本当なのかね?』

「もう隠し通せるものでもないので情報を共有しましたが、深入りするのはお勧めしません。最悪の場合は……楽園を敵に回すことになります」


 最悪の可能性を告げられ、難しい顔で唸る総理。

 夜見がなにを危惧しているのかを察したからだ。

 とはいえ、政府としてなにも対応を取らないと言うことも出来ないのだろう。


『護衛をつけることは可能だが……』


 一ヶ月ほど前に各国の諜報員と一緒に公安が捕らえられた件が、総理の頭を過る。

 楽園との交渉で捕らえられた人質は解放されたが、監視の継続は困難と言う結論がでていた。

 素直に護衛をさせてくれればいいが、難しいだろうとも考えていた。

 それ以前に護衛が必要なのかと言う問題もあるのだが――

 どうしたものかと、総理は頭を悩ませる。


「その件で月面都市のギルドマスターから、ある提案を受けています」

『それは……〈聖女〉シャミーナか』

「はい。提案を呑めるのであれば、〈教団〉が協力してもいいと」


 普通であれば訝しむところだが、相手はあの〈聖女〉だ。

 楽園の主を神と崇める集団。〈教団〉のトップにして、Sランクの一人。

 言葉を鵜呑みにすることは出来ないが、聖女の協力を得られるのであれば、他国のけん制になることは間違いない。〈教団〉の影響力は中東・アフリカ地域に限らず、欧米にもその手は及んでいるからだ。


『……前向きに検討すると伝えて欲しい。近いうちに話がしたいと』

「必ず、お伝えします」


 話を受けるメリットとデメリットを天秤にかけ、判断したのだろう。

 傑物とは言えないが風見鶏の多い日本の政治家のなかでは、いまの総理は優秀と言って差し支えなかった。少なくとも日本の置かれている状況を察し、楽園とどう向き合っていくべきかを理解しているからだ。

 だからこそ、夜見も現政権には可能な限り協力したいと考えていた。


(これから大変でしょうけど、総理には頑張ってもらうしかないわね)


 そうでなければ、この国の未来は本当に閉ざされてしまうかもしれないからだ。

 だが逆に言えば、上手く立ち回ることさえ出来れば、他国に対して優位に立つことも出来る。経緯はどうあれ、〈楽園の主〉と個人的な繋がりを持つトップなど、日本の総理くらいだからだ。

 異文化交流に、楽園との間に結んだ技術協力の約束。

 そして、日本初となるSランク探索者の誕生。

 日本に流れが来ていると言っていい。

 それを活かせるかどうかは、総理と日本政府次第と言ったところだ。


「ギルドマスター大変です!」

「まったく……今度はなに? いま大事な会談中よ」


 ノックもせずに慌てて執務室に飛び込んできたサブマスターに呆れる夜見。

 総理との会談中なので後回しにするべきだと分かっているが、先日のスタンピードの一件が頭を過ったのだろう。本当に急を要する事態の可能性があることから、夜見はサブマスターの報告を待つ。

 そして、


「月に――新たなダンジョンが出現しました! 月面都市がダンジョンに呑まれ、消失したとのことです!」


 その判断が間違っていなかったことを、夜見は知ることになるのだった。



  ◆



 時は少し溯り――


「なにが起きてるんだ!?」


 ダンジョンの探索を終えて、月面都市の探索者たちが街へ向かって歩いていた時のことだった。

 辺りが白く光ったかと思うと――


「ま、街がない!? それに、なんなんだ。この巨大な穴は――」


 目の前で街が消え、巨大な穴ゲートが出現したのだ。


「ど、どうする?」

「どうするもなにも、ここは月だぞ?」


 助けを求めようにも、ここは月だ。

 月面都市が消えてしまえば、誰かに助けを求めることも出来ない。

 最悪、月に置き去りと言う未来が頭を過り、探索者たちは身体を震わせかぶりを振る。

 とにかく状況を把握するのが先だと、気持ちを落ち着かせるが――


「手掛かりは、この穴だけか……。なあ、やっぱりこの穴って……」

「ああ、恐らくはダンジョンだ」


 辺り一帯を手分けして調査する探索者たちだったが、やはり街のあった場所には巨大な穴があるだけだった。

 ダンジョンと酷似した大穴を前に、三十五年前の出来事が頭を過る。

 ――ダンジョン事変。

 教科書にも載っている大災害と、余りに状況が酷似していたからだ。

 もし、目の前の穴がダンジョンに繋がっているのだとすれば――


「これ、かなりやばいんじゃないか?」

「ああ……まずい状況かもしれないな。それに――」


 自分たちも危険な状況かも知れないと、探索者たちは考える。

 月の重力が地球と変わらないのは、都市一帯が巨大な結界で覆われているからだ。

 重力だけでなく大気までもが魔法によって制御され、生活環境が整えられていた。

 いまのところ問題なく結界は機能しているようだが、その結界まで消失するようなことになれば、最悪の事態も考えられる。


「〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を持っている奴はいるか?」

「俺たちは持ってない。だが、〈勇者〉と〈氷帝〉がダンジョンに入って行くのを見た」

「なるほど、彼等なら持っているかもしれないな」


 帰還の水晶リターンクリスタルがあれば、地球に避難することも可能だ。

 まずは〈勇者〉と〈氷帝〉に合流するのが先だと考え、探索者たちはダンジョンに引き返すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る