第399話 ギルドの規則

「フフン、どう?」

「まさか、明日葉にランクで並ばれるなんて……」


 驚きと戸惑いのまじった複雑な表情を見せる朱理。

 この前までDランクだったのに、Bランクへと昇格した銀色のギルドカードを明日葉に見せられたからだ。

 稀少なスキルに覚醒することでランクがDやCからはじまることは稀にあるが、下位のランクから高位のランクまで一気に昇格することなど滅多にないだけに、朱理が驚くのも無理はなかった。


「明日葉の実力なら、おかしくないと思うよ」

「……そこは私も否定するつもりはないわ。Dランクなんて詐欺も良いところだもの」


 とはいえ、夕陽の言うように明日葉の実力を疑っている訳ではなかった。

 実際、模擬戦で朱理は明日葉に勝てたことが一度もないのだ。

 幻想使いファントムが対人戦に強いスキルと言うのも理由にあるのだが、それを抜きにしてもCランク以下では相手にならないくらいの実力があると、明日葉の実力を朱理も認めていた。

 とはいえ、明日葉にランクを自慢されるのは複雑な心境なのだろう。


「夕陽もBなのね。てっきり、お姉さんと一緒にSランク認定されるのかと思ってたわ」

「さすがに、それはないよ。というか、お姉ちゃんがSランクに推薦されたこと話したっけ?」

「聞いてないけど、ギルドマスターから呼び出されたと言う時点で察しはつくわよ」


 そう言って肩をすくめる朱理。

 ランクに関する話だと言うことは、最初から察しが付いていたからだ。

 それほどに〈天照アマテラス〉の力は群を抜いていた。

 戦いに参加していた探索者の多くは、新たなSランクの誕生を予感したはずだ。


「でも、夕陽の場合はBでもランク詐欺みたいなものよね」

「そんなことないと思うけど……」

「Aランクでも限られた実力者にしか使えない〈領域結界〉をあんな風に使いこなしておいて、Bランクはどう考えても釣り合ってないでしょ」


 夕陽の活躍も、朝陽に見劣りしないものだった。

 Aランクに認定されてもおかしくないと、朱理は考えていたのだ。

 そのため、夕陽がBランク止まりと言うのは納得が行かないのだろう。


「ギルドマスターの権限でランクを上げられるのは、Bランクまでだからじゃないかしら? 実際、一文字さんにはランクアップの打診がきていないでしょう?」


 三人の話を聞いて、雫が理由を説明する。


「そんな規則があったんですね。知りませんでした。さすがは先輩……お姉さんがギルドマスターをされているだけありますね」

「別にギルドの規則に詳しいのは、それが理由ではないのだけど……」


 雫がギルドの規則に詳しいのは、姉のようになりたいと勉強を頑張ったからだ。

 将来はギルドもしくはクランの運営に関わる仕事をしたいと思っていた。

 だからギルドの規則や法律関係の勉強を頑張っていた。

 とはいえ、


「あなたたちも少しは勉強した方がいいわ。規則と聞くと難しく感じるかもしれないけど、探索に役立つ知識や知っているだけで便利なルールもあるから、よかったら一緒に勉強しましょう」


 別にギルド職員を目指さずとも役に立つ知識であることに変わりは無い。

 探索者であれば利用できる便利な制度や、知っていると得をするルールもある。

 無知は罪とも言うが、ルールとは知識ある者の味方でもあるからだ。

 だからこそ、最低限の規則くらいは学んでおくべきだと雫は考えていた。


「そうね。たっぷりと時間もあることだし、みんなでギルドの規則について勉強しましょう。大丈夫、分かり易く私が教えるから」


 すっかりとやる気になった雫に、なんとも言えない表情を浮かべる明日葉と朱理。

 こうして、雫主催の勉強会が開催されることになるのであった。



  ◆



「やはり、ブリュンヒルデ様に相談されるのがよろしいかと」


 アイーシャがそう話すのには理由があった。

 あれから一週間が経とうとしているが、ダンジョン周辺の魔力濃度が一向に下がる気配がないのだ。

 幸い、月面都市のギルドは高ランクの探索者ばかりなので、ダンジョンの探索に大きな影響はでていない。問題は街で暮らす一般人だった。

 一般人と言っても探索者の資格は持っているのだが、その大半はDランク以下の魔力適性しかない。ダンジョン周辺では下層並みの魔力が検知されており、これを低ランクの探索者が浴びると魔力酔いのなどの症状を引き起こす可能性があった。

 魔力酔いを軽く考えがちな人も多いが頭痛や嘔吐だけでなく、症状が進行すると昏睡状態に陥り、最悪の場合は死に至ることもある。下手をすれば体内の魔力をコントロールできなくなり、魔力暴走を引き起こすなんてこともありえるのだ。

 だからダンジョン周辺への立ち入りを制限しているのだが、さすがに一週間ともなると問題が生じ始めていた。

 そもそも月と地球の行き来には〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を使用しているのだ。そのため、月と地球の交易はどうやってもダンジョンを経由しなければ成り立たない。そう言った仕事には、探索者以外の人々が多く関わっていた。

 高ランクの探索者たちに依頼と言うカタチで荷運びを手伝わせる手もあるが、彼等の本業はダンジョン探索だ。ダンジョンの鉱石や素材が入って来なければ、ギルドも困ることになる。

 それに高ランクの探索者を拘束するとなれば、依頼料は高額になる。

 この状況が長く続くのは、市場に混乱をもたらす恐れがあった。


「このような些事で、お手を煩わせるのは心苦しいのだけど……」

「聖女様が神王陛下・・・・に嫌われたくないだけですよね? お気持ちは分かりますが、ギルドマスターの仕事をしてください」


 シャミーナを叱責するように、遠慮のない言葉を浴びせるアイーシャ。

 Sランクは憧れの存在であると同時に畏怖の対象でもある。探索者たちが見たら戦々恐々とする光景だが、彼女は特別・・だった。

 月面都市のサブマスターでありながら教団の幹部にして、シャミーナとは同じ故郷を出身とする古い友人でもあるからだ。


「はあ……分かったわ。でも、こちらの事情を必ずしも汲んでくださるとは限らないわよ?」

「理解しております。楽園には楽園の都合があるでしょうから」

 

 ここは月。楽園の支配領域だ。

 神が治める街。神の国。それがこの月面都市であり、楽園と呼ばれる場所だ。

 人間の都合に神が耳を貸す理由はない。だからメイドたちに相談しても、必ず聞き届けてくれると言う訳ではなかった。あくまで出来るのは、お願いだけだ。

 それが分かっているからこそ、アイーシャも無理を言うつもりはなかった。

 正直、ダメ元で相談してみてくれないかと言った程度の話だ。 

 それを理解していない人間が多いから苦労するのだが――

 この街で暮らす人間であれば大抵の者は理解しているが、問題は地球で騒いでいる者たちだった。


「余り五月蠅く言うようなら、その国との取り引きは止めても構わないわ」

「よろしいのですか?」

「神の敵は教団わたくしたちの敵よ。そんな国に存在している価値はないでしょう?」


 故にシャミーナはそうした人間たちに容赦をするつもりはなかった。

 実はエミリアがシャミーナを月面都市のギルドマスターに推したのは、これが理由でもあった。

 国の圧力に屈することなく、金や権力になびくこともない。絶対的な力と立場を兼ね備えた者。人格的に問題があろうと、シャミーナでなければ月面都市のギルドマスターは務まらないと判断してのことだ。


「いっそ、もう一度ユウヒに頼んで魔力を集めてもらうのは、どうかしら?」

「なるほど……その手がありましたか。集めた魔力を、どこか別の場所に移せば……」


 楽園に相談してダメだった時のことを考え、代替案を話し合っていた――


「――ッ!」


 その時だった。

 大きな揺れを感じたかと思うと、身体が宙に浮くような感覚が二人を襲う。

 覚えのある感覚に戸惑い、驚きながらも――


「これは、まさか――シャミーナ!」


 アイーシャは咄嗟に手を伸ばし、シャミーナの名を叫ぶ。

 その直後、二人の視界は白い光に包まれるのだった。

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