第397話 規格外の姉妹

「お姉ちゃん、どうだった?」

「一ヶ月後に魔力の再測定をすることになったわ」


 別室で待機していた夕陽に、魔力の再測定が決まったと素直に告げる朝陽。

 姉の話を聞いた夕陽は――

 

「ああ……やっぱり、そうなったんだ」


 詳しい説明を聞くこともなく納得した様子を見せる。

 妙に理解が早い妹を不審に思った朝陽がそのことを尋ねると――


「……ちょっと待ちなさい。あなた、もしかして気付いていたの?」

「うん、魔力のことでしょう? でないと、お姉ちゃんに頼んだりしないよ」


 最初から気付いていたことを白状する。

 まったく悪びれない妹の様子に、唖然とする朝陽。

 そんな素振りは、これまで一度もなかったからだ。


「あなた、いままで一度もそんなこと……」

「お姉ちゃん、止めてもすぐダンジョンにいっちゃうじゃない? 全然休みを取らないし、週末にならないと家に帰ってこないから」

「う……それは……」

「それにほら、私があげた魔力回復薬マナポーションをいつも探索に持って行ってたでしょ?」

「え、ええ……」

「アレって〈賢者の石〉から調合した回復薬で、普通は薄めて飲むものなんだよね。普通の人が飲んだら一口で魔力酔いを起こすくらい効果の高い薬だから」

「あなた、なんてものを実の姉に飲ませてるのよ……」


 お姉ちゃんだから大丈夫だと思った、と話す妹に朝陽は目眩を覚える。

 まさか、こっそりと薬の実験台にされているとは思ってもいなかったからだ。

 しかし、夕陽にも言い分はあった。


「普通の探索者は一度ダンジョンに潜ったら、最低でも一週間は休養を取るものらしいよ。下層まで潜るような探索者なら、月に一度の探索でも十分過ぎるほどの収入を得られるからね」


 薬の実験台にしたことは確かだが、それは姉を想ってのことだからだ。

 朝陽のように週末以外はずっとダンジョンに潜っているような探索者はいない。下手をすると一ヶ月以上、ダンジョンに潜ったまま帰って来ないなんてことも過去にはあったのだ。

 夕陽が心配するのも当然のことだった。


「それは……少しでも実戦の経験を積んだ方が良いと思って……」

「それにしたって、やり過ぎだと思うよ。でも、逆にそれが魔力の鍛練になっていたんだろうね。いま私たちも魔力を使い切るまで回復薬を作って、その回復薬を飲んで魔力操作の練習を繰り返す訓練をしててね」

「あなたたち、そんなことしてたの……?」

「これが、魔力量を増やすのに良い訓練になってるみたい。朱理や明日葉も一ヶ月前の倍近くにまで、魔力量が増えてるからね」


 そんなことを朝陽は実戦のなかで二年以上も続けていた訳だ。

 しかも、〈賢者の石〉から錬成した特製の〈魔力回復薬〉を服用して――

 魔力が鍛えられるのは当然だと、夕陽は説明する。


「お姉ちゃんの魔力量が並外れていることは分かっていたから、上手く行くんじゃないかと思ったんだよね。正直、賭けではあったけど」

「……確証はなかったってこと?」

「さすがにね。魔力量が大きいと言っても三十万人の魔力だよ? 一人一人から集めた魔力は少量でも、人間に扱える魔力量を遥かに超えている。お姉ちゃんが適応できる可能性は、一割あれば良い方だと思ってた」


 賭けなどと言っているが、またも実験台にされたことに気付く朝陽。

 話をする夕陽の顔が生き生きとしていたからだ。


「だから驚いたんだよ。収束の先にある魔力の物質化マテリアライズ。あれってメイドさんでも使える人が少ないのに、お姉ちゃん凄いよ」

「……マテリアライズ?」

「簡単に言うと身体の中に魔力を取り込むのではなく、身体の外に魔力を纏わせて固定化する技術だね。あの女神って〈大釜〉の魔力を収束して物質化マテリアライズしたものでしょ?」


 普通はやろうと思っても出来ることではない。

 魔力操作の奥義と言っても良い技術だと、興奮を隠せない様子で夕陽は語る。

 目を輝かせて魔法について語る様は、まさに研究者と言った様だ。

 今更ながら夕陽が〈黄昏の薬神〉と呼ばれるようになった理由を、朝陽は実感するのであった。



  ◆



「それで、被害はどの程度なの?」

「魔力の消耗による倦怠感を訴える者はいますが、街の住民に大きな被害はありません。作戦に参加した探索者千百五十二名の内、軽傷者が七百五十六名。手足を失うなどの重傷を負ったものが五十名。死者は……ゼロ・・です」


 アイーシャの報告を聞き、目を丸くするシャミーナ。

 これだけ大きな戦いなら怪我人がでるのは想定内。むしろ、街に被害がでなかっただけ上出来と言える結果だった。

 だが、それ以上に死者がゼロと言うことに驚きを隠せなかったのだろう。

 黒いモヤに取り込まれた探索者たちもいたはずだからだ。


「例の黒いモヤに取り込まれた探索者たちもいたはずだけど?」

「戦場で倒れているところを救助されました。消耗しているそうですが、身体には傷一つなく・・・・・、命に別状はないとのことです。恐らくは――」

「これも、アサヒの〈天照アマテラス〉の力と言う訳ね」


 光に触れたものを魔力に分解する権能だと認識していたが、それだけではないのかもしれないとシャミーナは考える。

 怪我一つないと言うことは、治癒――いや、状態の初期化・・・

 元の状態・・・・に復元したと考えることも出来るからだ。


「ただ、これはあくまで月面都市こちらの話で、日本側には相応の被害がでている模様ですが……」

「それは、日本あちらの問題でしょう。そこまで面倒を見切れないわよ」


 日本の被害とは、転移前にダンジョンで出た犠牲者のことだ。

 学生が一名。探索者にも、多くの死者と重軽傷者が確認されていた。

 死体が出て来ない者は行方不明者として発表されるのだろうが、その数は百を超えるだろう。

 この件の後始末で、夜見は一足早く日本へと帰還している。

 とはいえ、それは日本側の問題だとシャミーナはあっさりと切り捨てる。

 楽園の主が考えた作戦だったから、モンスターの討伐に手を貸したのだ。

 そうでなければ、日本のために働く理由がないからだ。


「それで、どうされるのですか?」

「どうって、話を聞いていたとおり私はアサヒをSランクに推すつもりよ」


 朝陽にはSランクの資格が十分にあると、シャミーナは答える。

 そもそも朝陽でダメなら、この先Sランクに認定される探索者は現れないだろう。

 それほど朝陽のやったことは、規格外の偉業と言えるからだ。

 領域結界を使用できることがSランクの条件の一つと言われているが、それも問題ないとシャミーナは考えていた。

 自分が規格外と呼ばれる存在だから分かるのだろう。

 最初が大変なだけで一度コツを掴んでしまえば、領域結界の発動自体は難しいことではないからだ。魔力の問題さえ解決できれば、朝陽は〈天照アマテラス〉を使いこなせるはずだと信じていた。


「いえ、そのことではなく八重坂夕陽・・・・・の件です」


 しかし、そちらの件ではなく妹の方だとアイーシャは訂正する。

 朝陽に関しては、それほど心配していない。既に実力が知れ渡っているし、非公開のランクではあるが準S級の認定を彼女が受けていることは、高ランクの探索者であれば知っていることだ。

 Sランクに認定されれば騒ぎになるだろうが、それでも〈戦乙女〉ならと納得する者も多いだろう。すぐに騒ぎは落ち着くはずだと、アイーシャは考えていた。

 だが、妹の夕陽は別だ。朝陽の妹とはいえ、彼女のランクはCだ。実績の乏しい無名のCランクが〈黄昏の薬神〉の正体だと知れれば、必ず自分たちの国や組織に取り込もうと動くだろう。

 下手をすると国家間の騒動に発展する恐れがあると、アイーシャは危惧していた。


「取り敢えず、Bランクに引き上げるわ。ユウヒと一緒に討伐に参加してた子たちも、ランクを引き上げておいて頂戴」

「なるほど……ランクを引き上げることでギルドの介入をにおわせ、けん制するのですね。ですが、一文字朱理と天谷雫は無理です。あの二人は既にBランクに認定されていますから」


 ギルドマスターの権限で上げられるのは、最高でBランクが限界だった。

 それが可能ならレティシアはSランクに認定されていなければおかしい。

 面倒な規則ねと、呆れるシャミーナ。


「今回の戦果で実績は十分でしょ? どうにかならないの?」

「難しいですね。探索者のランクは基本的にダンジョンの探索実績で評価されますから、今回のようなイレギュラーな依頼はランクアップの査定に考慮されませんので……」

「古い制度の弊害ね。やっぱり、さっさとルールを改定するべきなのよ。理事の連中は頭が固すぎるわ」

「制度の見直しは高ランク探索者の数に関係する問題ですから、慎重になるのは無理もないかと」


 新しい制度で高ランクに認定される探索者が増えればいいが、逆も考えられる。

 ランクだけ立派で実力の伴わない探索者など不要だとシャミーナは考えているが、国からすれば見せかけであっても高ランクの探索者の数は、国の威信を示す上で重要な意味を持つ。

 だからこそ、新しいルール作りに慎重にならざるを得ないのだろう。


「ですが、大会で結果を残せば話は別です」


 一つだけ例外があるとすれば、それはギルドマスターズトーナメントで結果を残すことだった。

 そこで実力を示すことが出来れば、地道に実績を積み重ねなくてもランクアップの試験を受けることが出来るからだ。

 これも各国の思惑で導入された制度ではあるが、


「なら、問題ないわね」


 夕陽たちなら優勝も難しくないだろうとシャミーナは考える。

 並の探索者では、彼女たちの相手になると思えないからだ。

 それに大会までは、まだ時間がある。

 その頃には、更に強くなっている可能性が高いとシャミーナは考えていた。


「でも、念には念を入れておいた方がいいでしょうね」

「……聖女様?」


 嫌な予感を覚えるアイーシャに対して、シャミーナは怪しい笑みを返すのだった。

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