第395話 真のお嬢様
太陽を司り、大地に豊穣をもたらす、皇家の祖とされる女神。
日本において最も知名度の高い神と言えるだろう。
そんな女神の名を冠する朝陽の
「綺麗……」
黄昏に染まる大地に目を奪われる朱理。
万物すべてを包み込み、あるべき姿へと還す創世の光。
世界の真実を照らす太陽の輝きの前では、すべての幻想は存在を保つことが出来ない。椎名の〈
世界を〈
例外なくすべてのものが、あるべき姿へと還されるのだ。
そして、
「おお、神よ」
モンスターが浄化され、光の中に消えていく様を前に人々は膝をつき、神に祈る。
陽光を纏い、女神に守護されし朝陽の姿を見て、
「新たな英雄の誕生だ」
新たなSランクの誕生を確信するのだった。
◆
「いつになったら解放してもらえるんだろうね……」
トマトにフォークを突き刺しながら、どこか気怠そうな表情で尋ねる明日葉。
あれから一夜明け、明日葉たちはギルドの手配したホテルに宿泊していた。
一流のホテルに豪華な食事。いつもの彼女なら高いテンションで周りを振り回しているところだが、どこか元気がない。と言うのも、ホテルの部屋に昨晩からずっと軟禁状態だからだ。
ホテル自慢の露天風呂を堪能することも出来ず、部屋のシャワーで我慢するしかない。勿論、売店やレストランの利用も禁止。ルームサービスは自由に取れるので食事に困ることはないのだが、観光などもってのほかで人前にでることを禁じられていた。
部屋に缶詰状態と言うのは、明日葉にとって苦行なのだろう。
しかし自業自得でもあるので、いまは大人しくしているしかない状況だった。
朝陽や夕陽は勿論のこと、明日葉、朱理、雫の三人も想定以上に目立ってしまったからだ。
「騒動が落ち着くまでは無理ね。最低でも一週間は覚悟した方がいいわ」
少なくとも一週間はこの状態が続くと朱理は見ていた。
早くて一週間。下手をすると、一ヶ月以上は掛かる可能性もある。
最悪の場合は、このまま日本へ帰れなくなる可能性もあると覚悟していた。
とはいえ、それを口にださないのは不安を煽らないためだ。
いまのところ憶測でしかないし、ギルドがどういう対応を取るかは分からない。ギルドから朝陽と夕陽が帰ってくるまで、大人しく待っているしかないと言うのが
「街を観光しようと思ってたのに……。それに、ここの露天風呂って地球が見えるらしいんだよ!
「久遠さん、ダメよ。まだ未成年だから、お酒は――」
真面目に切り返してくる雫に、なんとも言えない表情を見せる明日葉。
冗談が通じず、珍しく戸惑う明日葉に――
「先輩は私と違って本物のお嬢様だから、その手の冗談は通用しないと思った方がいいわよ」
フォローになっているのか、なっていないのかよく分からない助言をする朱理。
朱理も学校では一文字家のお嬢様で通っているが、いまのように財をなしたのは祖父が有名になったからであって、昔から家が金持ちだった訳ではない。
それに祖父の散財で言うほど家にはお金がなく、〈迦具土〉の経営も代表を含めて職人気質の経済音痴が多いため、真耶のお陰でギリギリまわっていると言った状況だった。
だから他の生徒と同じように寮生活を送っている上、仕送りなどの援助も家から一切受けておらず、ダンジョン探索で得た収入で生計を立てているのだ。周りは知らないだけで、苦労をしていた。
一方で、天谷は千年以上の歴史を持つ名家だ。表の顔で知られる天谷グループは日本を代表する大企業の一つで従業員数は十万人を超え、〈迦具土〉と比較にならないほどの規模を誇る。
まさに生まれながらのお金持ち。本物のお嬢様が、雫だった。
「別にお嬢様と言うほどでは……」
「こればっかりは、あかりんの言うことが正しいと思うな。天谷先輩って、なんていうか所作が綺麗なんだよね。なにをしても様になっていると言うか」
困惑する雫に、的確なツッコミを入れる明日葉。
こうして一緒に食事をしているだけでも、住んでいる世界が違うと感じられるのだ。
朱理の言っていることが、明日葉にも理解できるのだろう。
雫は戸惑うばかりでよく分かっていない様子だが、その辺りも含めてお嬢様なのだと思う。
「そう言えば綺麗で思い出したけど、夕陽のお姉さんが呼び出した女神様って、どことなく先生に似てなかった?」
明日葉に言われて、そう言えばと思い出す朱理。
勿論、男女の差はあるのでそっくりかと言われると違うのだが、どことなく顔付きが〈楽園の主〉に似ていた気がする。
しかし、
「おかしくはないんじゃない? あの女神は魔力を収束してカタチ作ったものでしょう? 術者のイメージが強く反映されていても不思議な話ではないわ」
神と言っても、本物の神様を呼び出した訳ではない。あの女神は集めた魔力を収束させることで、スキルが具現化したものだ。
即ち、術者のイメージが反映された存在とも言える。
朝陽のイメージした神と言うのが〈楽園の主〉だったと言うだけの話だと、朱理は説明する。
「先生って、やっぱり神様なのかな?」
「まあ、神様みたいに凄い人なのは間違いないわね」
明日葉の言うように、本物の神かどうかは分からない。
しかし、神のような力を持っていることだけは間違いないと朱理は考えていた。
それはもう、神と呼んでいいのかもしれないが、面倒なことになりそうなので口にはしないだけだ。
「神様と言えば、あかりんへのお願いを忘れてた。どうしよっかな」
「それは、ずっと忘れててくれても良かったのだけど……」
結局あの後、嘘を吐いた罰として一つだけ明日葉のお願いを聞くことになったのだ。
心配をかけたのは事実だけに一度は朱理も納得したのだが、相手は明日葉だ。どんな突拍子もないお願いをされるか分からないだけに、本当ならこのまま忘れていて欲しかったのだろう。
「うん、決めた。それじゃあ、あかりんのこと――これからも『あかりん』って呼ばせて」
「……それって、お願いになるの? やめてって言っても、ずっとその呼び方だったじゃない」
「本気で嫌ならやめるよ。でも、あかりんって無意識に壁を作ってるでしょ? アタシに嘘を吐いたのだって、自分がいなくても二人なら大丈夫とか思ったんじゃない?」
「う……それは……」
「そんな風に思われてたのが一番ショックだったからね。だから、あかりんとはもっと仲良くなるって決めたの。そのためにも、渾名で呼び合うのは大事かなって。だから、アタシのことも『アスアス』とか『あすりん』って呼んでいいよ」
「呼ばないわよ」
それだけは絶対に嫌だと言いながらも、明日葉にも明日葉なりの考えがあったのだと朱理は気付かされる。
(結局、なにも理解していなかったのは私の方だったと言うことね)
明日葉のためを思って吐いた嘘だったが、理解していなかったのは自分の方だったのだと、朱理は反省させられる。
そんな風に言われたら今更、嫌だとは言えなかった。
あかりんに込められた明日葉の想いを知ってしまったからだ。
「なら、一文字さんを止められなかった私も同罪ね」
「天谷先輩が気にすることでは……」
「いいえ、二人の気持ちを考えなかったのは、私も同じよ」
姉の――夜見の泣き顔が、雫の頭から離れない。
正義感に駆られて無茶な行動にでた結果、二度も心配をかけてしまった。
困っている人を助けたいと言う気持ちは大事だが、その結果、大切な人を悲しませてしまっては意味がない。
それが雫の後悔であり、学んだことでもあった。
だから――
「私のことも、
覚悟を決め、真剣な表情でそう話す雫を見て――
やはり本物のお嬢様だと、明日葉と朱理の心が一致するのだった。
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