第394話 魔女の眷属

 撤退が完了したはずの戦場に、まだ朱理の姿があった。

 神鳴りの連発によって肉体・精神共に疲労は限界を超え、いまの朱理には走って逃げるほどの力は残っていなかった。

 にも関わらず――


「嘘を吐いたのね」 


 撤退が完了したと、明日葉に嘘の報告をしたのだと雫は察する。


「……嘘は吐いていませんよ。探索者の・・・・撤退は完了しましたから」

「あなたも探索者でしょうに……」

「先輩は逃げなくていいんですか?」

「私も無理をし過ぎたみたい」


 雫も朱理と同様、疲労がピークに達し、まともに動ける状態ではなかった。

 多少、朱理よりもマシと言った程度で、いまから逃げても間に合わないと悟る。

 しかし、このチャンスを逃したら作戦は失敗する。

 黒いモヤは街にまで到達し、もっと多くの人たちが犠牲になるだろう。

 だから朱理は嘘を吐いたのだと、雫は察する。しかし、


「でも、久遠さんは騙せても八重坂さんは難しいと思うわよ。彼女のことだから魔力探知で、状況を把握しているでしょうし」

「それでも、夕陽なら優先順位を間違えたりしませんよ……」


 雫の言うように、朱理も夕陽を騙せるとは思っていなかった。

 しかし、それでも夕陽なら情に流されて、優先順位を間違えたりしないはずだと信じていた。

 夕陽は力を使うことを躊躇したりしない。しかし、誰でも彼でも助けると言った訳ではないことは、これまで〈黄昏の薬神〉の正体が判明していなかったことからも分かる。

 助けられる範囲であれば助けたいと思っているのは間違いないが、彼女が本当に支えたいと思っているのは家族・・だからだ。

 だから家族と天秤にかけるような状況になれば、夕陽は迷うことなく家族を選ぶだろう。そんな夕陽の行動を非難する人もいるかもしれないが、朱理は間違っていないと思っていた。

 誰しも優先するべきものを持っている。

 家族だったり、恋人だったり、人によって大切なものは異なる。夕陽も家族以外どうでもいいと思っている訳ではない。ただ、手の届く範囲は限られていて、そのなかで優先順位を決めているだけの話だ。

 そして、そう言ったことが割り切れる・・・・・人間だと、朱理は夕陽のことを思っていた。

 それは、これまでの夕陽の行動を見ていれば分かる。家にいる時にまで周囲への警戒を怠っていなかったりと慎重な一面を覗かせるだけでなく、はっきりと味方と敵を区別し、力を使うべき場所を見極めている節が見て取れるからだ。

 だから信頼していた。

 優柔不断に正義感を振りかざす人間よりも信用できるからだ。


「信頼しているのね。本当、羨ましいくらい……」

「先輩もよかったら、私たちのパーティーに入りますか? GMTで優勝、狙えますよ」

「フフ、嬉しいお誘いだけど、私にも一緒にやってきた仲間がいる。彼等を裏切るような真似は出来ないわ」


 生徒会のパーティーメンバーに問題があることは承知しているが、それが裏切る理由にはならない。みんなそれぞれ事情があって、彼等も必死に頑張っていることを知っているからだ。

 だから朱理たちに誘われても、パーティーを移籍するつもりはなかった。 

 生徒会長としての義務と、パーティーのリーダーとしての責任があるからだ。

 それに、やはり信頼には信頼で応えるべきだと、雫は思っていた。これまで一緒に頑張ってきた仲間を捨てて移籍するような人間が、新しいパーティーで上手くやっていけると思えないからだ。


「それに大会の話をするのは気が早いわよ。まだ選抜トーナメントは、はじまってもいない。あなたたちに代表を譲るつもりはないわ」

「それは、こっちの台詞です。先輩が相手でも手加減しませんから」


 そんな日は来ないと分かっていながら語り合う二人。

 魔力探知なんて使えなくても、はっきりと分かる。

 街をも吹き飛ばすほどの絶大な魔力が収束していく様が――

 二人のいる場所から見える光は、まさに太陽そのものだった。


「明日葉には悪いことをしたわね。でも、悪い気は――」

『そう思うのなら、下手な嘘を吐くのはやめた方がいいよ』


 頭に響く声に気付き、目を瞠る朱理。

 誰の声かなど、尋ねるまでもなかったからだ。


『朱理と先輩が死んだら、お姉ちゃんが負い目を感じるでしょ』


 心配して〈念話〉を送ってきたのかと思ったらブレない夕陽の言葉に、なんとも言えない微妙な表情を浮かべる朱理。家族が最優先の夕陽にとって、確かに重要な問題なのだろう。


『説明しなかった私も悪いけど、いまから召喚・・するね』

「え、ちょっと夕陽? それって――」


 どういうことかと朱理が説明を求めようとした、その時だった。

 足下に魔法陣が展開されたかと思うと、白い光が二人の視界を包み込む。

 身体が宙に浮かぶような感覚がしたかと思うと、次の瞬間には――


「お帰り、二人とも」


 夕陽の姿を目にするのだった。



  ◆



 加護を授かって魔女の眷属サーヴァントになれば、〈魔力譲渡マナトランスファー〉を使用せずとも〈大釜〉から魔力供給を受けられるようになるが、代わりに眷属となった者には力の対価として魂の契約ギアスが結ばれる。

 それが〈強制召喚〉と〈絶対遵守〉であった。


「そんな話、聞いていないのだけど……」

「説明を聞かずに契約したのは二人でしょ?」


 そう言われると、なにも言い返せない朱理。

 急いでいたとはいえ、説明を求めなかったのは朱理と雫の落ち度だった。


「〈強制召喚〉については理解したわ。でも、〈絶対遵守〉って……」

ご主様わたしの命令には逆らえないってことだね」


 言葉に魔力を込めて命令すれば、どんな命令にも逆らえないのだと夕陽は説明する。

 これが自分の眷属にだけ効果を発揮する〈絶対遵守〉の権能だった。

 契約する時は必ず内容を確認してからサインするようにと、よく言われることだ。

 しかし、こんなことになるとは思っていなかったのだろう。

 思いもしなかった落とし穴に朱理は頭を抱える。


「どうして先輩は、そんなに落ち着いているんですか……」

「八重坂さんなら無茶なお願いはしないかなと思って……」

「まあ、確かにそこは信頼していますけど……」


 雫の言うことは理解できる。確かに夕陽のことは朱理も信頼していた。

 しかし、問題はそこではなかった。


「ねえ、夕陽。それって、本当にどんなお願いでもいいの?」

「うん。試してみる?」


 明日葉だ。

 勿論、悪辣な命令をされるようなことはないと信じているが、明日葉が絡むと碌でもないことになると心配してのことだった。


「ちょっと待ちなさい。幾らなんでも、それは――」

「でも、嘘ついたよね?」

「う……」

「あかりんに信用されてないって知って、ショックだったんだよね」


 しくしくと嘘泣きをする明日葉に、なにも言い返せず黙るしかない朱理。

 心配をかけたのも、嘘を吐いたのも本当のことなので反論できないのだろう。


「本当に緊張感がないわね。あなたたち……」

「あ、お姉ちゃん。もう、やっちゃっていいよ」


 妹の軽い反応に呆れ、溜め息が溢れる朝陽。既に準備は整っていた。

 朝陽を守護するように、背後に立つ巨大な影。どことなく椎名に似た人影の正体は、ユニークスキル〈天照アマテラス〉によって顕現した女神の御姿みすがたであった。

 いままで一度も成功したことのない神の招来。しかし〈魔女の大釜〉に集められた魔力を収束させた結果、朝陽は規格外Sランクのみが辿り着ける境地――神の領域へと足を踏み入れることに成功した。

 女神〈天照アマテラス〉の招来――それが、朝陽の〈領域結界〉だった。


「アマテラス――みんなを守るため、あなたの力を貸して頂戴」


 朝陽の頼みに頷くように女神が微笑んだかと思うと、ミスリルの槍が輝きを増し、黄金の炎に包まれる。朝陽の動きとリンクするように、女神〈天照〉が魔力によってカタチ作られた巨大な槍を振りかぶる。


「万物の素たる創世の炎よ」


 領域結界とは、世界の法則を塗り替える神の力だ。

 黄金の炎には〈天照〉の権能――太陽の加護が宿っていた。


「我がねがいを解き放て――」


 万物を光に包み、原初へとかえす。天照あまてらす創世の権能チカラが、


創火そうか――天照てんしょう


 いま解き放たれるのだった。

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