第393話 人間の可能性

 都市で暮らす三十万の人々から集めた魔力が〈大釜〉に注がれる。

 月面都市には、魔力を持たない一般人は一人としていない。月へと転移するには〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を使用する必要があり、使用許可を得るにはギルドの審査を受ける必要があるからだ。

 そのために最低限必要となるのが探索許可証ギルドライセンスだ。

 必ずダンジョンに潜らなければいけないと言うことはないが、身元確認などの審査や住民の管理をギルドライセンスで行っていることから、一部の例外を除いてギルドへの登録が必要不可欠になっていた。

 しかし、ギルドライセンスを取得するにはギルドへの登録が必須で、スキルを獲得することが登録の条件となっている。そして、スキルを獲得するにはモンスターを倒す必要があり、誰でも資格を得られると言う訳ではなかった。

 誰しもが戦う力を持っている訳ではないし、生き物を殺すことに抵抗を覚える現代人は少なくないからだ。

 そう言った事情から月面都市で暮らす人たちは探索者に限らず、ギルドの職員から各商店・施設で働く人々に至るまで、すべての人がスキルを獲得し、魔力に目覚めている。

 住民の多くはDランク以下で、よくてCランク程度と言ったところだが、ひとりひとりの力はたいしたことがなくとも何千、何万という人間の力が結集すれば大きな力となる。


「あの〈大釜〉に集められた魔力。魔力量だけなら〈原初わたしたち〉に迫るほどよ」


 大釜に集められた魔力は〈原初はじまり〉の六人に迫るほどにまで高まっていた。

 末端のメイドでもAランクの探索者を凌ぐほどの魔力量を宿している。ホムンクルスはスキルを得ることが出来ない代わりに、高い身体能力と魔力を持つことが特徴だからだ。

 なかでも〈原初〉と呼ばれる六人の魔力量は隔絶していて、規格外Sランクの探索者ですら彼女たちには遠く及ばない。それだけにスカジは感心する。


「彼女、凄いですね。あれだけの魔力を暴走させることなく制御するなんて」


 ユニークスキルの能力に感心したのではない。オルトリンデ・・・・・・の言うように、それだけの魔力を暴走させずにコントロールしている夕陽の魔力操作の技量にスカジは感心したのだ。

 普通の人間であれば、魔力を暴走させて大惨事を引き起こしているところだ。

 しかし、夕陽は完全に〈魔女の大釜〉を制御下に置いていた。


「ですが、あれをどうするつもりでしょうか?」


 魔力だけを集めても、その魔力を扱えなければ意味はない。

 一度に使用できる魔力は、最大魔力量に比例する。自分の限界を超えた魔力を扱うことは出来ないと言うことだ。

 人間の魔力量では、どう足掻いてもオークキングを倒すことは出来ないとオルトリンデは考えていた。

 普通に考えれば、それは間違いではない。スカジも同意見だった。

 しかし、


「でも、私たちに手をださないようにと主様は厳命され、人間たちに委ねられた」


 モンスターの駆除は探索者たちに任せるようにと、椎名はスカジに命令したのだ。

 未来をも見通す叡智を持った〈楽園の主〉が、モンスターの能力を見誤ったとは思えない。

 だとすれば、この状況を打開するための方法があると言うことだ。

 そして、その鍵を握っているのが、朝陽と夕陽だとスカジは考えていた。


(主様が、あの姉妹を気に掛ける理由の一端が分かるかもしれない)


 以前から不思議に思っていたのだ。

 人間にしてはマシな方だと思うが、主が気に掛けるほどとは思えなかった。

 しかし、イギリスやグリーンランドの一件からスカジの考えは変わってきていた。

 もしかしたら朝陽や夕陽も、〈聖女〉や〈皇帝〉のように神の領域・・・・へ至れる潜在能力を秘めているのかもしれないとスカジは考える。

 実際、この〈魔女の大釜〉は普通の人間に制御できるようなものではなかった。

 言ってみれば、椎名の魔力炉をスキルで再現したようなものだからだ。


「人間のなかにも楽園のメイドわたしたちに迫る力を持った実力者はいるわ。あなたと引き分けた彼女クロエとか」

「お言葉ですが、長。あのまま続けていれば、私が勝っていました」


 ムッとした表情で反論してくるオルトリンデに、スカジは苦笑を漏らす。

 いつもは余裕綽々なのにクロエのことになるとムキになるあたり、本当はオルトリンデも気にしているのだと察せられるからだ。

 だが、それだけクロエは強かった。オルトリンデが言うように、あのままやっていればオルトリンデが勝っていただろう。しかし、それでも〈九姉妹ワルキューレ〉に迫る戦いを見せたのだ。

 そして、いまクロエは更なる力をつけるためにレティシアの特訓を受けている。


(次、戦えば敗北するかもしれない。オルトリンデもそれが分かっているのでしょうね)


 人間は脆弱な存在ではあるが、全員がそうと言う訳ではない。人間のなかにも自分たちに迫る存在がいることをスカジは知った。

 いまはまだ、楽園のメイドに対抗できるような人間は少ないが、オルトリンデと互角の戦いを繰り広げたクロエや、先代の〈楽園の主〉に迫る力を持ったレティシアのような人間がいることもまた事実なのだ。

 そう言った人間が、この先でてこないとも限らない。


「恐らく、主様は人間の可能性を見極めようとされているのだと思うわ」


 だから才能のある人間を見出し育てることで、限界を見極めようとしているのだとスカジは察する。

 人間が楽園の脅威になるかどうかを――

 スカジは人間を見下し、取るに足らない存在と侮っていた自分を恥じる。主が先のことを見据え、自分たちのために慎重に策を講じてくれていたと言うのに、そのことに気付かなかったのだから――


「人間を嫌うのは自由だけど、侮るのだけはやめておきなさい」


 至高の存在である〈楽園の主〉が、人間を恐れる理由などない。主が心配しているのは力を持った人間たちが叛意を持ち、楽園に牙を剥くことだと察せられる。そう、心配をかけているのは自分たちだと、スカジは気付かされたのだ。

 そのためにも――


(私たちの弱さが、主様に余計な心配を抱かせてしまった)


 主に心配をかけずに済むくらい強くなる必要があるとスカジは考える。

 ホムンクルスは人間のように魂の成長にあわせて魔力量が増えたり、鍛えたところで肉体が強くなることはない。しかし、新しい技術を習得したり、既存の技を磨き上げることは出来る。

 主の願いを叶えるため、メイドたちは現代の知識と技術を学んできた。

 同じように戦闘技術も学び、鍛練を重ねることで技術は向上するはずだ。


「この戦いを見届けたら全員鍛え直すわよ。いいわね」

「望むところです」


 主の役に立ちたい。

 強くなりたいと言う想いは、オルトリンデもスカジと同じなのだろう。

 決意に満ちた表情で、力強くスカジの言葉に頷く。

 なにより――


彼女クロエには負けられませんから」


 彼女は負けず嫌いだった。



  ◆



「お姉ちゃん、どう?」

「どうって……よく、こんなことを思いつくわね」


 夕陽が考えた作戦と言うのは単純明快だ。

 大釜で集めた魔力を収束・・させ、モンスターに向けて解き放つ。

 元凶ごと、すべてを吹き飛ばしてしまうという作戦とも呼べない力押しな計画だ。

 そのために必要なものは――


「魔力を収束させること自体は問題ないわ。でも、武器が耐えれるかどうか……」

「普通の武器なら無理だよ。でも、お姉ちゃんのミスリルの槍は先生が手を加えたものだから」


 耐えられるはずだと夕陽は答える。

 朝陽の〈太陽の槍ブリューナク〉も並の武器なら一色の刀のように壊れている。

 そうなっていないのは〈楽園の主〉が改良を施した武器だからだと夕陽は考えていた。

 とはいえ、


「先生の武器でも一撃が限界だと思う。お姉ちゃんの大事な槍を壊しちゃうかもしれないけど……」

「そのくらい良いわよ。みんなの命には代えられないもの」


 それでも一撃が限界だと夕陽は考えていた。

 朝陽がミスリルの槍を大事にしていることを夕陽も知っているので、そこだけが心配だったのだろう。

 しかし、要らぬ心配だと朝陽は答える。


「武器が壊れたら、代わりの武器は私が用意してあげるね」

「期待しないで待っているわ」

「先生みたいにはいかないけど、これでも腕を上げてるんだよ?」


 まだ作戦中だと言うのに、緊張感のない会話をする二人。

 しかし、そんなやり取りをしながらも、夕陽が〈大釜〉に集めた魔力を朝陽はミスリルの槍へと収束させていく。


「いま朱理から連絡がきたよ。探索者の退避が終わったって」

「お姉ちゃん」

「ええ」


 明日葉から退避が完了したことを聞き、最後の仕上げに入る朝陽。

 大釜の魔力は、とてもではないが人間に扱える量の魔力ではない。

 だから魔力を収束させ、カタチ作る。

 人間に扱えないのであれば、扱える状態にすれば良いだけの話だ。

 皇帝がその身に神を降臨させたように、聖女が神そのものを招来したように――

 イメージするのは、人智を超えた存在。神の御姿みすがた――


「顕現せよ――天照アマテラス


 ミスリルの槍が黄金の輝きを放ち、人々の想いねがいと朝陽の呼び掛けに応えるように太陽の輝きを纏った女神が降臨するのだった。

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