第392話 神の試練
「キミは……」
「ここは任せて、さがってください」
颯爽と空から舞い降り、冬也にさがるように言うと黒いモヤに向かって――
「神鳴り」
もう一度、神剣を袈裟斬りに振るい、雷を纏った斬撃を放つ朱理。
すると雷に触れた瞬間、黒いモヤが消滅する。
「よし、きいている! これもスキルの一種みたいね」
朱理の〈神鳴り〉はスキルを斬り裂く斬撃だ。
黒いモヤの正体は分からないが、恐らくはスキルの一種――権能に近いものだと察したのだろう。
完全に消し去るには至らないが、時間を稼ぐくらいであれば自分でも出来ると考え――
「神鳴り」
三度目の〈神鳴り〉を放つ。
本来、一発撃つだけで魔力の大半を消費する大技だが、
『
頭に声が響いたかと思うと、朱理の身体から膨大な魔力が立ち上る。
これが〈
領域結界の範囲内にいるものは、魔女の食卓に並べられた
対象はモンスターや人間に限らない。魔力を持つものであれば、生きとし生けるものすべて――精霊さえも供物となる。
そして、ここからが最も重要な話となるが〈大釜〉が効果を及ぼす範囲は、夕陽の
夕陽の魔力探知の最大捕捉距離は二十キロ。即ち、この戦いに参加している探索者だけでなく月面都市で暮らす三十万人の人々が、いま夕陽のスキルの影響下にあると言うことだ。
ひとりひとりの力は小さくとも、これだけの人数がいれば大きな力となる。
これが、魔女の神――キルケーの持つ恐るべき能力だった。
「神鳴り」
四度目の〈神鳴り〉を放つ朱理。
そして、これが〈
使っても使っても尽きることのない魔力。
都市で暮らす三十万の人々の力が〈大釜〉を通して朱理に流れ込んでくる。
「神鳴り」
その結果がこれだ。
本来であれば連続して使用することのできないユニークスキルの大技を、魔力の消耗を気にすることなく何度でも連続で放つことが出来る。ただ、これにも問題がない訳ではなかった。
(頭がガンガンする……身体は痛いし――でも!)
また〈神鳴り〉を放つ朱理。
魔力は無尽蔵に使用できるが、身体への負担を減らせる訳ではない。
いま朱理は酷い魔力酔いと全身の痛みに耐えながら〈神鳴り〉を放ち続けていた。
自分でも無茶なことをしているという自覚はある。それでも――
「仲間の期待に応えられないで、探索者なんてやってられないわよ――神鳴り!」
信じて託してくれた仲間のために、いま自分に出来ることをしたい。
仲間との絆が、朱理を突き動かしていた。
「――雷鳴一閃」
神速の抜刀術で、迫るモンスターの群れを薙ぎ払う。
雫もまた〈大釜〉からの魔力供給を受けていた。
右手には、夕陽から託されたミスリルの刀が握られている。
「露払いは任せて」
雫の姿が朱理の視界から消えると同時に、オークの首が宙を舞う。
スキル〈疾風迅雷〉の力を最大限に発揮し、縦横無尽に戦場を駆ける雫。
そして、
「――雷鳴一閃」
二発目の奥義を放つ。
朱理と同じで、自分が無茶をしていることは雫も理解していた。
それでも決して止まることはない。恩には恩を、信頼には信頼で応えたい。
それが、尊敬する姉から学んだ雫の流儀だからだ。
「はは……なんて子たちだ」
「……凄いのは嬢ちゃんの妹だけかと思ったが、そう言う訳でもなさそうだな」
「東大寺、まだ逃げていなかったのか。おい、なにを――」
「嬢ちゃんたちが時間を稼いでくれている間に、ここを離れるぞ」
冬也を肩に担ぎ、逃げるように走り出す仁。
既に他の探索者たちも撤退をはじめていた。
と言うのも――
『八重坂朝陽です。この危機を乗り越えるため、皆さんの力を貸してください』
空に浮かぶ巨大な立体映像――明日葉のスキル〈
◆
「アサヒとユウヒだけが特別かと思っていたけど」
あの子たちも面白いわね、と楽しそうに笑うシャミーナ。
まさか〈
月面都市に迫る危機を伝え、探索者だけでなく都市の住民にも協力を呼び掛ける。
これなら混乱を最小限に抑えることが出来るだろう。
ましてや協力を呼び掛けているのは、あのスタンピードの英雄――八重坂朝陽だ。
言葉に説得力を持たせ、協力を仰ぐには打って付けの人選だった。
「このあと、あの子たちはどうするつもりだと思う?」
状況を愉しみながら、シャミーナはアイーシャに尋ねる。
「集めた魔力を使って、元凶を叩くと言ったところでしょうか?」
「そう考えるわよね。でも、簡単な話ではないわ。あのオークキングには、ベヒモスを倒したアサヒのブリューナクも通用しなかったのよ?」
実際、朱理の〈神鳴り〉も効いていない訳ではないが、黒いモヤの侵食を食い止めるので精一杯と言った様子だ。
魔力供給を受けていると言っても、蛇口を捻ってでてくる水の量が変わる訳ではない。一度に使える魔力は、最大魔力量に比例する。朱理が使用できる魔力の量では侵食を食い止めるのが精一杯で、黒いモヤをすべて消し飛ばすほどの威力はだせないと言うことだ。
そして、それは他の探索者たちも同じだった。
最上位魔法でも難しいだろうと言うのが、シャミーナの考えだ。
「聖女様であれば、この状況をどうにか出来ますか?」
「不可能じゃないけど……」
アイーシャの問いに「賭けになるわね」と答えるシャミーナ。
シャミーナのユニークスキル〈
当たりを引けば、この状況を打開することは可能だろう。しかしハズレを引けば、むしろ状況を悪化させる危険もある。シャミーナが探索者たちに任せて手をださなかったのは、状況を悪化させることを懸念してのことだ。
皇帝との一件もあって、エミリアから厳しく注意されていると言うのも理由にあるのだが……。
「あの黒いモヤのようなものが呪いの一種なら、神から賜った杖を使うと言う手もあるけど」
「〈白亜の杖〉でしたか。〈浄化〉のスキルが付与されていると聞きましたが……」
「ええ、でも対象に近付く必要があるのよね」
楽園の主から賜った〈白亜の杖〉であれば、オークキングの呪いを浄化できる可能性は高い。しかし、この杖を使用するには対象に近付く必要がある。そして黒いモヤの中心にいるオークキングに近付くには、どのみちユニークスキルを使う必要があるとシャミーナは考えていた。
できることなら自分が介入するのは、最後の手段に取っておきたい。
だから――
「あの子たちに期待しましょうか。それに……」
恐らく、これもすべて神の手のひらの上だとシャミーナは話す。
夜見の話では、モンスターを月へと転移させる計画を立てたのは〈楽園の主〉と言う話だった。
日本では対処できないと判断したのだと思うが、恐らく理由はそれだけではない。 モンスターを片付けるだけでれば、楽園のメイドたちだけで事足りるからだ。
敢えて地上にモンスターを転移させた理由。それは、試練を与えるためだとシャミーナは考えていた。
朝陽と夕陽の成長を確かめるため、神が試練を用意したのだと――
それを察したシャミーナは、夕陽たちを討伐部隊に参加させたのだ。
「神の寵愛を受けるのであれば、このくらいの試練は乗り越えてもらわないと」
どうか期待を裏切らないで欲しいと、シャミーナは切に願うのだった。
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