第391話 悪夢再び

 数にして十倍を超える戦力に一歩も引けを取らず応戦する探索者たち。

 一色や朝陽ばかりが目立っているように見えるが、月面都市の探索者の平均ランクはBだ。〈勇者〉や〈戦乙女〉が世界でも屈指の実力者なのは間違いないが、月面都市の探索者も負けてはいない。各国のギルドから推薦を得た実力者揃いで、二つ名持ちの探索者はここでは珍しくないからだ。

 だからこそ――


「お前等、気合い入れろ! 〈勇者〉や〈戦乙女〉にばかり良い格好させていいのか!?」

「んな訳ねえだろ! 俺たちにだってプライドがある!」


 後れを取る訳にはいかなかった。

 それに――


「少しは良いところを見せねえと……」

「ああ、ギルドマスターに……〈聖女〉に殺される」


 なんの戦果も挙げられなければ、シャミーナが黙っていない。

 モンスターを前に尻尾を巻いて逃げる探索者など論外。威勢ばかりよくて、役に立たない探索者も楽園には不要。そう言って、多くの探索者が粛清されるところを彼等は目の当たりにしてきた。

 だからこそ、手を抜くなんて真似が出来るはずもなかった。

 最悪の場合は〈聖女〉の怒りを買い、ギルドから粛清を受ける可能性があるからだ。 


「なんか月面都市ここの探索者たち、随分と気合いが入ってないか?」

「そう言えば、東大寺は月に来るのは初めてだったか? まあ、いろいろとあるんだよ」


 そのことを知っているだけに、冬也は言葉を濁す。

 冬也は実業家としても知られていて、彼が運営するクランは企業や他のクランから依頼を受けて稀少鉱石やモンスターの素材を調達する仲介業を営んでいた。そのため、国から特別な許可を得て、月面都市のギルドにクランのメンバーを出向させているのだ。

 月面都市には冬也のクランが経営する店もあり、商談で月面都市を訪れているタイミングで事件が起き、討伐作戦に参加することになったと言う訳だった。

 だから、この街のことはよく知っていた。探索者の楽園なんて呼ばれているが、危険な街であると言うことを――

 ここでは楽園の定めたルールがすべてで、地球の常識など一切通用しないからだ。

 それでも探索者たちからすれば、ここが楽園であることに変わりは無いのだが――

 

「無駄話はここまでだ。前方からオークの群れが三十。魔法で仕留めるから撹乱を頼む」

「任せろ」


 即席とは思えないほど、息の合った連携を見せる冬也と仁。

 仁がモンスターの注意を引き、冬也が魔法でトドメを刺す。

 剣を使った近接戦闘もできるが、冬也はどちらかと言うと魔法を得意とするタイプの探索者だ。そのため、前衛は仁に任せ、自分は魔法に専念した方が効率が良いと判断したのだろう。

 こう言った判断が出来るのも、二人が経験豊富な一流の探索者である証だった。

 若い探索者に多い話だが、自分の力を過信して深追いする探索者バカも少なくないからだ。

 そう言ったバカは、この街ではやっていけないのだが――

 調子に乗った探索者が何人も街から叩き出されているのを冬也も目にしていた。

 なかには、人知れず行方不明になった探索者も少なくない。ここは、そう言う場所だ。 


「しかし、数が多いな。倒しても倒してもキリがねえ……噂の〈聖女〉さんは参加しねえのか?」

「やめておけ。味方への被害が増えるだけだ。それが分かってるから彼女も戦場に出て来ないし、探索者たちも〈聖女〉の参戦を期待しないのさ」

「はあ? そりゃ、一体どういう――」


 意味なのかと仁が尋ねようとした、その時だった。

 背筋に凍るような悪寒が走ったのは――


「ぐ……」

「なんだ。これは……」


 その禍々しい気配に気付いたのは、仁や冬也だけではなかった。

 危険を察知し、周囲を警戒する探索者たち。

 だが、その直後だった。


「おいおいおい、こいつはまさか――!」

「ああ……間違いない!」


 なにかに気付き、顔を青ざめる仁と冬也。

 嫌な気配がして振り返ると、ありえないものを目にしたからだ。


「くそ、やっぱりか!」

「まずいぞ! あの時と同じだ!」


 黒いモヤのようなものが、オークキングの死体から溢れでていた。

 大地を侵食し、戦場に広がっていく黒いモヤ。

 そして、


「なんだ! この黒い奴は――まさか、モンスターを喰って・・・やがるのか!?」


 闇に引き摺りこむように、モンスターの群れを呑み込んでいく。

 それは以前にも一度目にしたことのある光景だった。

 二年半前のスタンピード。ヤマタノオロチが出現した時だ。


「いますぐ逃げろ! 取り込まれるぞ――」


 当時の記憶が蘇り、逃げるようにと叫ぶ仁。

 だが、遅かった。

 蠢く闇が弾けるように勢いを増し――


「た、助けてくれ!」

「なんなんだ。これは、うああああ――!」


 逃げ遅れた探索者たちを呑み込んでしまったのだ。

 津波のように押し寄せるが、敵味方を問わず無差別に捕食・・しはじめる。


「動ける連中はとにかく走って逃げろ! あの黒いのに捕まったら終わりだ――って、なにしてやがる!」

「誰かが時間を稼がないと全滅だ」


 仁の言うように逃げるのが最善だと分かっていた。

 しかし、侵食の速さから行って、逃げても追いつかれる可能性が高い。

 全滅を免れるには、あの黒いモヤを食い止める必要があると冬也は考えたのだろう。


「僕の〈凍りつきし時の神殿アブソリュート・サンクチュアリ〉なら少しは時間を稼げるはずだ」

「そうか、時間を止めれば……」


 冬也のユニークスキルは氷結系最強の能力などと言われているが、正しくは違う。氷結魔法は能力の副次的な効果に過ぎず、を司る権能――それが〈月夜見ツクヨミ〉の本来の力だった。

 権能の力を最大限に引き出すことが出来れば、時間を凍結することも可能だ。

 それが、凍りつきし時の神殿アブソリュート・サンクチュアリ。空間を切り取り、結界内の時間を停止する魔法であった。

 デメリットとして凍り付いた時の中では自分も身動きが取れないと言った欠点はあるが、時間を止めてしまえば敵味方を問わず、すべてのものが動きを停止する。そのため、黒いモヤの侵食も止められるはずだと考えたのだろう。

 しかし、


「だけどよ……そんな余力があるのか?」


 既に冬也は二度も〈無限凍結地獄アブソリュート・ゼロ〉を使用している。

 最上級魔法は威力が大きい分、魔力の消耗も激しい。精神力を消耗すると言う点では、朝陽の〈太陽の槍ブリューナク〉と同じくらい術者への負担が大きい魔法だった。

 そんな魔法を二回も使用して、戦場に残ってモンスターと戦い続けていたのだ。

 魔力回復薬マナポーションで回復できる魔力にも限界はある。

 まだ、そんな大魔法を使う余裕があるのかと、仁は疑問を持ったのだろう。


「……なんとかしてみせるさ」


 それが強がりだと察するのは難しくなかった。

 しかし、現状この黒いモヤをどうにかできるとすれば、冬也の〈無限凍結地獄アブソリュート・ゼロ〉だけだと仁は考える。

 他にもAランクの探索者はいるはずだが、時間を止められる探索者となると探すのは難しい。二つと同じ能力が存在しないからこそ、ユニークスキルと呼ばれているからだ。

 似たような能力なら探せばあるかもしれないが、都合良くこの場にいるとは限らない。しかし、黒いモヤの侵食を止めるには、時間を止める以外の方法は思い浮かばなかった。


「少しは格好を付けさせてくれ。あとのことは任せた」

「すまない……」


 冬也の覚悟を無駄にしないため、背中を向けて走り出す仁。


「ぼーっとしてないで早く逃げろ! 街まで走るんだ!」


 探索者たちに呼び掛けながら、自分も街へ向かって走る。

 街の近くには最終防衛ラインとして〈聖女〉シャミーナが控えている。

 Sランクの彼女であれば、あの黒いモヤをどうにか出来るかもしれない。

 冬也を助けるにはそれしかないと考え、街に向かって走る仁の耳に――


「神鳴り」


 白い閃光と共に轟音が響くのだった。

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