第390話 錬金術師の弟子
「ねえ、倒しちゃったよ? これ、アタシたちの出番なくない?」
オークキングが倒されたのを見て、もう出番はないんじゃないかと話す明日葉。
作戦が無駄になるのはいいが、拍子抜けと言ったところなのだろう。
微妙に肩透かしと言った表情と態度を見れば分かる。
それだけ探索者たちが強かったと言うことでもあるが――
「どうかしたの?」
夕陽の反応は違った。
どこか様子がおかしいことを察して、夕陽に声をかける明日葉。
「たぶん、まだ終わってない」
「え?」
「モンスターは倒すと、どうなる?」
「あ……」
夕陽に指摘されて、もう一度よく目を凝らしてオークキングの死体を観察する明日葉。モンスターは倒すと死体を残すことなく、魔素へと分解されて消滅する。身体の一部が素材として残ることはあるが、大部分は消えてなくなると言うのが常識だった。
しかし、
「消えてないね。でも、強力なモンスターは倒しても消えるまでに時間が掛かるって聞いたことがあるような……」
「魔素に分解されるまでの時間に個体差があるのは本当だよ。でも、あのオークキングからは魔力光が漏れていない」
「魔力光?」
「魔素へと分解されるときに生じる粒子のことだよ。モンスターが消える時に光の粒のようなものが見えるでしょ」
「ああ、あれね。確かに、そう言われると変だね」
オークキングの死体は消えるどころか、魔素へと分解する時に起きる発光現象すら確認することが出来なかった。それは即ち、オークキングの命が尽きていないことを示している。
しかし、
「でも、頭が吹き飛んでたよ?」
モンスターと言えど、生物であることに変わりは無い。
頭を潰されて生きている生き物がいるとは、明日葉には思えなかったのだろう。
「生き物なら確かにそうだけど、モンスターは魔法生命体だから」
「魔法生命体? モンスターは生き物じゃないってこと?」
「モンスターが倒すと消えるのは身体が魔力で構成されているためだけど、その核となっているのが
「魔法でダメージを与えるか、核を……あ!」」
人間は自分たちの常識で物事を捉えがちだが、その常識がダンジョンに当て嵌まるとは限らない。その最たるものがモンスターだと夕陽は考えていた。
モンスターの身体のどこかには人間で言うところの心臓に当たる核がある。それが魔石と呼ばれているものだ。
ゴブリンやオーク程度であれば、致命傷を与えれば倒すことは可能だ。しかし、なかには再生能力を持ったモンスターもいて、そう言ったモンスターは生命力も高く簡単に倒すことはできない。
ましてやオークキングの特殊個体は〈深層〉のモンスターに匹敵する怪物だ。
頭を潰した程度で倒したと考えるのは早計だと言うのが、夕陽の考えだった。
「いまの話、本当なの?」
「お姉ちゃん」
声がして夕陽が振り返ると、そこには姉の――朝陽の姿があった。
一色も一緒にいることから、前線から退避してきたのだと夕陽は察する。
「うん。これは先生から聞いた話だけど、身体の半分が消失しても復活するモンスターがいるって話だから、いまは活動を休止しているみたいだけど、たぶん死んでないと思う」
「早く戻って、みんなに伝えないと……!」
「待つんだ! いまのキミが行っても――」
回復薬で傷は治るし、魔力も回復するが体力まで元通りになる訳ではない。
消耗した精神力や身体の疲労を抜くには、休息が必要だった。
だから仁の説得に応じ、前線から退いたのだ。
本当にオークキングがまだ生きているのなら、いまの自分たちが戻ったところで足手纏いになる可能性が高いと考え、せめて準備を整えてから向かうべきだと朝陽を説得しようとする一色だったが――
「心配要らないよ。いま朱理に状況を伝えたから。天谷先輩も一緒だから、あの二人なら時間を稼ぐくらいは出来ると思う」
「え……」
夕陽が間に割って入る。
「お姉ちゃんも知ってるでしょ? 〈念話〉だよ。魔力に思念を乗せて、離れた場所にいる仲間と会話をするスキル。私たちはそれが使えるからね」
正確には、椎名から貰った腕輪の能力――〈
朝陽も腕輪のことは知っているし、〈トワイライト〉の関係者だからだ。
「本当に自重しないのね……」
「全力でやるって決めたからね」
呆れる朝陽に、少しも悪ぶれる様子もなく堂々と答える夕陽。
全力でやると決めたからには、少しの妥協もするつもりはないからだ。
むしろ――
「どうせ正体がバレるなら全力でやらないと、先生の顔に泥を塗ることになるからね。〈楽園の主〉の弟子が、たいしたことないと思われる方が問題でしょ?」
本気でやるべきだと考えていた。
結局、探索者は実力主義の世界だ。舐められたら終わりの世界で、実力を隠すよりも誇示した方が面倒事を避けられるメリットがある。圧倒的な力を持つ相手に強気の交渉ができる探索者というのは少ないからだ。
価値を示せば、それだけギルドでの扱いも良くなる。それが夕陽の狙いだった。
それに――
「情けないところを見せると、メイドさんたちが怖いしね……」
どちらかと言えば、これが一番の本音でもあった。
楽園の主の弟子を名乗っておいて、たいしたことがないなんて思われたら楽園のメイドたちが黙っているとは思えないからだ。
椎名はそういうことを気にしないが、メイドたちは主が甘く見られることを嫌う。
だから、ある程度は力を誇示しておく必要があると夕陽は考えていた。
「それより、丁度よかった。お姉ちゃんにも手伝ってもらいたいことがあるんだよね。〈勇者〉さんも、お願いしていいですか?」
「あなたのことだから、なにか考えがあるのだと思うけど……」
「僕もかい? いまは刀がないから、余り力になれるとは思えないけど……」
一色が武器を持っていないのを見て、状況を察した夕陽は〈
「これ、使ってください」
「これは……まさか、ミスリルの剣?」
「刀は天谷先輩に譲ったので、いまはそれしかありませんが間に合わせにはなると思います」
夕陽が一色に渡したのは、自分で錬成したミスリルの剣だった。
と言っても、特訓の成果を試すために作ってみた試作品の一つだ。椎名の作った魔導具と比べれば、カタチを真似ただけの習作に過ぎないと夕陽は考えていた。素材の持つ力を引き出せていないからだ。
実際、このミスリルの剣に付与されているのは武器の強度を上げる〈硬化魔法〉だけで、椎名のように高レベルのスキルや複数のスキルの付与に耐えられるほどの武器は、いまの夕陽には錬成することが出来ない。そのため、納得の行く出来ではないのだろう。
椎名からも、まだ及第点は貰えていないからだ。
しかし、
(間に合わせなんて代物じゃない気がするんだけど……)
一色から見て、夕陽から渡された剣は業物にしか見えなかった。
砕けた刀も一流の魔導具技師が鍛えたもので〈迦具土〉で購入した逸品だったのだ。なのに、それを凌ぐ出来にしか見えない。
もしかしたら特級技師の鍛えた武器に比肩するレベルかもしれないと考える。
「……キミの妹、どうなってるんだい?」
「この子、ちょっと世間知らずなところがあるので……」
「そう言うレベルの話で済まない気がするけど……」
天才という一言で済ませられない。
異常を通り越して規格外だとすら一色は感じていた。
だが、それだけに――
「さっきの話、詳しく聞かせてくれるかい?」
夕陽の考えた作戦なら、もしかしたらという考えが頭を過る。
学生の身で〈界〉に至った才能。ミスリルの剣を錬成できる技術力。そして、オークキングがまだ生きていることを見抜いた観察眼と洞察力。どれをとっても学生のレベルとは言えないからだ。
もしかしたら姉妹揃ってSランクに届き得る才かもしれないと、夕陽の実力を見抜いてのことだった。
「助かります。お姉ちゃんは手伝ってくれる?」
「はあ……分かったわよ。なにをすればいいの?」
一色が乗り気なのを察して退路はないと悟り、夕陽の案に乗る朝陽。
しかし、夕陽の口から作戦の内容を聞かされ、
「それ、本気で言ってるの?」
「うん。お姉ちゃんが協力してくれたら、上手く行くと思うんだよね」
自分の妹の非常識さを再確認することになるのだった。
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