第388話 学生の意地
「雷光」
「雷鳴一閃」
巨大なオークキング目掛けて、同時に攻撃を放つ朱理と雫。
光のような速さで雷を纏った突きを放つ〈雷光〉と、電磁砲の要領で鞘から斬撃を抜き放つ〈雷鳴一閃〉は、共に神速の領域へと至った必殺の一撃だ。並のモンスターであれば、一撃で屠れるほどの破壊力がある。
しかし、
『――!』
驚愕に目を瞠る二人。
オークの脂肪は鎧の役割を果たしていて物理的な攻撃が通りにくいことで知られているが、それでも攻撃がまったく通用しない訳ではない。実際、雫の〈雷鳴一閃〉であればオークの首を刎ねるくらい容易いし、朱理の〈雷光〉もオークを焼き殺すくらいは簡単だった。
だが、雫の斬撃はオークキングの身体を軽く傷つけただけで、朱理の雷光も火傷を負わせるくらいで、ほとんどダメージが通っていなかった。
それどころかオークキングに与えたダメージが、衝撃波となって二人に跳ね返る。
「朱理! 雫!」
弾き飛ばされる二人を見て、スキル〈
全高十メートルを超える巨大なオークキングが、もう一体現れる。
明日葉の〈
仲間から注意を逸らすためにオークキングの幻影を呼び出したのだろう。
しかし、
「――――」
オークキングが咆吼をあげただけで、幻影が掻き消される。
それだけではない。まるでソニックブームのような衝撃波がオークキングを中心に発生し、明日葉だけでなく周囲にいた探索者たちをも一緒に弾き飛ばされる。
「魔法で応戦しろ! これだけ的が大きければ、適当に撃ったって当たる!」
「
「
「
それでも諦めず、応戦する探索者たち。
月面都市のギルドに所属する探索者は、各国のギルドから推薦を受けた優秀な探索者ばかりが集められていると言われているが、それは逆に言えば命知らずのバカが多いと言うことでもある。
相応の稼ぎを得たいだけであれば、中層で十分。なんなら上層でも生活をするには困らない程度の額は稼げるのだ。下層や深層を目指すような探索者は、基本的に変わり者が多い。
力に貪欲な者。財宝を欲する者。神秘と探求を追い求める者。
自身の命を天秤に載せ、夢と理想を追い求めるのが探索者だ。
月面都市は、そう言った本物の
そのため、この程度の危機で尻込みする者は一人としていない。オークキング――それも特殊個体であれば、〈深層〉のモンスターに匹敵するほどの難敵であることは最初から分かっていることだからだ。
「〈
そんな探索者たちの戦いを観察しながら、冷静に分析する少女の姿があった。
八重坂夕陽。〈戦乙女〉の異名を持つ八重坂朝陽の妹だ。
朱理と雫の攻撃が弾かれたことで〈物理軽減〉だけでなく〈物理反射〉を備えているのでないかと推察したのだろう。
しかし、探索者たちの攻撃魔法もほとんど利いていないことからスキルの力ではなく、純粋に桁違いの耐久力と回復力を備えているのだと察する。
そして、
「
土埃に塗れ、仰向けに倒れる三人――
朱理、明日葉、雫に
全高十メートルを超す怪獣に弾き飛ばされて地面を転がれば、普通の人間であれば命を落としかねないが、そこは三人とも探索者だった。
「どうにかね……死ぬかと思ったけど……」
「でも、先生との特訓よりはマシかな……」
骨の何本かは折れているはずだが、意外と平気そうな反応を見せる朱理と明日葉。
このくらいの怪我であれば、怪我の内に入らない。夕陽の回復薬を飲めば、一瞬にして完治することが分かっているのだろう。
むしろ、普段の特訓と比べれば、まだマシな方だと二人は感じていた。
回復薬をガブ飲みするような状況には至っていないからだ。
しかし、そんな二人と違い、戸惑いを隠せない様子の少女がいた。
探索者学校の生徒会長、天谷雫だ。
「……やっぱり、八重坂さんが〈黄昏の薬神〉なのね」
霊薬の時点で察してはいたが、さすがにこれで気付かないほど雫は鈍くなかった。
二年ほど前からギルドで噂されるようになった正体不明の薬師。
稀少な
だからこそ、心配する。
「安心して頂戴。前にも言ったけど、誰にも話すつもりはないから、でも……」
一般人や学生なら誤魔化せたかもしれないが、この戦いに参加しているのは高ランクの探索者ばかりだ。夕陽が使用した〈領域結界〉についても、気付いている者は少なくないだろう。
そこから夕陽の正体に気付く者が現れるかもしれない。
いや、間違いなく――この戦いが終わったら、夕陽を取り巻く環境は一変すると雫は考えていた。
「その時はその時かなって。いつまでも隠し通せるものじゃありませんから」
とはいえ、それは夕陽も覚悟の上だった。
そうでなければ、シャミーナの要請に応じて力を貸したりはしない。
力を使わずに後悔するくらいなら、正体がバレても構わないと覚悟を決めて行動したのだ。
「それより、どうする?」
夕陽がなにを尋ねているのか、分からない三人ではなかった。
オークキング――あのモンスターは、朱理たちの手に負える相手ではない。
このまま逃げたところで誰も咎めたりはしないだろう。
朝陽や一色もいるし、なんならシャミーナも後方には控えている。
本来であれば、このまま大人に任せることが正解だと分かっていた。
それでも――
「決まってるでしょ。このまま、やられっぱなしで終われるものですか!」
皆の気持ちを朱理が代弁する。
学生だろうと意地がある。
尻尾を巻いて逃げるくらいなら最初からこんなところにいないと――
それに――
「ここで逃げ出したら
大会には、この戦いに参加しているような高ランクの探索者が大勢参加するのだ。
モンスターに脅えて逃げるような探索者が、大会で優勝できるとは思えない。
それが、朱理の――いや、全員の考えだった。
「なら、私も
「……まだ隠していることがあるの? なにが出て来ても驚かない自信があるけど」
「隠していると言うか、試してみたいことがあって。ぶっつけ本番だから上手くいく保証は無いけど」
普通であれば、オークキングに勝てる算段があるとは思えない。
実際、探索者たちの攻撃はオークキングにほとんど通じていなかった。
朱理の〈神鳴り〉でも、オークキングにダメージを与えることは難しいだろう。
それでも――
「いいわ。私たちは、なにをすればいいのか教えて頂戴」
「いいの? 話を聞いてからでも遅くないと思うけど」
「やられっぱなしで逃げるつもりはないけど、勝てる算段もないもの。でも――」
「夕陽なら、なんとかしちゃいそうだしね」
朱理と明日葉は迷わず、夕陽の案に乗る。
他に手がないと言うのもあるが、夕陽ならもしかしたらと言う考えが頭を過ったからだ。
これは直感と言うよりは、確信と言っても良かった。
なにより、まだ戦える力が残っている内は諦めたくないのだろう。
「私にも協力させて頂戴。あのモンスターを倒せるのなら、なんでも協力するわ」
そして、それは雫も同じだった。
恩を返したいと言う気持ちもあるが、最後までみんなと一緒に戦いたい。
その気持ちは、朱理や明日葉と同じだからだ。これは意地でもあった。
ちっぽけなプライドかもしれないが、それをなくしてしまえば探索者ではない。
「なら、お願いしようかな。作戦は――」
三人の覚悟を確かめ、作戦を説明する夕陽。
耳を疑うような内容に驚きながらも――
「さすがは〈楽園の主〉の一番弟子ね」
と、朱理は苦笑を漏らしながら呆れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます