第387話 夕陽の価値
「
百を超えるモンスターが一瞬にして凍り付き、活動を停止する。
白いスーツの上からマントを羽織っただけのインテリ風の眼鏡の男。探索者と言うよりは若き実業家と言った装いの彼の名は、
そこからついた二つ名が〈氷帝〉――日本を代表する探索者の一人であった。
そして、もう一人――
「秘剣――裂空」
全身に纏った風を
雫に似た剣術を使う彼の名は、南雲一色。ユニークスキル〈
と言っても、日本にはもう一人、最強と呼ばれる探索者が存在する。
「
八重坂朝陽。炎熱系最強と評されるユニークスキル〈
縦横無尽に戦場を駆ける姿から〈戦乙女〉の二つ名で呼ばれるAランクの探索者で、非公開ではあるが限りなくSランクに近い実力があると認められた探索者に送られる〈準S級〉の称号をギルドから与えられた世界屈指の探索者だ。
そのため、〈勇者〉と〈戦乙女〉のどちらが強いのかと言った話題は、探索者たちの間でも度々議論になっていた。
しかし、そんな二人それよりも――
「嬢ちゃんの妹……どうなってんだ?」
八重坂夕陽。朝陽の妹の方が、仁には信じられなかった。
いま戦場は夕陽のユニークスキル〈
大釜で吸収した魔力を〈
「これ、
「うちの妹はちょっと変わっているというか、いろいろと
領域結果――または〈界〉とも呼ばれるスキルの極致と呼ばれるものを、夕陽が使用しているからだ。
Sランクに至るための条件の一つとも言われているだけに、使用できる探索者は少ない。〈準S級〉の実力があると評価されている朝陽でさえ、まだ〈領域結界〉は使用できないのだ。当然、仁も使えない。
いま日本で〈領域結界〉を使えるのは、一色と冬也だけだ。
それも冬也の〈領域結界〉は未完成で、一色も完全にコントロールできているとは言えなかった。
その点から言っても、夕陽がどれだけ規格外なことをしているかが分かる。
「まあ、深くは聞かねえけどよ……よかったのか?」
なにか事情があるのだと察するも、よかったのかと尋ねる仁。
こんな大勢の前で力を使えば、もう隠しておくことは難しい。
夕陽が
しかも〈領域結界〉を使用できるほどの探索者だ。
世間が放って置くとは思えなかった。
「あの子の決めたことですから」
朝陽は妹の覚悟と決断を尊重するつもりでいた。
討伐作戦への参加を夕陽たちに要請したのはシャミーナだが、断ることも出来た。
なのに、そうしなかったのは夕陽の決断だ。
『本気なの? 普通の生活を送れなくなるかもしれないのよ?』
『分かってる。でも、私の力があれば、作戦の成功率を上げられる。味方の被害を減らせるんだよね?』
『それは……確かにそうかもしれないけど……』
『なら、私は躊躇したくない。なんのために力を得たのか分からないから』
力を隠していたのは面倒事を避けるためだが、だからと言って必要な時に力を使うことを躊躇したくない。自分が参加することで一人でも犠牲者を減らせるのであれば、作戦に参加したい。
後悔したくないと言うのが、夕陽の考えだったからだ。
朱理と明日葉はそんな夕陽の覚悟を聞き、討伐隊に志願した。恐らく、それもシャミーナの思惑だったのだろう。しかし悪意があって、夕陽たちを作戦に参加させた訳ではないと朝陽は理解していた。
(ギルマス……シャミーナの言うことにも一理あるのよね)
月面都市が探索者たちから楽園と呼ばれているのには理由がある。
ここ月のギルドでは、ダンジョンで発見されたものはすべて持ち帰った探索者に所有権があるが、各国のギルドは違う。魔石や素材の買い取り価格からギルドの手数料と税金で大凡三割から四割が差し引かれて、更に
マジックバッグなどが最たる例で、条件さえ満たせばクランでの使用が認められているが個人所有は原則認められていない国が多い。悪用される可能性がある危険なアーティファクトはギルドが強制的に買い取り、国の管理下に置かれることが一般的だった。
しかし、命懸けでダンジョンに潜っている探索者たちからすれば納得の行く話ではない。そして、そう言った問題が顕著なのが日本という国だ。
探索支援庁が解体されるまでは、アーティファクトの所有自体が禁止されているほどの徹底振りだったのだ。
それに探索者の扱いも良いものとは言えない。各国は優秀な探索者を確保するために高ランクの探索者には特別な優遇制度を設けているが日本にはそう言ったものがなく、探索者が負っている税の負担と責任の重さはギルド加盟国のなかで一番厳しいと言って良いくらいだ。
最近は少しずつ変わってきていると言っても、探索者を優遇しようとするものなら世論に叩かれるため、政治家も積極的にやりたがらない。これは探索支援庁とマスコミの責任ではあるが、長年行われてきたネガティブキャンペーンで探索者に悪いイメージが付き纏っているためだ。
朝陽もAランクの探索者になるまで、いろいろと苦労を重ねてきているから分かるのだろう。勿論、応援してくれる人たちもいたが、探索者と言うだけで後ろ指をさされることも珍しくはなかったからだ。
夕陽の実力を評価しているからこそ、シャミーナは正しく評価される場所で活躍して欲しいと願っているのだと察せられる。〈楽園の主〉の
「まあ、嬢ちゃんの妹なら大丈夫だろう。いざとなれば、
「勧誘は難しいと思いますよ。同じ学校の友達とパーティーを組んでいるみたいで、
「……本当に優勝しちまいそうだから末恐ろしいな」
普通なら、なにをバカなと思える話を聞かされ、頬が引き攣る仁。夕陽だけでなく大人の探索者たちにまじって活躍している朱理と明日葉――それに雫の姿を見ると、冗談と笑えなかったからだ。
恐らく夕陽たちが優勝を狙っているのは、大会の目玉であるバトルアリーナだと思われるが簡単な話ではない。ギルドマスターズトーナメントは、各国の代表に選ばれた世界トップクラスの探索者たちが集う大会だからだ。
しかし、探索者は実力の世界だ。力さえあれば、年齢や実績など関係ない。
夕陽たちの実力であれば、大会の優勝を狙える可能性があると考えたのだろう。
「その話は後ほど……それより、本命のおでましみたいですよ」
「これだけの数の探索者がいたら、出番はないと思ったんだがな」
「むしろ、全戦力を投入しないと厳しい相手かと。こうして、対峙すると分かります。あれは――」
巨大なオークキングを遠巻きに眺めながら、ベヒモスを凌ぐ脅威だと朝陽は口にするのだった。
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