第384話 黄昏の試練

 帰還魔法。

 それは〈帰還の水晶リターンクリスタル〉に付与されている空間転移魔法だ。

 ダンジョン内でしか使用することが出来ず、転移先にはダンジョンの出入り口――ゲートしか指定できないというデメリットはあるが、少ない魔力で使用可能な転移魔法だった。

 椎名が行ったことは単純だ。

 カドゥケウスの〈拡張〉を使い、帰還魔法でオークの群れを――

 正確には、呪素の影響を受けたモンスターを地上・・に転移させたのだ。

 その結果が、


「うわあ……凄い数だね」


 これだった。

 高台から視界を覆い尽くす黒い軍勢を眺めながら、感嘆の声を漏らす明日葉。

 黒い軍勢の正体は、呪素によって変異したモンスターの群れだ。

 オークが一万六千。ミノタウロスやゴブリンと言った他のモンスターも含めると、総勢二万を超える大軍勢だった。

 しかも、そのすべてが特殊個体――イレギュラーへと変異しているのだ。

 これほど厄介な話はないと言うのに――


「あなたね。もう少し緊張感をもちなさいよ」


 相変わらずマイペースな明日葉に、朱理は呆れる。

 普通はこれだけの大軍を前にすれば、畏縮するものだからだ。

 なのに畏縮するどころか、いつもとまったく変わらないと言うのは、大物以前の話にどこか壊れているのではないかと心配するのは当然だった。

 しかし、


「ガチガチに緊張するよりは良いと思うよ」


 夕陽は明日葉を擁護する。

 モンスターの大軍を前に恐怖を感じるのは普通だが、畏縮していては本来の力を発揮できない。少しくらいマイペースな方が、探索者に向いていると思っているからだ。


「でしょ? さすが夕陽、アタシのことよくわかってる」

「すぐ調子に乗るところは、明日葉の悪いところだと思うけどね」


 とはいえ、それは明日葉の長所であり、悪いところでもあると思っていた。

 本来の力を発揮できないよりはいいが、だからと言ってモンスターを甘く見てはいけない。油断大敵という言葉もあるからだ。

 実際、それで命を落としている探索者も少なくない。ちょっとした油断で格下のモンスターに殺されるなんてことも、ダンジョンではよく起きていることだった。

 ダンジョンでスキルに目覚め、魔力を扱えるようになったことで人は進化したが、その力を上手く使えるかどうかは結局その人次第だからだ。


「雫、本当に無事だったんだね……よかった。アンタにもしものことがあれば、アタシは……!」

「お、お姉様……皆さんが見ていますから、そのくらいで……」


 夕陽たちが緊張感のないやり取りをしている裏で、感動の再会を果たしている姉妹の姿もあった。

 夜見と雫――天谷の姉妹だ。

 涙を浮かべて抱き合う姉妹を、生温かい眼差しで見守る探索者たちのなかに――


「まったく、これがあの〈女帝〉とはな……」

「まあ、気持ちは分かりますから……」


 仁と朝陽の姿もあった。

 複雑な表情を滲ませる仁と違い、朝陽は妹がいるので夜見の気持ちが少しは理解できるのだろう。

 その妹が余りに規格外なため、ほとんど心配していなかったりするのだが――

 そもそも、当たり前のように探索者たちにまじっているが、この場にいること自体おかしなことだった。

 夕陽はまだ学生。それもCランクの探索者だからだ。

 しかし、それも夕陽ならと思ってしまう自分がいることに朝陽は気付いていた。

 戦闘能力では自分の方が上だと思っているが、それ以外の部分では妹がどれほど非常識な存在かを理解しているからだ。作戦の成功確率を上げるためと言われれば、夕陽たちの参加に反対することは出来なかった。

 しかも、夕陽たちを参加させたのは――シャミーナだからだ。


「お帰り、二人とも」


 朝陽と仁の姿を見つけて、声をかける日本人と思しき男性。

 白銀に輝くミスリルの鎧に身を包んだ黒髪の彼の名は、南雲一色。

 勇者の二つ名で知られるAランクの探索者だ。

 現在は月面都市のギルドで、探索者を取り締まる懲罰部隊の隊長を務めている。 

 そして、いまはこの非常召集で集められた討伐部隊・・・・のリーダーを任されていた。


「救助された探索者たちから話を聞いたよ。間に合ったみたいだね」

「残念ながら手後れだった人たちもいますが……」

「それは仕方がないよ。キミの責任じゃない。命を落とした探索者たちも覚悟は出来ていたはずだからね」


 助けられなかった命があることを悔やむ朝陽を、仕方がないと一色は励ます。

 モンスターと戦って探索者が命を落とすのは、よくあることだ。

 そして、それは探索者であれば覚悟を決めていて当然のことでもあった。

 だから――


「僕たちは探索者だからね」


 こうして集まったのだと語る一色の背中には、千人を超える探索者の姿があった。

 月面都市のギルドに籍を置く探索者たちだ。

 ランクの平均はB以上。Aランクの探索者も少なくない。

 ほとんどが二つ名持ちの名の知れた探索者で、全員が腕利きだった。

 そのため、当然覚悟も出来ている。探索者として為すべきことも理解していた。

 相手がオークキング率いるモンスターの群れであろうと、


「モンスターどもに見せてやろう。探索者ボクたちの覚悟と力を――」


 臆する者は一人としていなかった。



  ◆



 話は少し溯り――

 モンスターの討伐作戦が決行される一時間前。


「月、ですか?」

「ええ、月でモンスターを迎え撃つと言うのが、主様が立てられた計画よ」

 

 スカジに作戦の内容を告げられ、戸惑う朝陽の姿があった。


「日本の探索者だけでは、オークの群れに対応できない。そう言ったわよね?」

「だから、月と言う訳ですか」


 最初は月にモンスターを転送すると言う計画を聞かさせて驚く朝陽だったが、スカジの話を聞いて納得する。月面都市のギルドには、ギルドから推薦を受けた優秀な探索者ばかりが集められている。

 しかも、世界に六人しかいないSランク探索者の一人、聖女シャミーナがギルドマスターを務めているのだ。

 オークキングが率いるオークの群れが仮に一万を超えていようと、後れを取るとは思えなかったのだろう。

 それは即ち――


「最初から次善の策を用意してあったってことかい……」 


 楽園の主には、こうなることが分かっていたのだと夜見は察する。

 地上にモンスターを転送するなんて真似が、なんの準備もなしに行えるとは思えなかったからだ。日本のギルドではスタンピードに対応できないと判断して、事前に準備を進めていたと考える方が自然だった。


「これでも譲歩したのよ? 本来であれば、楽園のメイドわたしたちが対処すれば、すぐに解決する話だから。でも、主様はそれを望まれなかった」 


 調査だけを命じられ、手をだすことを禁じられたのだとスカジは話す。

 その話から〈楽園の主〉の狙いを察する夜見。

 

「機会を与えられながら、その期待に応えることが出来なかった……そう言うことかい」


 そして、自分たちの不甲斐なさを痛感する。

 日本のギルドマスターとして、思うところがあるのだろう。

 だからこそ、すべてを楽園に頼るのではなく自分たちの手で解決しようとしたのだ。

 しかし、それは叶わなかった。

 機会を与えられながら〈楽園の主〉の期待に応えることが出来なかったのだと悟る。


(もしかすると〈戦乙女〉の妹に〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を与えたのも……)


 今回の件を察知していたからかもしれないと夜見は考える。

 二年半前、スタンピードの発生を警告してきたのは楽園だった。

 あの時と同じように前兆を掴んでいたとしても不思議な話ではない。

 だとすれば、なにも知らないように振る舞っていたのは、すべて演技だったのだろう。

 しかし、


(そのことで恨み言を言うのは……お門違いだね)


 だからと言って〈楽園の主〉を責める気にはなれなかった。

 どうして教えてくれなかったのだと詰め寄ることは、恥の上塗りにしかならないと分かっているからだ。

 むしろ、期待に応えることが出来なかった自分たちの方に問題があると夜見は考えていた。

 日本のギルド――探索者の不甲斐なさが露呈した結果だからだ。

 それを分からせるために、敢えて報せなかったのではないかとさえ思えてくる。


(そう言えば、〈迦具土〉の御老体が〈楽園の主〉はダンジョンの攻略を望んでいるって言ってたね……)


 停滞していたダンジョンの攻略を進めさせるために、〈黄昏の錬金術師〉――〈楽園の主〉が〈魔法石マナストーン〉の製法を、特級技師の一文字鉄雄に託したと言う話を夜見は聞いていた。

 だとすれば、これもダンジョンの攻略を進めさせるために計画された試練の一環だったのかもしれない。それなら、いまになって楽園が大会GMTに興味を持ち、介入してきたことにも説明が付くと夜見は考えるのだった。

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