第382話 オークの軍勢

「どうやったらオークジェネラルの胸を貫けるんだ……」

「炎を纏わせた槍を加速・・させて、普通に突いただけですよ?」


 当たり前のように話す朝陽に、それが出来たら苦労はないと呆れる仁。

 オークジェネラルが纏う脂肪は、天然の鎧のようなものだ。

 打撃は勿論のこと斬撃も通りにくく、魔法以外でダメージを与えるのは難しい。

 ましてや槍で貫くなど、普通は出来ることではなかった。

 なのに――


「私の槍は特別製なので」


 なんでもないかのように話す朝陽に、呆れた様子で溜め息を漏らす仁。

 どれほど強力な魔導具を持っていようと、それを扱うのは人間だ。

 同じ武器を使ったとしても、朝陽と同じ芸当が出来る人間がいるとは思えなかったのだろう。

 嘗ては夜見ともパーティーを組み、様々な人間とダンジョンに潜ってきたからこそ分かるのだ。

 どれだけ朝陽が非常識なことをしているかが――


(二つ? いや、三つ以上のスキルを組み合わせてたな。こんなの普通の探索者に出来るかっての……)


 最低でも〈身体強化〉と〈火炎魔法〉の二つは使用していたはずだ。

 それ以外にも目に留まらぬ速度で消えたのは、〈雷撃〉と〈全耐性〉を組み合わせた複合スキル〈超加速〉だと仁は察する。これだけで、四つのスキルを同時に使用したと言うことになる。

 スキルの使用には緻密な魔力操作を必要とし、多大な集中力を要する。二つのスキルを同時に使うだけでも高等技術だと言うのに、三つ以上のスキルを並列起動できる探索者など稀だ。

 朝陽のように異なるスキルを組み合わせて新たなスキルを生み出したり、四つものスキルを同時に使いこなせる探索者など、仁が知る限りでも世界に数人いるかどうかだった。

 そのことからも〈準S級〉の実力は十分にあると考えているのだが、


「まあ、いいか。嬢ちゃんが非常識なのは、いまにはじまったことじゃねえしな……」

「ミノタウロスを素手で殴り殺す人に言われたくないんですけど……」


 仁がなにを考えているのかを察し、逆にツッコミを入れる朝陽。

 武器を使わずに素手でミノタウロスを殴り殺すなんて真似は、さすがの朝陽にも出来ないからだ。

 その点から言えば、仁も他人のことを言えない。Aランクに相応しい非常識な側の人間だった。

 だから〈準S級〉と呼ばれることに抵抗があるのだろう。

 仲間の力を借りなければ、ベヒモスを討伐することは出来なかった。自分が〈準S級〉ならベヒモスの討伐に参加したメンバー全員に、その資格があると考えているからだ。


「で? これから、どうする?」


 これ以上は不毛な言い争いになると考え、仁は話題を変える。

 オークジェネラルとミノタウロスは倒したが、まだオークの軍勢が残っている。

 ただのオークであれば問題ないが、オークキングが率いるオークの群れとなると話は別だった。


「オークの群れが向かっているんだろう? 嬢ちゃんの話だから疑っちゃいないが、オークキングが率いているとなると厄介だぞ?」


 キングやクィーンと名の付く支配階級のモンスターには群れを統率し、強化する能力が備わっているからだ。

 夜見の魔法で倒されたゴブリンロードも支配階級のモンスターだが、所詮はゴブリンだ。ゴブリンは上層に出現するモンスターでEランクでも倒せる程度のモンスターでしかないため、群れでも脅威度は低い。

 ゴブリンロードが率いる群れの脅威度は、数にもよるがCからB相当。Bランクのパーティーなら、ある程度は余裕をもって対処できる脅威度でしかない。

 しかし、オークは通常の個体でもソロで討伐するにはCランク相当の実力が必要とされている。何度も言うようだがオークの身体は分厚い脂肪で守られていて、並の武器では攻撃が通らないためだ。

 しかも、オークキングに統率されたオークの危険度は通常よりもランクが上がる。即ち、オークを一体相手するのにCの上位からBランク程度の実力は必要と言うことになる。

 それが三千体以上となると、いまの戦力では厳しいと仁は考えたのだろう。


「その話、本当なのかい? オークキングに、オークが三千って……」


 二人の話を聞いて、話に割って入る夜見。

 これで終わりとは思っていなかったが、まだそれほどの数のオークが残っているとは思ってもいなかったのだろう。

 しかも、オークキングまでいると聞かされれば、さすがに無視できる話ではなかった。


「オークキングは状況から推察したもので確証はありません。ですが……」


 オークキングがいると朝陽が予想したのは、大量のオークの魔力反応を捉えたためだ。

 オークジェネラルにもオークを率いる力はあるが、精々が百匹程度と言ったところだ。数千ものオークを率いる統率力はない。それに朝陽が倒したオークジェネラルは、明らかに普通の個体と違っていた。

 そのことからオークジェネラルの後ろに、より強力な個体がいる可能性が高いと判断したのだろう。


「少なくともオークの群れが向かっているのは本当みたいだね……」

「さすがに俺たちだけでは手に余るな。まずは一色たちと合流した方がいいんじゃないか?」


 ここでスタンピードを食い止めることが出来なければ、大会GMTにも影響を及ぼす可能性がある。それどころかダンジョンの封鎖が続けば、経済にも大きな影響を与えることになるだろう。

 しかし、このまま戦っても犠牲者を増やすだけだ。

 しっかりと戦力を整え、地上でモンスターを迎え撃つことも考えた方が良いと、仁は提案する。


「筋肉バカの案に同意するのは癪だけど、ここは一旦退いた方が良さそうだね」

「誰が筋肉バカだ!? 一言、余計だ!」

 

 不満そうな態度を見せながらも、仁の案に同意する夜見。

 既に戦線は瓦解。ほとんどの探索者は先程の騒ぎで逃げてしまったし、Bランク以上の探索者にも死傷者がでている。その上、〈魔法全書インデックス〉に記録された最上級魔法も使い切った。

 この状況でオークの群れを相手にするのは、厳しいと判断したのだろう。

 朝陽も二人と同じ考えだった。

 しかし、


「ギルドマスター。地上に待機している探索者で、オークの群れを食い止められると思いますか?」

「……無理だね。ほとんどがCランク以下の探索者ばかりだし、正直アンタたちに期待するしかない状況だ」

「だとすれば、モンスターを引き連れて地上に戻るのは被害を拡大させる恐れがあります。南雲さんたちがから応援の部隊を連れてくるまで、もう少し時間が掛かるはずですから」


 撤退をするにしても、誰かが時間を稼ぐ必要があると朝陽は答える。

 このままモンスター引き連れて逃げても、犠牲者を増やすだけだと考えたからだ。

 

「誰かがしんがりを務める必要があるってことか。なら、俺が――」

「三千と言う数は、あくまで魔力探知で捉えた範囲の話です。恐らく、その数倍のオークが潜んでいると思います。東大寺さんの実力を疑っている訳ではありませんが、一人で食い止めるのは無理かと」


 しんがりを名乗りでるも、その数倍のオークがいると聞かされて顔を顰める仁。

 足止めくらいならどうにかなると考えたのだろうが、それだけの数のオークを相手にするのは、さすがの仁でも厳しかった。

 オークキングが相手でも後れを取るつもりはないが、仁は魔法を使えないからだ。

 津波のように押し寄せるモンスターの大群を一人で食い止めるのは無理がある。


「なら、どうするつもりだ? まさか、嬢ちゃん……」


 自分には無理だが、朝陽なら――という考えが、仁の頭を過ったのだろう。

 夜見ほどではないが、朝陽は魔法にも長けた魔法戦士タイプの探索者だからだ。

 しかし、


私でも・・・無理です。ですが――」


 朝陽もバカではない。

 出来る出来ないの話ではなく、なんの策もなしに命を懸けるつもりはなかった。

 こういう時こそ、冷静に動く必要があると分かっているからだ。

 だから、


「姿を見せてもらえますか?」


 状況を見極めるため、誰もいないはずの場所に語りかける。

 ほんの僅かではあるが空気・・の揺らぎを察知したからだ。

 すると――


「本当に成長したわね。私の隠形を見破るなんて」


 メイド服を着た銀髪の女――スカジが姿を現すのだった。

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