第380話 準S級

 魔力を使い果たし、膝をつく夜見に駆け寄る朝陽。

 腰に提げたマジックバッグから魔力回復薬マナポーションを取り出すと、それを夜見の口に押し当てる。


「ゆっくりと飲んでください」


 朝陽に身体を支えられながら、マナポーションを口にする夜見。

 倦怠感が抜け、身体に魔力が満ちていくのを感じる。

 その回復力に驚きながらも――


「助かった。礼を言うよ……」


 浮かない表情で感謝を口にする夜見。

 どことなく朝陽を気遣っている様子が、態度からも見て取れる。

 無理もない。行方不明になっている学生のなかに朝陽の妹――八重坂夕陽の名前があることを知っているからだ。

 夕陽のランクはCだ。雫と同様、無事である可能性は低いと考えたのだろう。


「いえ、こちらこそ遅くなってすみません」


 そんな夜見の考えを知ってか知らずか、朝陽は駆けつけるのが遅くなったことを謝罪する。

 と言うのも――


「少し前まで月面都市にいたので、ギルドからの要請に気付くのが遅れて……」

「はい?」


 一時間ほど前まで月面都市にいたからだ。

 月から救援に駆けつけたと聞かされ、目を丸くする夜見。


「私たちだけ先行しましたが、もう少ししたら後発の部隊も追いついてくるはずです」


 そんな夜見に応援の部隊が他にもいることを報せる。

 益々、状況が呑み込めないと言った反応を見せる夜見だったが、朝陽が〈トワイライト〉所属の企業探索者であることを思い出し、〈トワイライト〉が朝陽を呼び戻してくれたのではないかと考える。


「まさか、〈トワイライト〉が?」 

「いえ、夕陽たち――私の妹が月面都市のギルドに現れて、モンスターのことを報せてくれたんです。いま南雲さんと月宮さんが探索者に声をかけて、部隊を編成してくれています」


 南雲とは〈勇者〉の二つ名で知られるAランク探索者、南雲なぐも一色いっしきのことだ。

 そして、もう一人は月宮つきみや冬也とうや。〈氷帝〉の二つ名を持つAランクの探索者だった。

 二人とも朝陽や仁と同じく、日本を代表するトップクラスの探索者だ。

 その二人なら知っているが、どうして夕陽の名前がでてくるのか分からず夜見は困惑する。


「妹さん? 行方不明になっているんじゃ……」

「行方不明ですか? いえ、いまは月面都市にいますよ。スタンピードの兆候に気付いて〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を使用したらしく……ああ、そう言うことですか。安心してください。妹さんも無事ですよ」


 夜見がなにを誤解しているのかを察し、雫が無事であることを伝える朝陽。

 よくよく考えてみれば、学生が〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を所持しているなんて想像できるはずもない。ギルドが厳重に管理していて、ギルドマスターですら気軽に使えるような代物ではないからだ。

 そのことから――


「夕陽の師匠については、ご存じですよね?」

「それって〈工房〉の件と関係があるのかい?」


 やはり、報されていなかったのだと朝陽は察する。


「私の口からは説明できないので、後ほど妹さんから聞いてください」 

「……なんとなく察せられるけど、とにかく雫は無事なんだね?」

「はい。月面都市で保護しています」

「そうか……感謝するよ」

「夕陽たちに言ってあげてください。妹さんを助けたのは、あの子たちですから」


 雫の無事を確認して、心の底から安堵する夜見。

 いろいろと気になることはあるが、追求するのは控えることにする。

 感謝していると言うのもあるが、楽園の主に関することだと察したからだ。

 深入りするのは危険だと判断したのだろう。


「あとのことは私たちに任せてください」

「そうさせてもらうよ。いまのアタシじゃ、役に立てそうにないしね……」


 ガラスが割れるような音を合図に、砕け散った氷の中からオークジェネラルとミノタウロスが姿を現す。どうにかゴブリンロードを倒すことは出来たようだが、さすがに三体同時とはいかなかったらしい。

 既に最上級魔法は打ち止め。

 いまの自分では足手纏いになるだけだと夜見は考え、あとのことを朝陽に託す。

 それに――


「見せてもらうよ。準S級・・・の実力を……」


 戦乙女――日本最強・・・・の探索者の力を信頼してのことだった。



  ◆



「東大寺さん、ミノタウロスの相手はお任せしてもいいですか?」

「構わねえが、譲ってくれるのか? お前さんなら二体が相手でも余裕だろう?」


 夜見以上に朝陽の実力をよく知る人物がいた。それが東大寺仁だ。

 二年半前のスタンピードで共に戦ったと言うのも理由にあるが、ここ二年ほど一緒にパーティーを組んでダンジョンに潜っているため、朝陽の強さがAランクのなかでも頭一つ以上抜きんでていることを知っているからだ。

 ボスクラスのモンスターとはいえ、ミノタウロスやオークジェネラルは中層のモンスターだ。そのため、深層・・で活躍する朝陽が後れを取るとは思えなかったのだろう。


「出来れば魔力を温存しておきたいので、手伝って頂けると助かります」

「温存? まだモンスターがいるって言うのか?」

「あと十分ほどで接敵する距離に、凡そ三千のモンスターが近付いてきています。魔力の反応から察するにオークですね。この規模だと、オークキングがいるのかもしれません」

「オークキングだと? 下層のモンスターじゃねえか……」


 オークキングまでいると聞かされ、仁は戸惑いの声を漏らす。

 本来、オークキングは下層に生息するボスクラスのモンスターだからだ。

 ジェネラルならともかく中層にキングが出現したなんて話は聞いたことがなかったのだろう。


「オークキングの特殊個体だと、深層のモンスターに匹敵する可能性がありますから」

「そいつは厄介だな……。だが、そういうことなら納得だ。そのクラスのモンスターが相手じゃ、一色と嬢ちゃんくらいにしか倒せねえしな。しかし、そんなことまで分かるなんて準S級・・・は伊達じゃねえな」

「それ、非公式のランクですから……」


 準S級とは、Sランクに近い力があると認めた探索者にギルドが便宜上設定しているランクのことだ。とはいえ、公表されているランクではないので、世間的にはAランクと扱いは変わらなかった。

 そのため、朝陽も余りそのランクを持ちだされたくはないのだろう。実績は十分にあるとはいえ、自分のような若輩者が仁や夜見のようなベテランの探索者を差し置いて、もてはやされることに耐えられないからだ。

 とはいえ、


「ランク制度の見直しの話がでているらしいから、そのうち公認されると思うぞ?」


 どれだけ拒んだところで、時間の問題だと仁は語る。

 現在のランク制度は、ギルドが設立された二十五年前に設けられたものだ。そのため、時代に適していないと言う指摘が二年ほど前から上がっていて、ランク制度を見直す動きが起きていた。

 ギルドへの貢献度やダンジョンの攻略実績だけを考慮したランク制度になっているため、いまのランク制度では実力がしっかりとランクに反映されているとは言い難いためだ。

 生産職や特殊技能に長けた探索者はランクを低く見積もられがちという問題点もあった。だから時代に沿ったランク制度に変えようとする動きが、ギルドで起きていると言う訳だ。


「その話はまた……いまは目の前のに集中しましょう」


 ドシドシと足音を響かせながら向かってくる二体のモンスター。

 オークジェネラルとミノタウロスを視界に捉えながら、朝陽は話を遮る。

 ランク制度を見直す動きがあると言うのは知っているが、それでも〈準S級〉と言う評価は分不相応だと思っているため、余り触れられたくない話と言うのも理由にあるのだろう。

 そんな朝陽の考えを察して、苦笑を漏らす仁。

 朝陽の苦悩も分かる一方で、仁からすれば妥当な評価だとも思っているからだ。


「嬢ちゃんなら相応しいと思うんだがな……」


 ポリポリと頭を掻きながら、ミノタウロスの進路を塞ぐように立ち塞がる仁。

 右手の甲をミノタウロスに向け、手招きするような仕草で――


「さてと、お前の相手は俺だ。投げ飛ばされて頭にきてるんだろう? どっちの力が上か、白黒つけようぜ?」


 ニヤリと笑いながら、ミノタウロスを挑発するのだった。

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