第379話 危機一髪

 坂元は〈迦具土〉の〈守護神ガーディアン〉と呼ばれているAランク探索者だ。

 ダンジョンの攻略部隊の指揮を任されていて、稀少スキル〈絶対防御インビンシブル〉の使い手として知られていた。

 自身が受けるダメージを魔力で肩代わりするスキル。即ち、魔力が尽きない限り坂元は傷を負うことがない。もう一人のAランク探索者がミノタウロスに殺され、最前線の部隊が壊滅的な被害を受けるなかで彼だけが無事だったのは、このスキルのお陰だった。

 しかし、よく見ると坂元の状態も万全と言えるものではなかった。

 坂元の〈絶対防御インビンシブル〉はダメージを魔力で肩代わりするスキルだが、あくまで無効化できるのは彼自身が受けるダメージだけだ。身に付けている装備はスキルの効果の対象外だからだ。


(なんて重い一撃だ。このままでは――)


 盾には亀裂が走り、鎧にも無数の傷痕が確認できる。〈不壊〉の効果を持つアダマンタイトの盾であれば壊れる心配はないが、いま坂元が身に付けているのは探索者用の装備としては一般的な魔鋼・・で作られた大盾と全身鎧だった。

 迦具土の職人が鍛えた逸品だけに相応の値段がすることは間違いないが、所詮は広く普及している量産品の装備だ。アダマンタイトの盾と比べれば、性能は遥かに劣る。ミノタウロスやオークジェネラルと言った怪力自慢の――それも特殊個体の攻撃を凌げるほどの装備ではなかったのだろう。


「くそ! 盾が――」


 オークジェネラルの一撃を受け止めると同時に、盾が砕ける。

 盾を失った坂元に、追撃とばかりに棍棒を振り下ろすオークジェネラル。

 砕けた盾を投げ捨て、両腕で攻撃を受け止めようとする坂元だったが、


「やらせるかよ! 豚野郎――パワースラッシュ!」


 間一髪のところで、一人の探索者が割って入る。

 両手斧バトルアックスを振りかぶり、コマのように回転しながら遠心力を利用した一撃をオークジェネラルに叩き込むと、分厚い脂肪で守られた一トンを超える巨体が地面を転がる。


「お前は〈黒い大鬼ブラックオーガ〉――」


 坂元の窮地を救った探索者の名は宮前カルロス。

 二メートル近い身長のある坂元と並んでも見劣りしない大きな身体が自慢で、浅黒い肌に巨大な戦斧を振るう姿から〈黒い大鬼ブラックオーガ〉の二つ名で呼ばれているBランクの探索者だ。

 Bランクと言っても限りなくAランクに近い実力を備えており、夜見が代表を務めるクランで攻略部隊の指揮を任されている。だから同じ攻略部隊を指揮する者同士、坂元とも交流があった。


「助かった。礼を言う」

「はは、Aランクに感謝されるとはな。まだ、やれそうか?」

「盾がなくとも、モンスターの注意を引くくらいはやってみせるさ」


 盾を失ったと言うのに戦意を失うどころか、むしろ覚悟を決めた表情を見せる坂元に、カルロスはニヤリと笑みを返す。それでこそ、〈迦具土〉を代表するAランクの探索者だと思ったからだ。

 所属するクランは違えど、いまは共闘する仲間であることに変わりは無い。

 ライバルであると同時に頼れる仲間でもあった。

 それに――


「もう無様な姿を晒すつもりはない。今度こそ、守って見せる」


 最前線を任されておきながらモンスターの侵攻を止められず、仲間を守れなかったことを坂元は悔やんでいた。

 本来、仲間のために身体を張るタンクが一人だけ生き残ってしまったのだ。命が助かったのはスキルのお陰とはいえ、坂元からすれば到底受け入れられる結果ではなかったのだろう。

 だからこそ、覚悟を決める。


「俺が前にでる。お前は隙を見て、攻撃してくれ」


 盾もなしに無茶だと本来であれば止めるところだが、坂元の覚悟を察してカルロスは無言で頷く。

 倒せないまでも時間くらいは稼いで見せると、決死の覚悟を決める二人。

 だが、


「――横穴からモンスターが! う、うああああああ!」


 そんな二人の耳に、仲間の悲鳴が聞こえてくる。

 オークジェネラルを警戒しながら、坂元が悲鳴の聞こえた方に視線を向けると――


「アイアンアントだと!?」


 横穴から体長一メートルほどの巨大蟻が這い出してきていた。アイアンアントだ。

 鉄をも噛み砕く強靱な顎を持ち、群れで行動する習性があることから、中層のモンスターでありながら下層のモンスターに匹敵する危険度に認定されているモンスターだ。

 とはいえ、ここにいるのはBランク以上の探索者ばかりだ。

 普段であれば対処できない敵ではないが、


「くっ!」


 いまは状況が悪かった。

 仲間の元に駆けつけようとするが、オークジェネラルが坂元とカルロスの前に立ち塞がる。

 更には不意を突かれたことで蟻に囲まれ、退路を失う探索者たち。

 そこにゴブリンとオークの群れ、特殊個体イレギュラーが迫る。


「完全に分断されたな」

「ああ、まさかアイアンアントまで出て来るとはな……」


 絶対絶命の状況に、カルロスと坂元は厳しい表情を覗かせる。

 人間の方がモンスターよりも勝っている点があるとすれば、それは仲間と協力できることだ。互いの長所を合わせ、欠点を補うことで強大な敵とも渡り合うことが出来る。それがパーティーであり、探索者がモンスターよりも勝っている点だった。

 なのに仲間と分断された今の状況では、連携を取ることも難しい。


(やはり、なにか変だ。このモンスターたちは……)


 群れで行動するモンスターはこれまでにもいたが、人間のように連携を取ってくるモンスターはいなかった。そのため、モンスターにあるのは動物的な本能だけで、人間のような知性はないというのが探索者の常識だったのだ。

 しかし、目の前のモンスターからは知性と思しきものを感じる。

 しっかりと統率の取れた動きと言う訳ではないが、なにかしらの意志を坂元は感じ取っていた。

 だが、それが分かったところで、どうすることも出来ない。前もって注意していれば打つ手もあっただろうが、今更悔やんでも仕方のないことだった。

 せめて一矢だけでも報いてやると、坂元とカルロスが覚悟を決めた――


炎よ雷鳴を纏いて敵を穿てフレアサンダーピアス!」


 その時だった。

 ダンジョンに凛とした女性の声が響いたかと思うと次の瞬間――

 一筋の閃光が目の前を横切り、退路を塞ぐ蟻の群れを吹き飛ばしたのだ。


「な……」


 なにが起きたのか理解が追いつかず、放心する坂元。

 それはカルロスたち――他の探索者たちも同じだった。

 目にも留まらぬ速さで、縦横無尽に戦場を駆ける人影。

 尻尾のように揺れるサイドテールの髪が視界に入る。

 炎と雷を纏った槍が、次々とモンスターを薙ぎ払う光景を目にして、


「戦乙女! きてくれたのか!」


 影の正体に気付く坂元。

 一般人でさえ、その名を知らぬ者はいないスタンピードの英雄。

 槍を手に戦場を駆ける姿から〈戦乙女〉の二つ名で呼ばれるAランク探索者。

 それが、影の正体――八重坂朝陽だった。

 そして、


「ガハハ! 俺と力比べをしようなんて、百年はええよ!」

 

 もう一つ、大きな人影が空から降ってくる。

 戦場のど真ん中に現れたかと思うと、ミノタウロスを力任せに投げ飛ばす大男。

 鋼のように鍛え上げられた肉体。坂元やカルロスよりも大きな身体。

 どちらが怪物モンスターか分からない人間離れした怪力。

 スキンヘッドが目を引く彼の名は――東大寺仁。〈怪力無双〉の二つ名で知られるAランクの探索者だ。


「遅いわよ。筋肉ダルマ!」

「誰が筋肉ダルマだ! 助けにきてやったのに第一声がそれか!?」

「助かったわ、八重坂さん。この御礼は後で必ずするから――」

「嬢ちゃんと俺の扱いが違い過ぎねえか!?」


 余りの扱いの差に不満を漏らす仁を無視して、夜見はモンスターに杖を向ける。


「そこにいると危ないわよ」


 杖の尖端で輝く白い光に気付き、散るように逃げる探索者たち。

 魔法全書インデックスに記録された、もう一つの最上級魔法。

 それが――


無限凍結地獄アブソリュート・ゼロ


 氷結系の最上級魔法〈無限凍結地獄アブソリュート・ゼロ〉であった。

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