第378話 一分の攻防
「ミノタウロスだけでなく、オークジェネラルとゴブリンロードもだと!?」
「た、助けてくれ!」
「に、逃げろ! こんなの勝てっこねえ!」
仲間を見捨て、我先にと逃げ出す探索者たち。
モンスターの侵攻を食い止めるどころか、前線はパニックに陥っていた。
無理もない。ミノタウロス一体でも倒すのに苦戦したと言うのに、オークジェネラルとゴブリンロードの特殊個体まで現れたのだから、Cランクの探索者たちが逃げ出すのも無理はなかった。
しかし、
(こうなってしまったら仕方ないね……)
夜見は逃げ出す探索者たちを咎めることなく黙って行かせる。
冷静さを欠いた彼等が残ったところで、無駄に犠牲者を増やすだけだと考えたからだ。
それにミノタウロスの特殊個体だけでも厄介なのに、ゴブリンロードやオークジェネラルの特殊個体までいる状況で他人を気遣う余裕などなかった。
足手纏いになるくらいなら撤退してくれた方が助かるくらいだと考える。
とはいえ、
(まいったね。ミノタウロス一体を倒すのでも大変だったって言うのに……)
最上級魔法を放つには時間がかかる上、残された魔力は少ない。もう一発、あの規模の魔法を放てば魔力は尽きる。そうなったら逃げる余力を失い、確実に命を落とすだろう。
その上〈
いま夜見が使える最上級魔法は一つだけだ。その魔法で倒し切れなかったら打つ手はない。
だからと言って、逃げる訳にもいかなかった。
せめて、撤退が完了するまでの時間を稼ぐ必要があると覚悟を決める夜見。
「付き合うぜ、〈女帝〉」
そんな夜見の覚悟を察してたか、十人ほどの探索者たちが手伝いを名乗りでる。
「アンタたち……」
夜見のクランが黎明期から続く老舗のクランを差し置いて、僅か十年ほどで国内最大手のクランになれたのは理由がある。それは気性が荒く、ギルドでも持て余していた探索者たちを積極的に拾い上げ、クランのメンバーに加えてきたからだ。
なかには犯罪者スレスレ――いや、実際に犯罪組織に加担していた者もいたが、そう言った者たちにも分け隔て無く接し、夜見は居場所を与えてきた。
殺人を楽しむような根っからの悪人は別だが、特別な力を得て粋がっているだけの探索者など、この国を裏から支え続けてきた天谷の人間からすれば、街の不良とたいして変わらなかったのだろう。
他が持て余しているような人材でも、上手く使えば戦力になる。そう思って荒くれ者どもを集めていたら、いつの間にか犯罪組織にも恐れられる傭兵クランが出来上がっていたと言う訳だった。
さすがにAランクの探索者は夜見を含めて二人しか在籍していないが、Cランク以上、特にBランクの探索者の数は国内トップの在籍数を誇っていた。手伝いを名乗り出た彼等も、全員がBランクの探索者だった。
「俺たちに居場所をくれたアンタには感謝してるからな。少しは役に立たせてくれ」
好戦的な人間ほど戦闘系のスキルに目覚めやすいというのはよく言われていることだが、逆に言えば命懸けの戦いに興奮を覚えるような人間でなければ、ダンジョンに潜ってモンスターと死闘を演じることなど出来ないのだろう。
高ランクの探索者と言うのは全員、頭のネジがどこか外れた人間ばかりだ。なかでも夜見が代表を務めるクランの探索者は、ギリギリの戦いを楽しむ
とはいえ、
「いまなら臆病風に吹かれたって、誰も責めないよ」
「はっ! 俺たちを腰抜け共と一緒にされちゃ心外だな! 俺たちのことはアンタが一番よく分かってんだろ?」
それは夜見も同じだった。
危機的な状況だと言うのに、自然と笑みが溢れるのだからだ。
本当にバカな連中ばかりだと呆れながらも、これこそが探索者だと夜見は笑う。
臆病なものほど生き残り、勇敢なものほど先に命を落としていく。
それがダンジョンと言う場所だが、命を懸けてモンスターに挑む勇気を持てなければ、上を目指すことなど出来ない。それこそ、探索者に最も必要なものだと夜見は考えていた。
だから――
「一分だ。一分だけでいいから時間を稼いでおくれ」
夜見も覚悟を決める。
クランマスターとして彼等の覚悟に応える必要があると思ったからだ。
「たったの一分だ! 探索者の意地を見せてやれ!」
夜見が魔法の準備に入ったのを確認して、探索者たちは一斉に走り出す。
一体だけならともかく、これだけの数の特殊個体を相手に勝算があるとは思っていない。何人かは命を落とすだろう。それでも、彼等のなかに死を恐れる臆病者などいなかった。
「巨体の癖して、なんてスピードだ!」
「一箇所に固まるな! 距離を取って魔法を使える奴は魔法で応戦しろ!」
とはいえ、蛮勇と勇気は別物だと言うことも彼等は理解していた。
冷静に間合いを取りながら時間稼ぎに徹する探索者たち。ミノタウロス一体だけならまだしも、オークジェネラルとゴブリンロードの特殊個体を相手に正面からまともにやり合っても命を無駄にするだけだ。
「
「
接近戦を得意とする探索者たちがモンスターを撹乱するように立ち回り、遠距離から魔法でダメージを与えていく。
まず倒しきることは難しいだろう。だが、一分でいい。
この調子なら一分くらいは時間を稼げるはずだと、冷静に立ち回る探索者たちだったが、
「――――!」
ゴブリンロードとオークジェネラルが揃って奇声を上げると、無数の黒い影――ゴブリンとオークの群れが召喚される。
その数は合わせて百体以上。
前衛に目もくれず、召喚されたモンスターたちが後方の探索者に襲い掛かる。
「こいつら、後衛を――」
すぐに助けに向かおうとする前衛の前に、ミノタウロスが立ち塞がる。
距離を取っていたのが災いして、戦力を分断される探索者たち。
「まさか、モンスターが連携を!?」
ゴブリンロードやオークジェネラルが同族のモンスターを率いる能力を持っていることは分かっていたが、それでも戦術的な行動を取ってくるとは思ってもいなかったのだろう。
しかもミノタウロスまでもが、戦力の分断を狙った行動を取ってきていた。
偶然とは考え難いモンスターたちの行動に探索者たちは戸惑いを覚えるも――
「こちらの戦力を分断して各個撃破するつもりだ! 囲まれないようにしろ!」
すぐに意識を切り替え、対応する。
確かに戦力は分断されたが、目的は時間稼ぎだ。
夜見にさえ、モンスターの注意を向けなければ役目は十分に果たせる。
「俺たちを舐めるな!」
勝ち目のない戦いに挑む探索者たち。しかし、絶望はしていなかった。
力を持て余し荒れていた彼等に、力の使い方を教えたのが夜見だった。
彼女のお陰で真っ当な人間になることが出来た。暴れることしか能のない自分たちが、こうして探索者として活躍できているのは、夜見が居場所を作ってくれたお陰だと感謝していた。
だから――
「攻撃の隙を与えるな! とにかく足で時間を稼げ!」
この程度のことで引き下がる訳にはいかなかった。
ここで逃げ出せば、本当にただの荒くれ者に成り下がってしまうからだ。
戦力を分断されながらも、必死に抗う探索者たちの耳に――
「こっちだ! モンスターども――」
力強い声が響く。
「
声の正体はクラン〈迦具土〉に所属するAランクの探索者――坂元だった。
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