第377話 黒い軍勢

 黒いミノタウロスの出現に驚く夜見だったが、


「死にたくなければ、後ろに下がりな!」


 すぐに探索者たちに指示を飛ばす。

 一目で黒いミノタウロスの力を、下層のモンスターに匹敵するレベルだと見抜いたからだ。


(まさか、これほどとはね……)


 下層の適性ランクはBからAだが、Bランクと一括りにしても上位と下位では結構な開きがある。下層に挑むのであれば、Bの中位から上位クラスの実力が欲しいところだった。

 そして黒いミノタウロスから感じ取れる力は、亜竜に匹敵するレベルだと夜見は推察する。

 亜竜の代表格として挙げられるのは、地竜や翼竜ワイバーンと言ったドラゴンもどきのモンスターだ。もどきと言っても並のモンスターを遥かに凌駕する力を持ち、ミスリルやオリハルコンと言った稀少素材の武器でなければ、傷を負わせることすら難しい強敵だ。

 亜竜を狩るのであれば、最低でもBランクの上位に入る探索者が五人は欲しいところだった。

 安全を確保するのであれば、Aランクが率いるパーティーに任せるのが望ましい敵だ。そのことからもCランクは勿論のこと、Bランクの探索者にも荷が重い相手だと判断したのだろう。


精霊召喚エレメントコール――火精召喚」


 探索者たちが離れて行くのを確認して、火の精霊を呼び出す夜見。

 体長三十センチほどの小さな火の精霊が、一斉にミノタウロスに襲い掛かる。

 火精召喚は中級に位置する精霊魔法だ。身体は小さくともオーク程度であれば、焼き殺せるほどの力がある。そんな精霊が八体。普通のミノタウロスが相手であれば、過剰とも言える攻撃だ。

 しかし、


「ミノタウロスが回復した!?」


 炎に包まれながらも、火傷を負った箇所が時間を巻き戻すかのように再生していく光景を目にして、夜見は驚きの声を上げる。ミノタウロスが再生能力を持っているなんて話は聞いたことがなかったからだ。

 生命力だけでれば、竜を凌ぐと評価されるトロールを上回るほどの回復力だった。


「まさか、これほどとはね! なら――」


 トロールを上回るほどの再生能力を持つモンスターを倒すのであれば、その再生能力を封じるか、回復が追いつかないほどの一撃を浴びせるしかない。しかし魔法では、モンスターの能力を封じることは出来ない。

 となれば、残された手は一つしかなかった。

 一撃の破壊力だけであれば、ユニースキルに匹敵するとされる魔法――最上級魔法を使用するしかない。


「加勢する!」


 夜見の考えを見抜き、戦いに割って入る探索者たち。

 装備からもベテランの探索者であることが窺える。

 ギルドの召集に応じたBランクの探索者たちだった。


「俺たちが食い止めている間に魔法の準備を――」


 体長三メートル優に超えるミノタウロスを相手に一歩も退かず、注意を引く探索者たちを見て、夜見は魔法の準備に入る。

 この世界の魔法はゲームのように詠唱は必要ないが、発動には相応の時間がかかる。高度な魔法ほど魔法式の構築が複雑になり、発動に必要な魔力量も大きくなっていくからだ。

 夜見の場合は〈魔法全書インデックス〉が魔法式の構築を補助してくれるとはいえ、発動に必要な魔力は自分で用意する必要がある。最上級魔法ともなれば、発動までに一分近くかかるものも少なくはなかった。

 その間、術者は無防備になる。

 現状、夜見が使える最上級魔法は二つ。上級魔法までであれば、それなりに使い手はいるが、最上級魔法となると世界でも数えられるほどしか使用できるものはいない。

 各属性の魔法に特化したエキスパートでなければ、到達できない魔法の頂き――それが、最上級魔法だからだ。

 一目見れば〈魔法全書インデックス〉に魔法を記録できるというチート能力を持つ夜見でさえ、使いこなすのは困難な魔法だ。 だが、それだけに威力は計り知れないものがある。


「――術式解放リリース


 練り上げた魔力を〈魔法全書インデックス〉から呼び出した魔法式に込め、巨大な魔法陣を展開する。展開された魔法陣から雷雲と思しき黒いモヤが現れ、ミノタウロスの頭上を暗く閉ざす。

 夜見が〈魔法全書〉より呼び出したのは、雷撃魔法の頂点に位置する魔法。

 昏き雷雲から放たれる裁きの雷。


「死にたくなければ、全力で逃げな!」


 夜見の声を合図に一斉にミノタウロスから距離を取る探索者たち。

 その直後――


「――裁きの雷霆ジャッジメント・ヴォルテクス


 景色が白く染まり、ダンジョンに轟音が響くのだった。



  ◆



 もくもくと立ち上る白い煙。

 ミノタウロスだけでなく、あれだけいたモンスターが跡形もなく消し飛んでいた。


「やったのか?」

「ああ、さすがは〈女帝エンプレス〉だ」


 その威力に息を呑む探索者たち。

 ダンジョンの床や壁は、並の攻撃では傷一つ付かないほど頑丈なことで知られている。だと言うのに、地面には直径十メートルを超える巨大なクレーターが出来ていた。

 夜見の放った魔法――〈裁きの雷霆ジャッジメント・ヴォルテクス〉の傷痕だ。


「裁きの雷霆って、あの〈雷帝〉の魔法だよな?」

「だから〈女帝エンプレス〉なんだよ。魔法使いと言っても、普通は異なる系統の魔法を使うことなど出来ないからな。だが、〈女帝〉は探索者が使用できる魔法を大凡すべて使えるって話だ」


 夜見の二つ名である〈女帝〉は、ロシアの〈皇帝〉が由来だとも言われている。

 本来は一人につき一つのスキルしか使えないはずが、属性どころか種類も異なる様々な魔法を行使することから、まるで数多の英雄を使役する〈皇帝〉のようだと呼ばれるようなったのが〈女帝〉と言う二つ名の由来だった。

 不遜な態度や厳しい口調も理由にあるのだろうが、そこは夜見も気にしていない。性格など変えようと思って変えられるものでもないし、こんな風に噂されるのは慣れているからだ。

 そんなことよりも――


(雫……仇は討ったよ)


 黒いミノタウロスを討伐したことの方が、夜見には重要だった。

 妹の仇とも言えるモンスターを自分の手で倒すことが出来たからだ。復讐を果たしたところで死んだ人間が生き返る訳ではないが、気持ちに区切りをつけ、前へ進むためには必要な儀式だった。

 しかし、まだやるべきことは残っている。


「油断するのは早いよ! いまので数は減らしたはずだが、まだまだモンスターは残っている!」


 ミノタウロスは倒したが、すべてのモンスターを排除できた訳ではないからだ。

 しかし、この先を凌げばスタンピードを食い止められるはずだと――

 勝利を目前に、最後の気力を振り絞る夜見と探索者たちの前に、


「な……」


 ドン、と言う大きな音と共に空から人間が降ってきた。

 それは、最前線でモンスターの足止めを行っていたはずのBランクの探索者たちだった。

 その上――


「に、逃げ……ろ……」


 奥から別のミノタウロス・・・・・・が姿を見せる。

 片足を引き摺りながら仲間に危機を知らせようとするも、ぐしゃりと背後からミノタウロスに頭を潰され、息絶える探索者。見覚えるのあるミスリルの装備に、夜見は目を瞠る。

 自分と同じAランクの資格を持つ探索者だったからだ。


「黒いミノタウロスが、もう一体……」


 国内有数の探索者が殺されたことで、探索者たちに動揺が走る。ミノタウロスに殺された探索者は、夜見のようなユニークスキル持ちではなかったが、稀少スキルに覚醒した戦士タイプの探索者であった。

 幾らイレギュラーとはいえ、ミノタウロス一体に後れを取るとは思えない。

 そのことから、最悪の考えが夜見の頭を過る。

 ダンジョンに足音を響かせ、薄暗い穴の奥から姿を見せたのは――


「オークジェネラルにゴブリンロード! まさか、すべてイレギュラーだって言うのかい!?」


 複数体のイレギュラー。

 オークジェネラルとゴブリンロードを含む黒いモンスターの軍勢であった。

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