第376話 呪われた魔素

 現在、中層でスタンピードの調査を行っているのだが、


「想定以上に数が多いな」


 魔力探知には、軽く万を超える数のモンスターが引っ掛かっていた。

 思っていた以上に多い。しかも、まだ増え続けているようなのだ。

 イズンが言っていたように、尋常じゃない量の魔素がダンジョン内に充満しているからのようだ。

 不幸中の幸いは、ここが中層と言うことだろう。

 数は多いが、ほとんどは低級のモンスターなので、たいした脅威にならない。

 モンスターの方が数は多いが、探索者たちだけで十分に対処が可能だろう。


「モンスターとの交戦がはじまったみたいだな」


 そうこうしている間に、上層と中層を隔てるゲートの近くで戦いがはじまったようだ。

 鷹の目と魔力探知を使って観察しているのだが、ギルドマスターが指揮を執っているようで探索者たちにまじって戦闘に参加している様子が確認できる。

 俺が予想した通り、ギルドマスターは魔法の扱いに特化したスキルを所持しているらしく、多種多様な魔法を駆使してモンスターを寄せ付けない活躍を見せていた。

 魔法の多彩さではスカジに並ぶほどかもしれないと、戦いを眺めていると――


『主様。黒いミノタウロスを発見しました』


 スカジから念話で報告が入る。どうやら問題の特殊個体を発見したようだ。

 さっきも言ったが魔素の問題を解決しない限り、根本的な解決にならない。一時的にモンスターの数を減らすことが出来ても、すぐに元通りと言った状況になりかねないからだ。

 だからメイドたちには、原因を特定するための調査を行ってもらっていた。


『ギルドの報告にあった特殊個体か?』

『そう思われますが、一体ではなく複数体います。他にもオークジェネラルやゴブリンロードの亜種も確認しました』


 特殊個体のバーゲンセールだった。

 普段ならレア素材がたくさんだと喜ぶところだが、状況的に素直に喜べない。

 幾ら俺でも、明らかに異常な状況だと察せられるからだ。


『まさか、この魔素は……くッ!』


 スカジの様子がおかしい。

 念話の反応から予期せぬ事態が起きたのだと判断する。


『スカジ、大丈夫か? なにがあった』 

『申し訳ありません。予期せぬ事態に遭遇し、一時撤退しました』


 スカジが撤退?

 狩人のメイドたちも一緒のはずだ。

 特殊個体が複数いるからと言って、後れを取るとは思えない。

 一体なにが――


『この魔素は、ただの魔素ではありません。呪いカースです』



  ◆



 夜見のユニークスキル〈魔術の女王ヘカテー〉の能力〈魔法全書インデックス〉は目にした魔法を記憶し、どんな魔法でも再現することが可能というスキルだ。これが、夜見がクランを設立した理由でもあった。

 夜見が代表を務めるクランは〈迦具土〉とは対照的に、戦闘系のスキル持ちばかりが集められた傭兵クランだ。特に魔法を得意とする探索者が多く、クランに所属するメンバー全員の魔法を夜見は〈魔法全書インデックス〉に記録していた。

 彼女が現在、再現できる魔法の数は千以上。火や水と言った元素を操る自然系の魔法以外にも、付与魔法から召喚魔法に至るまで、ありとあらゆる魔法を夜見は使用できる。

 ただし、このスキルにも欠点がない訳ではない。使用回数に制限があり、一つの魔法に付き使用できるのは一回だけ。一度使用すると、次の新月の日まで使えなくなるというデメリットを抱えていた。

 それに、このスキルで再現できるのはあくまで魔法だけだ。

 例えば〈重力制御〉のスキルを使える人間がいるとして、夜見が再現できるのはその〈重力制御〉を用いた重力魔法のみで、スキルそのものを再現できる訳ではない。 〈魔法全書〉に記録した魔法しか、使用することが出来ないと言うことだ。

 それでも――


地獄の業火フレイム・インフェルノ


 手札の数は、戦術の幅に繋がる。

 モンスターの種類や弱点を見極め、対応した魔法を放つことで戦いを有利に進める。それが、夜見の戦い方だった。 

 モンスターが炎に包まれる中、続けて召喚魔法を発動する。


精霊召喚エレメントコール――雷精召喚」


 体長三十センチほどの小さな雷の精霊を無数に召喚し、解き放つ。

 攻撃力こそ低いが、敵を撹乱することに長けた魔法だ。

 戦況を見極め、探索者たちを支援するために召喚したのだろう。


(改めて〈楽園の主〉がどれほど規格外な存在かを実感させられるね……)


 多彩な魔法を使いこなす夜見だが、それでも〈楽園の主〉には遠く及ばないと痛感する。以前〈怪力無双〉から〈楽園の主〉の話を聞いた時、複数のスキルを同時に行使していたという話を聞いて彼女が驚いたのは、その難しさを誰よりもよく理解しているからだ。

 初級魔法とはいえ、異なる属性の魔法を複数同時に発動するには、緻密な魔力操作の技術が必要だ。ましてや〈怪力無双〉の話では、攻撃を弾き返す障壁を展開しながら多種多様な属性の魔法を同時に操っていたという話だった。 

 夜見ですら同時に使える魔法は三つが限界だと言うのにだ。だから内心では半信半疑だったのだが、探索者学校の実習で見せた〈楽園の主〉の魔法は信じがたいものだった。


『――百の雨ハンドレッドレイン


 楽園の主の周囲に展開された魔法陣から色とりどりの魔法が放たれた光景は、いまでも目に焼き付いている。

 異なる属性の魔法を同時に百発も放つと言う時点で信じられないのに、すべての魔法を的に命中させるなど、どれほど緻密な魔力操作を行えば実現が可能なのか分からない。

 しかも、それでもまったく本気をだしているようには見えなかったのだ。

 正直に言って、想像を遥かに超えていた。


(化け物みたいな力はないけど、アタシにはアタシのやり方がある)


 とはいえ、上を見れば際限きりがないと言うことは夜見も理解していた。

 幼い頃から天才などともてはやされているが、上には上がいる。同じAランクでも探索者としての実力は〈戦乙女〉や〈勇者〉の方が、夜見よりも数段上だろう。一部の規格外Sランクを除いて、ランクとはギルドへの貢献度を評価した指標に過ぎないからだ。

 だが、どれだけ強くても一人ではダンジョンを攻略できない。だから夜見は自分にしか出来ないやり方で、ダンジョンの攻略を進めることにした。ギルドマスターを引き受けたのは、それが理由の一つだ。

 日本のダンジョン攻略が遅れている理由の一つに、全体のレベルの低さが原因にある。日本には、Sランクの探索者がいない。その上、高ランクの探索者の数が他のギルド加盟国よりも劣っているのが実情だ。

 それは――

  

(中層まで潜れるようになれば、そこそこの稼ぎになる。危険を冒さなくても稼ぎになるから無理をしない。それはそれで正しいんだろうけど、それじゃあいつまで経っても強くはなれない)


 危機感・・・の薄さに原因があると夜見は考えていた。

 アルバイト感覚でダンジョンに潜ったり、スキルを得ることが一種のステータスのように振る舞う一般人もいる。そう言った者の大半は危険を冒す気などなく、上の階層で小遣い稼ぎをして満足するような連中ばかりだ。

 登録者の数ばかりが増えても、そんな人間ばかりではダンジョンの攻略が進むはずもない。だから良い機会だと考えたのだ。

 今回のようなことが起きる可能性があると分かれば、ダンジョンは危険な場所だと言う認識が今よりも広がることは間違いない。そうなれば、危険を避けて上の階層で活動していた探索者たちも選択を迫られることになる。

 なかには引退を選ぶ者も現れるだろうが、まずは危機感を持たせることが必要だと夜見は考えていた。

 だから楽園には原因の特定と排除だけを依頼し、モンスターの駆除はギルドで引き受けたのだ。人知れず楽園が問題を解決してしまっては、危機感を抱くことも気付くこともないからだ。

 犠牲者がでることは覚悟の上だ。

 そうしなければ、この国は変わらないと夜見は考えていた。

 いまのところ、目論見は上手く行っていると言って良いだろう。

 それに――


「嘘だろ――なんなんだ、こいつは――」

「誰か、助けてくれ! うあああああ!」


 モンスターの駆除をギルドで引き受けたのには、もう一つ理由があった。

 この騒動を引き起こした元凶だけは、自分の手で始末したいと考えていたからだ。


「ようやく、お出ましみたいだね」


 ――特殊個体イレギュラー

 黒いミノタウロスが探索者たちの前に姿を現すのだった。

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