第373話 救助依頼

 凡そ一ヶ月振りに、ギルドの日本支部を訪れていた。

 アリーナの改修の件で、ギルドマスターから相談を受けたためだ。

 政府との交渉や異文化交流の件はメイドたちに丸投げ状態だが、技術的な話なら俺でも力になれるからな。しかし相談の内容と言うのは、技術的な話と言うよりは予算の話だった。

 なんでもアダマンタイトが市場にほとんど出回っていないそうで、改修費の概算がだせないそうだ。出来れば他の素材で代用できないかというのが、ギルドマスターからの相談だった。

 まだまだ大量に余っているので別に無償ただで提供してもいいのだが、そう言う訳にもいかないのだろう。お役所って、そう言うのはきっちりとしているからな。

 しかし、他の素材と言われてもミスリルやオリハルコンはよく使うので、在庫が潤沢ではない。月面都市の開発にも使用されているし、メタルタートルの甲羅も在庫が逼迫しているしな。

 出来れば、大量に余っているアダマンタイトで済ませたかったのだが……。


「他の素材で代用は難しいな。金銭の支払いではなく相応のものと交換でどうだ?」

「相応のものですか……」


 なので物々交換を提案してみる。これなら互いが納得すれば、解決する話だ。

 俺としては漫画やアニメだと嬉しいのだが、いまは個人的な趣味よりも国益を優先するべきだろう。

 この手のことは、いつもレギルに頼ってばかりだしな。

 少しは彼女たちの役に立つ提案をしてみることにする。


「物に拘る必要はない。なにかしらの権利・・特例・・を認めてくれるだけでも構わない」

「それは……」


 日本での活動がしやすくなったら、レギルたちも助かるだろう。

 それに、もっと気軽に日本を訪れられるようになれば、俺としても助かる。

 日本と楽園との間には、まだ正式な国交がない。そのため、入国の手続きが煩雑で事前の審査に時間を取られるようなのだ。

 しかし、これでは文化交流の妨げとなりかねない。そこで入国許可が不要の特例を設けて貰えないかと考えていた。これなら他にも前例があるので、政府の裁量で可能なのではないかと考えたからだ。


「畏まりました。陛下のご期待に沿えるよう政府に掛け合ってみます」


 あとのことはギルドマスターに任せておけば大丈夫だろう。

 ギルドマスターには感謝している。政府との仲介を担ってもらったり、他にも話を聞くと探索者学校の敷地内にある〈工房〉の建物も、ギルドが提供してくれたものだと言う話だしな。

 なので、なにか御礼が出来ればと考えていた。

 しかし、どんなものが喜ばれるのかが分からないので迷っているのだが……。

 本人の希望を聞くのが一番早いかもしれないと考えていた、その時だった。


「ギルドマスター大変です!」


 以前、俺をギルドまで案内してくれた中年男性が応接室に駆け込んできたのは――

 日本支部のサブマスターだ。随分と慌てている様子が見て取れる。


「何事だい!? 大事な来客があるから、誰も近付けるなと言ってあったはずだよ!」


 声を荒げ、サブマスターを叱り付けるギルドマスター。 

 まあ、確かにノックくらいはするべきかもなと思う。

 俺は特に気にしないが、怒る人だっているだろうし。

 しかし、余程のことがあったようで、


「緊急事態です! イレギュラーが出現しました!」


 と、部屋に響く大きな声で緊急事態であることを告げるのだった。



  ◆



 イレギュラーと言うのは、ようするにレアモンスターのことのようだ。 

 サブマスターの話から察するに、ダンジョンに強力な個体が出現したのだろう。

 しかし、


「イレギュラーは厄介だけど、慌てるほどのことじゃないだろうに……。Bランク以上の探索者を非常召集して、いつものように討伐依頼をだしときな」


 ギルドマスターの言うように慌てるようなことではない。

 特殊個体と言っても、ちょっと強い程度のモンスターに過ぎないしな。

 まあ、通常の個体とは違ったものをドロップするので素材は美味しいけど。


「それが、探索者学校の生徒がダンジョンに取り残されている言う報告がありまして……」

「はあ!?」


 なるほど。サブマスターが慌てていたのは、それが理由か。

 確かに学生には、特殊個体の相手は厳しいかもしれない。

 でも、特殊個体って上の階層でも出現したんだな。

 てっきり下層以降でないと出現しないものとばかりに思っていた。 


『マスターの仰るように、強力な個体は大気中の魔力濃度が薄い上層では発生し難いですね。ですが、稀に中層でも確認されることがあるようです。魔素溜まりが原因ではないかと推察されます』


 さすがアカシャさん。なんでも知ってるな。

 と言うことは、今回のはレアケースと言うことか。

 なんの特殊個体か少し気になるな。

 やっぱり、ゴブリンやスライムなのだろうかと考えていると――


「ミノタウロスだって!?」


 どうやらミノタウロスのようだ。

 ミノタウロスと言うのは、三メートル近い巨体をした牛頭のモンスターだ。怪力を用いた手斧による攻撃が主で厄介な能力も持っていないため、戦いやすいモンスターだった。

 しかし特殊個体と言うからには、なにか特別な能力を持っている可能性は高い。

 ミノタウロスの特殊個体はまだ見たことがないので、ドロップ品も気になる。


「陛下! お願いがあります!」


 どうにかして素材だけでも手に入らないかなと考えていると、ギルドマスターに土下座をされるのだった。



  ◆



「よろしかったのですか? マスターが自ら動かれずとも……」


 納得が行っていない様子で不満を漏らすスカジ。

 相手がミノタウロスでは物足りない気持ちは理解できる。しかし、ミノタウロスとはいえ、特殊個体だ。倒したモンスターのドロップ品はこちらで回収して良いと言う話だし、悪い話ではないと思ったのだ。 

 それに――


「陛下、お待たせしました。この度は、ご協力に感謝します」


 ギルドマスターに恩返しをする絶好の機会だしな。

 なんでもギルドマスターの家族が、ダンジョンに取り残されているそうなのだ。

 いまから緊急依頼をだしても間に合わないからと、ギルドマスター自ら救援に向かうこと決意し、空間転移でダンジョンまで送って欲しいと頼まれたのが事の経緯だった。

 ついでにモンスターの討伐も手伝うことにしたと言う訳だ。

 人命優先だしな。決して、レア素材に目が眩んだ訳じゃないぞ?

 それにしてもギルドマスターの完全装備は初めて見たが、どことなく俺と格好が似ている。胸元の開いたドレスの上から黒い外套を羽織り、ミスリル製と思しき長杖を装備していた。

 恐らくは魔法を得意とする後衛タイプの探索者なのだろう。

 

「それじゃあ、早速向かうか。スカジ、先導を任せてもいいか?」

「お任せください」


 最近は諜報活動のようなことをしているが、スカジたち〈狩人〉の本来の仕事はダンジョン内の掃除・・だ。モンスターを間引くのが、彼女たちの本来の仕事となっていた。

 なのでダンジョンの構造に詳しい。

 スカジに任せておけば、最短のルートで案内してくれるはずだ。

 ギルドによって封鎖されたダンジョンに足を踏み入れ、スカジが先行したのを確認して俺も〈重力制御〉を発動する。俺一人なら走って追いかけてもいいのだが、今回はギルドマスターも一緒だしな。

 できるだけ早く救援に向かった方がいいだろうし、これが最適だと判断した。


「身体が浮いて、まさか重力魔法?」

「喋ると舌を噛むかもしれないから注意してくれ」

「え……」


 自分とギルドマスターの身体を浮かせて、一気に加速・・する。

 スカジも張り切っているみたいで、結構なスピードでダンジョンを疾走していた。

 置いて行かれないように、入り組んだ道を〈重力制御〉を駆使して駆け抜ける。


「へい……もう……スピ……」 


 ギルドマスターがなにか言っているような気がするが、よく聞こえない。

 スピードって聞こえた気がするけど、もっとスピードを上げてくれってことだろうか?

 家族が中層に取り残されていると言う話だしな。少しでも早く救援に駆けつけたいと逸る気持ちは理解できる。

 制御を誤ると壁に衝突するリスクはあるが、思い切って速度を上げてみるか。

 ぶつかっても魔法障壁を張ってあるし、たぶん大丈夫だろう。


加速アクセル

 

 更に加速すると、やっとスカジに追いついた。

 このスピードなら思ったよりも早く着きそうだ。

 生徒たちの無事を祈りながら飛んでいると、スカジの声が頭に響き――


『主様。中層のゲートが見えてきました。ですが、これは……』


 氾濫の兆候が見えます、と告げてくるのだった。

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