第372話 一難去ってまた一難
「かなり楽になりました。ありがとうございます」
頭を下げ、感謝を口にする女生徒。中層に取り残された探索者学校の生徒だ。
体力だけでなく魔力も相当に消耗していたことから、夕陽が落ち着かせるために
とはいえ、
「段々と隠さなくなってきたわね……」
「もう今更な気がして。それに先生も、アイテムを使わずに持っていても仕方がない。道具は使ってこそ道具だって、よく口にしてるしね」
雫の時は通常の
地上なら病院に搬送すると言う手もあるが、ここがダンジョンであることを考えれば霊薬を使用したのは、やはり適切な判断だったと言えるだろう。実際、夕陽も反省はしているが後悔している訳ではなかった。
必要な時に使えなければ、椎名に弟子入りした意味がないと考えているからだ。
それに本気で隠すつもりなら、朱理とパーティーを組んではいない。椎名との模擬戦でもスキルを使わず、手を抜いていただろう。そうしなかったのは、秘密がバレるのが早いか遅いかの差でしかないと思っているからだ。
どちらかと言えば、心配しているのは自分のことではなく――
「バレたら家族で月に移住するのもありかなって。それに、そうなったらメイドさんたちが動くと思うから、むしろそっちの方が……」
「それ以上、言わなくていいわ」
夕陽がなにを心配しているのかを察する朱理。そう言った事態にならないように気を付けるくらいしかないが、夕陽の言うように隠し通すのは限界があると朱理も感じていた。
やはり、できるだけ早くAランクの資格を得る必要があると考える。
Aランクの資格さえ得てしまえば、すべてのしがらみから解放されるとまでは言わないが、ある程度は外部の干渉を楽園に頼らず
Aランクには、それだけの価値がある。特権と言い換えても良いだろう。
Sランクのような規格外を除けば、実質的に探索者の頂点と言えるランクだからだ。Aランクの数が国防にも直結するため、海外への流出を防ぐために個人情報の保護と様々な特権が与えられているのも頷ける話だった。
「あの……いま持ち合わせはありませんが、ポーションのお金は絶対に払いますから……」
「材料費もほとんど掛かっていないから気にしなくて大丈夫ですよ」
「本当に隠す気がないわね……」
女生徒と夕陽のやり取りを聞き、頭痛を覚える朱理。
霊薬ほどではないとはいえ、
夕陽の言い方では、自分が作ったと明言しているようなものだ。しかも材料費が掛かっていないと言うことは、
「あ、あの……私、このことは誰にも言いませんから!」
女生徒もそのことに気付いたのだろう。
慌てて、自分の方から秘密を守ることを約束する。
上級生に気を遣わせて、なんとも言えない表情を覗かせる朱理。
そんなやり取りをしている傍で――
「嘘……本当に遺体が消えた」
雫の声がして朱理が振り返ると、横たわっていた男子生徒の遺体が消えていた。
呆然とする雫を見て、すぐに明日葉がやったのだと朱理は察する。
「明日葉まで、なにしてるのよ……」
「帰りもモンスターに警戒しないといけないし、背負って帰るのも大変でしょ? だから〈
入っちゃったと暢気に話す明日葉に、朱理は目眩を覚える。
夕陽がポンポンと回復薬をだしている時点で今更と言ってしまえば今更だが、まだ〈
しかし、
「安心して。天谷の名に誓って、恩人を売るような真似は絶対にしないわ」
胸に手を当て、秘密は絶対に守ることを誓う雫。
三人が駆けつけてくれなければ、命を落としていた。
恩を仇で返すような真似はしたくないし、なにか事情があるのだと察したのだろう。
それに――
「あなたたちには感謝してもしきれない。私の力が必要なことがあったら、いつでも頼って頂戴。必ず、あなたたちの力になると誓うわ」
このくらいで受けた恩を返せるとは思っていなかった。
だから、この先なにがあろうと彼女たちの力になることを誓う。
それが、命の恩に報いる唯一の方法だと考えるからだ。
「……俺はなにも聞こえてない。見てもいないぞ」
そんななか斉藤はと言うと、背中を向けて耳を塞いでいた。
◆
「それじゃあ、そろそろ地上に戻りましょうか。先生たちが心配しているだろうし、余り遅くなるとギルドの救援が突入しかねないしね」
朱理の言葉に頷く明日葉と雫、それに女生徒と斉藤の四人。
ミノタウロスを倒したとはいえ、まだここはダンジョンの中層だ。それも下層に近い位置にある中層の奥深く。正確な時間は分からないが、既に五時間が経過している。引き返す時間を考えると、ギルドの救援が突入するまで余り時間は残されていなかった。
「夕陽、どうかした――」
ひとりだけ険しい顔で立ち尽くす夕陽を見て、首を傾げる明日葉。
なにか気になることがあるのかと思い、声をかけようとした、その時だった。
大地が揺れたのは――
「まさか、地震!?」
「ありえない。ここはダンジョンよ――」
驚く明日葉に、それはありえないと朱理は答える。
ダンジョンは巨大な穴のような姿をしているが、厳密には洞窟ではない。
地球上のどこにも存在しない。異世界のような場所だ。
これまでダンジョンで地震が起きたことなど、一度も――
「まさか」
いや、過去に一度だけ、これと同じような現象が起きたことがあった。
いまから二年半前のことだ。
実際にその場に居合わせた訳ではないが、当時の記録は雫も目を通していた。
それだけに、真っ先に頭に浮かんだのだろう。
「
大氾濫とも呼ばれている現象。
モンスターが地上に目掛けて一斉に移動する特級災害に指定されている現象だ。
「うん。凄い数のモンスターがこっちに向かってきてる」
雫の言葉を肯定するように、夕陽が口を開く。
一早く異変に気付き、魔力探知でモンスターの反応を探っていたのだろう。
「どうして、急に――」
スタンピードが起きたのかと口にしかけたところで、朱理の脳裏にミノタウロスの断末魔が過る。
確証はない。ただの直感に過ぎないが――
「朱理の考えている通りだと思うよ。二年半前のように規模の大きなものではなく、限定的みたいだしね」
二年半前、世界で一斉に起きたモンスターの氾濫。
あの時に感じた空間が裂けるような衝撃を感じなかった。
そのため、ミノタウロスの断末魔が引き起こした限定的な現象だと夕陽は考えたのだろう。
とはいえ、
「限定的と言ってもピンチに変わりないよね?」
明日葉の言うとおりだった。
仮に中層に限定されたものだとしても、この人数でモンスターの群れを相手にするのは無謀としか言えないからだ。
しかし、
「大丈夫だよ。言ったでしょ? 逃げるだけなら
夕陽は慌てることなく、この危機を脱する手があることを告げるのだった。
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