第371話 勝利の余韻

「やった! さすが、あかりん!」


 雷光に呑まれたミノタウロスを見て、明日葉は歓喜の声を上げる。

 楽園の主には通用しなかったものの最上級魔法を超える破壊力を持った一撃だ。

 どれだけ高い再生能力を持っていようと、ミノタウロスは中層のモンスターだ。

 不死身でない以上、いまの一撃に耐えきれるとは思えない。

 勝利を確信した、その時だった。


「まだよ! 油断しないで――」


 朱理の声が響くと同時に投擲されたミノタウロスの斧が爆煙の中から現れ、明日葉の身体に直撃したのは――


「明日葉――」


 悲痛な声で、明日葉の名前を叫ぶ朱理。

 だが、おかしいなことに気付く。斧の直撃を受けた明日葉が、霧のように消えたからだ。

 ミノタウロスの幻影だけでなく、二段構えで自身の幻影も用意していたのだろう。

 そして、


「インビジブルレイド」


 そんな隙を見逃す明日葉ではなかった。

 爆風に紛れ、見えない無数の斬撃をミノタウロスに浴びせる明日葉。

 全身を切り刻まれ、絶叫を上げながらミノタウロスは地面に倒れる。


「忍法、身代わりの術……なんちゃって」

「なんちゃってじゃないわよ! 本気で心配したのよ!?」

「でも、ほら敵を騙すには味方からとも言うし……あ、うん。なんか、ごめん」


 涙目の朱理を見て、思わず謝罪の言葉がでる明日葉。

 まさか、そこまで本気で心配してくれるとは思っていなかったのだろう。

 しかし、悪気があった訳ではなかった。

 明日葉の能力は、敵を欺くことに特化したものだからだ。


「もう、いいわよ。悪気があってのことじゃないと分かってるし、それに夕陽は驚いていないみたいだしね……」

「魔力を探れば、本物か偽物かの区別くらいはつくしね。朱理も少しは見極められるようになった方がいいよ? だから模擬戦で、明日葉に上手くあしらわれる訳だし」

「ぐ……そう言う細かいのは苦手なのよね」


 明日葉に悪気がないことは朱理も分かっていた。

 悪いのは夕陽の言うように、気付けなかった自分の未熟さにあると頭では理解しているのだ。

 しかし、明日葉の幻影は本物そっくりに魔力の波長も偽装しているため、それに気付くことができる夕陽の方がおかしいとも言える。じっくりと観察すれば気付くことが出来るかもしれないが、あの一瞬で判別できる夕陽の魔力探知が凄すぎるだけとも言えた。 


「でも、お陰で〈神鳴り〉の効果が確認できたわ」


 明日葉のつけた傷が回復していないのを見て、神鳴りの効果を確認する朱理。

 理論上、どんなスキルでも斬り裂くことが出来るのは分かっていたが、大半のモンスターは一撃で消滅してしまうため、実際にこうしてスキルの効果を確かめたことはなかったのだろう。

 消耗の激しい技であることから気軽に試せる技でもないからだ。

 完璧な一撃を放つことが出来たのは訓練の成果と言うのもあるが、夕陽の魔力譲渡のお陰だった。神剣の能力を引き出すのに必要な魔力を、夕陽のスキルで補うことで技の完成度を高めたのだ。

 いずれ自分一人の力でも使いこなせるようになるのが目標だが、


「放って置いても死にそうではあるけど、いま楽にしてあげるわ」


 いまは目の前のことに意識を集中する。

 再生能力がなくなれば、ただのミノタウロスだが、それでも最後まで油断するつもりはなかった。

 ミノタウロスは中層で最強格に位置するモンスターだからだ。

 油断をすれば、Bランクの朱理と言えど大怪我を負いかねない相手だ。

 今度こそトドメを刺そうと、朱理が神剣に魔力を込めた、その時だった。


「――――――ッ!」


 断末魔のような叫びをミノタウロスが放ったのは――

 まるでダンジョンが震えるかのような咆吼に、思わず耳を押さえる朱理たち。


「一体なにが……」

「耳がキンキンする……あれ? あかりん、モンスターが消えていってるよ」

「え……」


 淡い光を放ちながら消えて行くミノタウロスを見て、目を丸くする朱理。

 まさか、本当に最後の断末魔だったとは思ってもいなかったからだ。

 こんなにも呆気なく息絶えると思っていなかっただけに、腑に落ちないものを感じながらも、


「ミノタウロスの角と……これは魔石かしら? 本当に倒したみたいね」


 ドロップ品を確認して、勝利を確信するのであった。



  ◆



(やっぱり、無茶苦茶だ……。こいつらBランクどころじゃない)


 三人の戦いを見て、Aランクに匹敵する実力があるのではないかと考える斉藤。

 少なくともBランクに収まる実力ではない。

 それに――


(互いの能力を補い合うことで、実力以上の力を発揮している……) 


 パーティーとしての完成度の高さに、斉藤は一番驚いていた。

 攻守の組み立てや連携の上手さ。モンスターの油断を誘う作戦など、学生にしては余りに格上・・との戦いに慣れすぎていると感じたからだ。

 探索者と言うと個人の実力にばかり注目が集まりがちだが、実際にはソロでダンジョンに潜ることなど滅多にない。腕を磨くことは大切だが、それ以上に信頼できる仲間を見つけられるかの方が重要だった。

 だから探索者のための相互扶助組織――クランが存在する。ギルドで仲間を募ることも出来るが、実力のある探索者と言うのは大半が既にクランに所属しているため、なかなか頼りになる仲間を見つけることが難しいからだ。

 しかし、有名なクランに入ることが出来るのは一握りの選ばれた探索者だけだ。

 だからと言って、よく知らないクランで妥協すると後悔することの方が多い。折角クランに入ったのに会費と称して上納金を要求されたり、荷物持ちなどの雑用ばかり押しつけられると言った酷いクランもあるくらいだからだ。

 だからフリーで活動を続ける探索者が少なくないと言うのが実情だ。

 それが結局、ギルドでパーティーを募集すると質の悪い探索者に遭遇する原因に繋がっている。実力のある探索者はスカウトを受けて、有名なクランに所属しているのだから当然と言えば当然だ。

 斉藤はパーティーメンバーには困らなかったが、結局それもギルドという強力な後ろ盾があってこそだった。


(俺にも、こいつらみたいな仲間がいれば違っていたのかもな……)


 斉藤も昔から腐っていた訳ではない。探索者に夢を見ていた頃はあったのだ。

 だから夕陽たちを見ていると羨ましく思う。自分が失ったものを彼女たちは持っているからだ。

 だが、今更後悔したところで遅いと言うことも斉藤は理解していた。

 結局は自己責任だからだ。それでも――


(少しは真面目に教師をやってみるか)


 このまま腐るよりはマシだと斉藤は考える。

 以前の斉藤なら、こんな風に前向きな考えを抱くことは出来なかっただろう。

 しかし、これまで培ってきた常識や価値観を覆されたことで、過去の栄光に縋って未練がましく生きてきた自分が虚しくなったのだ。吹っ切れたと言うよりは、ようやく諦めがついたと言う方が正しい。

 夕陽たちのような若者が、英雄譚サーガに登場するような英雄になるのだろうと斉藤は思う。自分は主人公にも英雄にもなれなかったが、教師を続けていれば物語の一ページを飾るくらいのことは出来るかもしれない。

 今更遅いかもしれないが、真面目に教師を続けてみようと斉藤は思うのだった。



  ◆



「やったね! 夕陽、あかりん!」

「うん、大勝利だね」


 勝利の余韻に浸り、ハイタッチをする明日葉と夕陽。

 しかし、


「夕陽、明日葉。二人のお陰で助かったわ。ありがとう」


 朱理はそんな二人に感謝の言葉を口にして、頭を下げる。

 なんのことか分かっていない様子の二人に、理由を説明する朱理。


「私ひとりの力じゃミノタウロスを倒せなかったし、二人は黙ってついてきてくれたけど……勝手に話を進めちゃったでしょ?」


 相談もなく二人を巻き込んでしまったことを朱理は反省していた。

 ギルドの救援を待っていたら雫たちは命を落としていたかもしれないが、だからと言って仲間を危険に晒して良い理由にはならないからだ。

 黙ってついてきてくれた二人には感謝しかない。なのに――


「あかりんがデレた」

「誰が、あかりんよ。まったく感謝くらい素直に受け取りなさいよ……」


 真面目な話をしているのに茶化されて、不機嫌さを顕わにする朱理。

 とはいえ、本気で怒っている訳ではなかった。

 日本で八人目のユニークスキル所持者。その肩書きは朱理にとって誇りであり、悩みの種にもなっていた。天才だと持て囃される一方で、周りとの距離を感じていたからだ。

 だから明日葉のように遠慮なく接してくれるのが、本音では嬉しいのだろう。

 同じことは夕陽にも言える。こんな風に同年代の仲間と肩を並べて、ダンジョンに挑める日が来るとは思ってもいなかったからだ。


「そのことなら気にしなくていいよ。無理だと思ったら反対してたし、私も朱理と同じ気持ちだしね。助けられるなら助けたい。私はそのために探索者になったんだから――」

「夕陽の言うとおり、あかりんは難しく考えすぎ。仲間なんだから助け合うのは当然でしょ」


 二人に出会えてよかった。それが朱理の正直な気持ちだった。

 この三人なら本当に〈GMT〉の優勝も狙えるかもしれない。

 そんなことを考えていると――


「勝利の余韻に浸っているところを悪いのだけど、もう少し手を貸してもらえないかしら? まだ逃げ遅れた生徒がいるのよ」


 救助を待つ生徒が他にもいることを、雫から告げられるのだった。

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