第370話 三人娘の実力
いまの姿からは想像も付かないが、小学校の頃の明日葉はクラスでも目立たない地味な少女だった。
いじめられていたと言う訳ではないのだが、教室の隅に一人でいることの方が多い陰の薄い子供だったのだ。
だから、なのかもしれない。中学二年生の夏、偶然目にしたテレビにでていた夕陽の姉――八重坂朝陽に憧れて、そんな自分を変えたくてギャルの格好をするようになったのは――
丁度、二学期から都内の学校に転校することが決まっていたので、それを機に髪を明るく染めて、いまの格好をするようになったのだ。
夕陽と出会ったのは、その後のことだった。
最初は朝陽の妹だと気付かなかったが、同じ転校生と言うことで気になったのだろう。
「ほんと自分でも嫌になるくらいアタシにピッタリなスキルだよね」
このスキルは、そんな昔の自分を思い出させるスキルだった。
――
気配を絶ち、魔力を隠蔽し、
隠密系のスキルのなかでは、最高クラスの位置付けがされているものだ。
しかし、このスキルの真価は別のところにあった。
「
自分を偽り、他人を欺き、世界を騙す。
これが、稀少スキル〈
「ミノタウロスが二体……?」
目の前の光景が信じられず、戸惑いの声を漏らす雫。
もう一体、別のミノタウロスが現れたからだ。
黒いミノタウロスとは対照的な色をした
「あれが、明日葉のスキル〈
その気になればモンスターだけでなく、仲間の幻影を生み出すことも出来る。
これだけを聞けばグリムゲルデの仮面の力に似ているが、明日葉の見せる幻影は実体を伴わない
だから――
「――!」
攻撃を受ければ、すぐに幻だと気付かれる。そこには実体がないからだ。
しかし、幻影だからこそ変装では出来ないようなことも出来る。
黒いミノタウロスの攻撃を受け、消滅したはずの白いミノタウロスが今度は三体現れる。
いや、それだけではなかった。
一斉に黒いミノタウロスに襲い掛かる白いミノタウロス。
「――――ッ!」
黒いミノタウロスの口から苦痛の声が上がる。
実体を伴わないはずの幻影の攻撃が、ミノタウロスに傷を負わせたのだ。
これには雫も目を丸くする。
なにが起きたのか、まったく理解できなかったからだ。
「驚きますよね。知ってても騙されちゃいますし……。朱理も明日葉にまだ勝てたことないんですよ」
「ぐ……相性が悪いだけよ」
朱理はBランクの探索者だ。
その朱理が一度も勝てたことがないと聞いて、雫は耳を疑う。
「彼女のランクは?」
「Dですよ」
夕陽から明日葉のランクを聞いて、信じられないと言った表情を見せる雫。
DランクがBランクに勝つことなど、万が一にもありえないからだ。しかし、自分たちが手も足もでなかったミノタウロスが翻弄されている姿を見ると、夕陽が嘘を吐いているとは思えなかった。
『私たちのなかで一番強いのは夕陽ですよ』
以前、朱理が口にした言葉が雫の頭を過る。
夕陽のランクはCだ。
普通に考えれば、Bランクの朱理に敵うはずがない。
しかし、あの言葉が嘘ではないのだとすれば――
「二人ともサボってないで手伝ってよ! 攻撃しても回復するし、アタシじゃ倒し切れないんですけど!?」
彼女たちの実力はランクで推し量れないのかもしれないと、雫は考えるのだった。
◆
「まったく……相変わらず緊張感のない子ね」
「それが明日葉だしね。ちょっと、先生に似てるかも」
「……本当に大物になるかもしれないわね」
以前から思っていたが、やはり明日葉は大物になるかもしれないと話す朱理。
探索者に必要なものはなにかと問われれば、それはスキルだと大半の者が答えるだろう。探索者の適性――戦闘で役立つスキルがなければ、ダンジョンでの活躍は見込めないからだ。
生産系のスキルに覚醒した人々の多くが不遇な扱いを受けてきたのは、これが理由と言える。しかし、朱理の考えは違っていた。
確かに戦闘系のスキルを持っていた方が活躍できることは間違いない。しかし、探索者に最も大切なことは、どんな状況に置いてもパニックにならないことだと朱理は考えていた。
冷静さを欠き、自分を見失えば、本来の力を発揮することはできないからだ。
僅かな油断と動揺が命取りになりかねないのが、ダンジョンと言う場所だ。心を乱せば勝てる相手にも勝てないし、仲間を危険に晒すことにも繋がる。そして、格上を相手にする時こそ、探索者の真価が問われることになる。
いまの明日葉では、ミノタウロスの特殊個体を倒すことは難しい。彼女の能力は敵の不意を突いたり、翻弄することには適しているが、ミノタウロスを倒せるほどの攻撃力はないからだ。
ミノタウロスに傷を負わせることが出来ているのは、スキルの力ではない。魔導具の力だった。
種が分かっていても、この攻撃を防ぐことは難しい。実際、明日葉と何度か模擬戦をしている朱理はその厄介さを理解していた。一撃の威力に重点をおいたパワーファイターほど、相性の悪い相手と言えるからだ。
明日葉はこの能力を活かして、ダンジョンではモンスターの引き付け役。
レンジャー兼タンクの役割をこなしている。
そして――
「
夕陽の役割は、デバッファー兼サポート全般。
スキルやアイテムを駆使して、パーティーをサポートするのが彼女の仕事だ。
ミノタウロスの特殊個体が持つ再生能力は確かに厄介だが、不死身と言う訳ではない。
傷の回復には魔力を使用しているはずだと考えた夕陽はスキルを発動する。
魔法薬の調合に優れたスキルだが、その真価は召喚した大釜にある。この大釜が存在するフィールドでは、魔法を一切使用することが出来ない。フィールド内に存在するありとあらゆるものから魔力を吸収し、
「夕陽、ナイス! これなら――」
魔力干渉を行うことで、モンスターの固有能力を封じることも可能だった。
と言っても、完全に封じられる訳ではない。モンスターの固有能力は人間で言うところのスキルに該当するものだ。魔法の発動を封じることは出来ても、スキルを封じることは夕陽の能力では難しい。
精々、効果を弱める程度のことしか出来なかった。
それでも、ミノタウロスの再生能力を弱める程度のことは出来る。
「インビジブル・レイド!」
明日葉の見えない斬撃で全身を切り刻まれ、絶叫を上げるミノタウロス。
先程までと比べて、傷の再生速度が遅くなっていた。
それに――
「
大釜の効果はこれだけではなかった。
吸収した魔力を味方に分け与えることも出来るのだ。
これによって、無差別に魔力を吸収するという欠点を夕陽は補っていた。
それに譲渡する魔力量は任意で調整が可能だ。例えば、
「魔力が身体に満ちていく――相変わらず便利なスキルね。でも、助かるわ。これなら――」
吸収した魔力を一人に集中することも可能だった。
強大な魔力が、朱理の剣に収束される。朱理のユニークスキル〈
神剣を召喚している間は身体能力が大幅に強化されるだけでなく、雷を纏った強力な攻撃を繰り出せるようになる。そして、この能力が持つ真価は雷そのものではなく、剣から繰り出される斬撃の方にあった。
スキルを斬り裂く剣。
それが〈
即ち――
「絶技――
どれほど強力な再生能力を持っていようと、
無力であった。
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