第364話 ダンジョン実習

 探索者学校ではギルドの協力を得て、探索者学校の生徒が優先的にダンジョンへ入場できる実習日を設けている。トラブルを避けるためと言うのが理由にあるが、上層で活動する探索者が多いために入場制限を設けなければモンスターを狩るのにも苦労することになるからだ。

 そのため、朝早くから学校の用意したバスに乗り込み、市の中心部から車で三十分ほどの場所にある日本唯一のダンジョン――通称〈鳴神ダンジョン〉に探索者学校の生徒たちは訪れていた。

 探索者の資格を持たない一般人の立ち入りが禁止されている区画のため、アスファルトで舗装された道路とギルドの関連施設以外はなにもない土地が広がっている中心に、ダンジョンへと通じる巨大な大穴ゲートがあった。

 ゲートの前には入場用の待機所が設けられ、ギルドの職員が探索者証明書ギルドカードを確認している様子が見て取れる。そこからパーティーに分かれ、三年生から順番にダンジョンへと入場していた。

 二年生には引率の教師が付くことから、入場が後になっているためだ。


「あの壁、工事が始まってから随分と経つけど、まだまだかかりそうだね」

「街をモンスターから守るための防壁だもの。簡単には行かないのでしょう」


 ダンジョンを背にして話す明日葉と朱理の視線の先には、建造中の巨大な壁が確認できる。二年半前に起きたモンスターの氾濫スタンピードを教訓に、モンスターから街を守るために建造が進められている防護壁だ。

 実際には街を守るためと言うよりは、最終防衛ラインとしての意味合いが強い。都心にモンスターを向かわせないためにも、いざとなれば籠城してでもスタンピードを食い止める必要があるため、要塞都市の建設が進められていると言う訳だ。

 しかし完成には二十年かかるとされていて、まだ全体の一割も工事が進んでいなかった。


「そんなことよりも……目立ってるわね」


 周囲の視線を感じ取りながら、どんよりとした表情で肩を落とす朱理。

 ダンジョンの入場を待つ学生やギルド職員の視線が、朱理、明日葉、夕陽の三人に注がれていた。

 注目を集めるのも無理はない。今日はダンジョン実習の日と言うことで、選抜トーナメントに向けて調整するつもりで完全装備でやってきたのだが、三人は椎名から受け取ったお揃いのメイド服・・・・を身につけていた。

 しかも、ただのメイド服ではない。

 それぞれの個性に合わせた調整が施された特注のメイド服をだ。

 よく見ると若干ではあるが、デザインも全員少しずつ違うのが見て取れる。


「気に入った? 先生に相談して、最近のトレンドをデザインに加えてみたんだよね」


 お前の仕業かと、明日葉を睨み付ける朱理。

 以前、椎名から渡されたメイド服はクラシカルなデザインで、まだ我慢できるものだったのだ。しかし、今回渡されたメイド服は――アキバで見かけるメイドのように現代風のアレンジが施されていた。


「……どうして、こんなにスカートの丈が短いのよ」

「え? 短い方が可愛いでしょ?」


 黒いタイツを履いているとはいえ、少し動くだけでスカートのなかが見えそうなくらい際どいデザインに朱理は不満を漏らす。

 しかし、


「学校の制服も、そんなに変わらなくない?」


 朱理がなにを恥ずかしがっているのか理解できない様子を見せる明日葉。

 彼女のなかでは、学校の制服もそれほど変わらないという認識なのだろう。探索者学校の制服は緑を基調としたブレザータイプで、チェック柄のスカートとネクタイが特徴の今時のデザインになっているからだ。


「あなたはスカートの丈を詰めているからでしょ? 私は普通に着てるわよ」

「あかりんは真面目だね。あんなのお洒落の範囲なのに」


 この会話だけを聞くと朱理の方が正しいように思えるが、実は明日葉も校則違反を犯していると言う訳ではなかった。

 探索者学校は服装に関する規則が緩く、着用が義務付けられている訳でもないからだ。

 ただ、最低でも百万近くする探索者用の装備を揃えられる学生は少ないため、制服で代用している生徒が多いと言うだけの話だった。

 探索者学校の制服はダンジョン素材で作られていることから丈夫な上、探索者学校の生徒なら安く購入できることから普通に装備一式を揃えるよりも遥かにコスパが良いからだ。

 しかし、装備を買えるなら揃えた方が良いに決まっている。

 実際、制服を着用しているのは一、二年生が多く、三年生の半数くらいは自前の装備を身に付けていた。実習とはいえ、ダンジョンで得た素材や魔石はギルドで換金できることから、そのお金を貯めて装備を購入する学生が多いためだ。

 その点から言えば、自分たちは凄く恵まれていると明日葉は思っていた。


「可愛いし、性能も申し分ないし、なによりアタシたちの成長に合わせて装備も進化するらしいしね。こんな装備を用意してもらっておいて、不満を漏らすのは贅沢だと思うよ?」

「それは分かっているわ。先生には感謝して……はい? いま、なんて……進化?」

「うん、正確にはアタシたちの成長に合わせて、リミッターが段階的に解除されていく仕様なんだって」


 明日葉の口から非常識な話を聞かされて、頭を抱える朱理。

 腕輪だけでなくメイド服まで常識外れの魔導具だと悟ってしまったからだ。


「ちなみに服はミスリルの糸で編まれてて、タイツも同じく防刃・耐久性能に優れているから激しく動いても破れる心配がないって。ちょっとくらいの破損なら自動修復されるらしいよ」

「夕陽……」 

「うん、諦めて」


 しかし、こうなることが夕陽には最初から分かっていたのだろう。

 どこか達観した表情で、諦めるようにと朱理を諭すのだった。



  ◆



 中層に向けて足を進める男三人、女二人からなるパーティーの一団があった。

 一般的にダンジョンに潜るパーティーと言うのは、三人から五人程度で編成を組むのが推奨されている。下層までは迷路のような入り組んだ構造をしていることから、余り大人数でパーティーを組むと連携が取り難いためだ。

 それに確たる証拠がある訳ではないが、大規模攻略パーティー。所謂レイドを組んだ際の方が、イレギュラーとの遭遇確率が高いとするデータがギルドより公表され、話題を呼んでいた。

 参考データが少ないために確定とは言えないのだが、ギルドが警戒を促している状況だ。


「まったく……あんな格好でダンジョンに挑むなんて破廉恥極まりない。モンスターを甘く見ているとしか思えん」


 そう不満を口にするのは、探索者学校に通う三年生の大石おおいしだ。

 身長二メートル近い体格と、身に付けている大きな盾と全身鎧からも分かるように、パーティーでの役割ポジションはタンク。生徒会のパーティーに所属するCランクの探索者だ。


「でも、可愛かったよね。私もどうせなら、ああいう装備がよかったな」


 羨ましそうな表情を覗かせるショートヘアの小柄な少女は、広瀬ひろせ

 彼女も大石と同じ三年生で、生徒会のパーティーの一員だった。

 役割はレンジャー。モンスターの索敵や罠の発見と解除を担うポジションだ。

 タンクと比べれば身軽で動きやすい格好ではあるのだが、レンジャーは隠密行動を要求されることが多いため、どうしても地味な格好になりやすい。だから可愛い装備に憧れるのだろう。


「格好なんてなんだって良いでしょう。重要なのは性能ですよ」


 眼鏡の縁を指で持ち上げながらそう話す彼も、二人と同じ三年生で生徒会パーティーのメンバーだ。

 名前は――


「山田っちは分かってないな」

「その名前で呼ぶなと、いつも言ってますよね? 僕の真名は〈漆黒のアルベルト〉だと教えたはずです!」


 山田太郎――もとい漆黒のアルベルトが、彼の名前だった。

 名前にコンプレックスがあるらしく、本名で呼ばれるのを嫌っていた。

 そんな彼のポジションはキャスター。漆黒の名に相応しいローブからも分かるように、魔法を得意とする探索者だ。

 そして、


「無駄話はそこまでだ。そろそろ中層に着く」


 そんな個性的なメンバーをまとめるのは、副会長の東大寺剛志だった。

 彼のポジションはサポーター。と言っても、魔鋼で作られた手甲に胸当てからも察せられるように、味方のサポートからアタッカー的な役割までを幅広くこなすオールラウンダー型の探索者だ。

 そして、最後に攻撃の要にしてパーティーのリーダー的存在。

 それが、


「東大寺くんの言うとおりよ。みんな気を引き締めて」


 探索者学校の生徒会長、天谷雫であった。

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