第363話 衣装製作
「学校中で噂になってるよ。
「思ったことを言っただけよ。というか、あかりんって何よ……」
「可愛くない? 正式にパーティーも組んだことだし、渾名で呼び合った方が親しみがあるかなって。アタシのことも渾名で呼んでいいよ。明日葉だから、あすあすとか?」
「呼ばないわよ。私のことも普通に呼んで頂戴……」
ええ……と、不満を顕わにする明日葉を無視する朱理。
このまま付き合うと、明日葉のペースに流されると分かっているからだ。
「生徒会長は気にしてないみたいだったけど、副会長は物凄く怒ってたね」
「そう言えば、夕陽も生徒会役員だったね。あかりんの宣戦布告を見てたの?」
「ううん、職員室に寄ってから生徒会室に顔をだしたから、その場には居合わせなかったんだけど……黙々と書類仕事をこなす朱理を、鬼のような形相で副会長が睨み付けてて」
とても生徒会の仕事に集中できる雰囲気ではなかったと、夕陽は説明する。
それに問題は、副会長だけではなかった。朱理の宣戦布告に対して三年生から生意気だとする声や、ちょっと才能に恵まれただけで天狗になっているとする怒りの声が上がっていた。
「……もしかして、夕陽もなにか言われたの?」
「ああ、うん。気にしなくていいよ。私は慣れてるしね」
直接言われた訳ではないが、朱理とパーティーを組んでいると言うことで怒りの矛先は夕陽にも向けられていた。
聞こえてくる噂は、朱理に対する陰口と大差がない。
「ごめんなさい……。まさか、そんなことになっていたなんて……」
「ほんと、気にしなくていいから。全然、気にしてないしね」
謝罪する朱理に対して、気にしなくていいと手を左右に振る夕陽。
本当に気にしてはいないのだろう。むしろ、呆れている様子が見て取れる。
姉の七光りだとか、そう言った陰口は聞き飽きているからだ。
それに――
「クラスのみんなは応援してくれているしね」
非難の声ばかりではない。
『一文字さんと八重坂さんなら生徒会長にも勝てるよ!』
『応援するから絶対に優勝してね!』
と言った具合に、クラスメイトは夕陽たちの味方だった。
普段から一緒に授業を受けている分、仲間を応援したい気持ちの方が大きいのだろう。
それに三年生も全員が夕陽たちを非難している訳ではない。
そう言った子供じみた真似が許されるのは、いまだけだと理解しているからだ。
「だから勝って証明しよう。実力で黙らせるのが、探索者のやり方でしょ?」
探索者の世界は弱肉強食。徹底した実力主義の世界だ。
一般人に危害を加えることは法律で厳しく制限されているが、探索者同士の喧嘩や揉め事は基本的にギルドも介入しない。事件性があれば調査に動くこともあるが、そもそもダンジョン内で行方不明者がでたとしても、モンスターの仕業か人間の仕業かを判断することは難しいからだ。
だから、自分の身は自分で守るしかない。それを理解している者は朱理の取った行動を生意気だとは思わないし、非難するのがどれだけ愚かな行為かを理解しているのだろう。
「そうね。実力を示せば、誰もなにも言えなくなるわ。そのために私たちは優勝を目指すのだから」
夕陽の言葉に朱理も同意する。
そのために選抜トーナメントを勝ち抜き、大会での優勝を目標にしているのだ。
Aランクの探索者にさえなれば、力で周りを黙らせることも可能だ。それにそんなことをせずとも、ギルドが三人のことを守ってくれるだろう。それだけの価値がAランクの探索者にはあるからだ。
「ねえ、ちょっといい?」
そんななか、どこか不満げな表情で手を挙げる明日葉。
「二人の噂はよく耳にするんだけど、アタシのことは少しも話題に挙がってないんだよね……。もしかして、夕陽たちと一緒にパーティーを組んでること誰も気付いてないんじゃ……」
ダンジョン実習は既にはじまっていて、もう三人でダンジョンに潜っている。まだ上層を軽く探索しただけだが、明日葉が二人とパーティーを組んでいることはクラスメイトには周知されているはずだった。
なのに自分だけ注目を浴びていないことが、明日葉には腑に落ちないのだろう。
しかし、
「ほら、明日葉は私たちと別のクラスだし、パーティーでの役割も〈
「あとは執拗にランクを気にしているみたいだったし、Dランクだと目立たないのかもしれないわね……」
二年生のこの時期にDランクと言うだけでも十分に優秀なのだが、姉が〈トワイライト〉に所属する有名な探索者で本人もCランクの夕陽や、祖父が〈迦具土〉の代表でBランクの資格を持つ朱理と比べるとインパクトに欠ける。
しかも明日葉の場合、身内に有名な探索者がいると言う訳でもなかった。
影が薄いという事実を突きつけられ、ショックを受ける明日葉を見て――
「こう言うのは、どう? 前から考えていたんだけど――」
以前から考えていたアイデアを提案するのだった。
◆
相談に乗って欲しいと言われたので、なにかと思えば――
「お揃いの衣装を作りたい?」
「はい。と言っても、制服くらい丈夫なら問題なくて……」
夕陽からの相談と言うのは、同じ衣装を作りたいと言う話だった。
最初は朱理のお祖父さんの会社に注文する方向で話を進めていたそうなのだが、大会が近いこともあって納期には最低でも一年ほどかかるみたいなことを言われたそうだ。
そのため、既製品でどうにかしようかと考えたみたいだが、ダンジョンで身に付けるものだけに普通の服では激しい動きに耐えられず、すぐにボロボロになってしまう可能性が高い。
そこで探索者学校の制服のように、ダンジョン素材を使った衣装を作れないかと相談を受けた訳だ。
とはいえ、
「自分たちで作るつもりなら諦めろ。夕陽でも無理だ」
厳しいようだが、はっきりと現実を突きつける。
誰にでもダンジョンの素材を加工して装備が作れるのなら、魔導具技師なんて職業は存在しない。仮にスキルを付与せず、素材だけを加工するのだとしても相応の技術と経験が必要だ。
朱理と明日葉は勿論、いまの夕陽でも難しいと考えていた。
魔法薬の調合と魔導具の製作では、必要とする知識も技術も異なるからだ。
「素材を加工するだけでも難しそうですか?」
「〈生命の水〉の加工に手こずっているようじゃ無理だな」
最低でも俺がやったみたいに〈生命の水〉を別の物質に錬成するくらいの技術は欲しいところだ。そのくらいの腕があれば、どんな素材でもイメージ通りに加工することが出来るだろうしな。
いまの夕陽が加工できるのは、よくて中層のモンスターの素材くらいだろう。
耐久性能を求めるなら最低でも下層のモンスターの素材が欲しい。
と言うか、
「衣装なら
朱理にやったメイド服があるはずだ。
共通の衣装と言うことなら、メイド服を着ておけばいいんじゃないかと思う。
「メイド服ならたくさんあるしな。夕陽と明日葉の分も用意してやるぞ」
「さすがにそれはちょっと……。いまの私たちだと使いこなせませんし、選抜トーナメントで使うのはズルい気がして……」
言われて見ると、確かに朱理の言うとおりだ。
いまの彼女たちでは、メイド服の性能をフルに発揮できないだろう。
しかし、
「選抜トーナメント?」
「〈GMT〉の代表選手を決める予選が、学期末にあるんです」
夕陽の説明によると、市内にある二つの探索者学校にそれぞれ一枠ずつ出場枠が割り当てられているそうで、学期末にその代表選手を決める
期末試験の後、すぐくらいか。本当に、もう目と鼻の先だな。
「話は理解した。朱理、メイド服を一旦預けてくれるか?」
「はい。それは構いませんが……どうされるおつもりですか?」
彼女たちの話は理解した。
ようするに今のままだと使いこなせないし、大会で高機能な魔導具を使うのはフェアじゃないと言いたいのだろう。
なら――
「
機能を制限したメイド服を用意すればいいだけの話だ。
折角なので、それぞれの個性に合わせた調整をしてやろうと考えるのだった。
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