第362話 宣戦布告
「――さん。一文字さん」
「え……あ、はい。なにか御用ですか?
名前を呼ばれてハッと我に返り、声のした方を振り向く朱理。
長く伸びた艶やかな黒髪に、アメジストの瞳。所作の一つ一つに気品が漂い、身に纏う空気からも育ちの良さを感じ取れる。
生徒会室の一番奥。窓際の席に腰掛けている彼女の名は
「頼んでおいた納入業者の選定リストは出来ているかしら? 出来ていたら確認したいのだけど……」
「あ、はい……頼まれたリストなら出来ています。こちらです」
書類の中から頼まれたリストを抜き取り、雫に手渡す朱理。
探索者学校の生徒会は部活動の予算配分や学校備品の納入業者の選定など、一般的な学校と比較しても多くの権限が与えられている。これは卒業生の多くが探索者として活動するためだ。
特に生徒会は優秀な生徒が集まる場でもあるので、卒業後は有名なクランや大企業から声がかかったり、ギルドの職員になる学生も少なくない。なかには卒業後にBランク以上の資格を得て、自らのクランを設立する学生もいるくらいだ。
そのため、組織運営や経営に関する知識と経験を身に付けておく必要があることから、こうやって生徒会の仕事に携わることで将来のために経験を積んでいると言う訳だった。
そうした事情からイベントを控えた時期は生徒会の仕事も忙しくなる。だから朱理も早朝や昼休みを利用して生徒会に顔をだし、こうやって任された仕事を片付けていると言う訳だった。
特に朱理の場合、実家がクランの運営をしていることから頼りにされており、〈会計〉の仕事を任されていた。ちなみに夕陽は〈広報〉の担当だ。
姉が〈トワイライト〉の企業探索者で、夕陽自身も顔が広いことから評価されたのだろう。〈広報〉の仕事は生徒会の活動内容の報告だけでなく、選抜トーナメントのような学外から賓客を招くイベントの告知も仕事の内容に含まれているからだ。
幅広い人脈。パイプを持っている人間でなければ、苦労をするポストと言える。
「なにか、悩み事でもあるのかしら? 私でよければ、相談に乗りますよ」
悩み事があるのではないかと考え、朱理を心配する雫。
ずっと心ここにあらずと言うか、作業に集中できていない様子が気になったのだろう。
「えっと、そう言う訳じゃ……。少し疲れているだけなので、心配なさらないでください」
心配をかけて申し訳ないと思いながらも、誤魔化す朱理。
椎名の教え子と言うのは秘密にしている上、訓練の内容を話しても信じて貰えないと思ったのだろう。
なんて正直に話しても冗談を言っていると思われるか、頭を心配されるのがオチだからだ。
「ごめんなさい。選抜トーナメントも近いのに……」
しかし、朱理の反応から雫は大凡の事情を察する。
選抜トーナメントに向けての調整もある中、生徒会の仕事で連日呼び出されて疲れが溜まっているのだと解釈したのだろう。申し訳なさそうに頭を下げる雫を見て、なんとも言えない罪悪感が朱理のなかで込み上げてくる。
「本当に大丈夫ですから! 気にしないでください。私よりも会長の方がお忙しいのは分かっていますから!」
それに、それを言うなら生徒会長の方が明らかに多くの仕事を抱えている。
なのに少しも態度にださないのだから、雫の凄さを朱理は実感していた。
組織運営の大変さを、よく知っているからだ。
「そう言えば、八重坂さんとパーティーを組んで出場するのよね」
「はい。えっと、すみません……折角お誘い頂いたのに……」
「気にしないで頂戴。あなたの実力なら一緒にパーティーを組む相手に困っていそうだと思って、声をかけただけだから」
実習で一緒にダンジョンに潜っているパーティーで、そのまま選抜トーナメントにエントリーする生徒が多い。しかし、ダンジョンの実習がはじまるのは二年生からだ。そのため、二年生でエントリーする生徒は少なく、三年生のパーティーに混ぜて貰うというのが一般的だった。
しかし、三年生にもなると既にパーティーメンバーは固定されているため、余程の事情がない限りは新たなメンバーを募集したりはしない。しかも、生徒会長のパーティーは優勝間違いなしと噂される学内最強のパーティーだ。
普通は二年生に声をかけるようなことはしないのだが、朱理は別だった。
「会長、いまからでは遅くはありません。彼女をパーティーに加えるべきです」
二人の会話に割って入ってきたのは、副会長の
名字からも察せられるように、あの〈怪力無双〉の二つ名で有名なAランク探索者、東大寺
「どう言う意味ですか?」
「そのままの意味だ、一文字。会長はこう仰っているが、キミは自分がどれほどの期待を背負っているのかを自覚した方がいい」
剛志のランクはCだが、そもそも卒業までにDランクを取得すれば十分で、なかにはランクを上げられないまま卒業を迎える生徒も少なくない。EとDの間にも明確な差があり、Dランクで一人前として認められ、Cランクともなればギルドでも一目置かれるくらいの実力者として扱われる。
Bランク以上は、極一部の限られた人間しか辿り着けない領域だ。
才能がなければ一生なることは出来ないし、才能があっても普通は何年もダンジョンに潜り続けて実績を積み重ねることで、ようやく辿り着けるかどうかと言ったランクだった。
それを在学中に取れる学生など、本当に一握りの天才しかいない。学生の間にBランクの資格を得られる探索者は数年に一人現れるかどうかと言ったレベルで、雫もBランクの資格を得たのは三年生に進級してからのことだ。
なのに朱理はユニークスキル所持者とはいえ、二年生で既にBランクの資格を得ている。あの八重坂朝陽に並ぶほどの記録だ。国内最速のAランク探索者になることも夢ではないだろう。
「優勝間違いなし。最強のパーティーなどと持て
だから朱理がいれば、〈GMT〉の本戦でも結果を残せる可能性が高いと剛志は考えていた。Bランクが同じ学校に二人も存在すること自体、近年稀に見る豊作と言える状況だからだ。
大会が開催される時期に、雫と朱理と言う二人の天才が揃ったことは運命としか思えない。だからこそ、雫のパーティーに朱理が入るのが自然だと剛志は思っているのだろう。
「もしかして、夕陽や明日葉のことをバカにしてます?」
「バカになどしていない。だが、彼女たちではキミに釣り合わないと――」
「はあ……」
剛志の言いたいことは理解できる。しかし、朱理は呆れていた。
夕陽の本当の実力を知っていたらこんな言葉は出て来ないし、明日葉も不意を突いた結果とはいえ、〈楽園の主〉から一本を取っているのだ。
いまはDランクだが、すぐに自分たちに追いつくだけの素質があると朱理は明日葉のことを認めていた。
「私たちのなかで一番強いのは夕陽ですよ」
「なにを言っている? 彼女はCランクだろう? それに戦闘タイプではなく
そう、これが夕陽に対する一般的な評価だった。
夕陽の実力を見せて誤解を解くのが一番早いのだろうが、それを本人が望んでいないし、いずれ分かることだ。
それよりも友人を侮られたことに朱理は怒りを覚えていた。
「なんと言われようと生徒会のパーティーに入るつもりはありません。選抜トーナメントの優勝は私たちが頂きます」
確かに生徒会長のパーティーは強い。Bランクの資格を持つのは雫だけだが、他のメンバーも卒業後は間違いなくBランクに到達すると評価されるほど、優秀な学生ばかりだ。
優勝間違いなしと噂されるだけの実力はあるのだろう。
それでも――
「〈GMT〉の出場枠は
これだけは決して譲ることが出来なかった。
相手が三年生だろうと、生徒会長であろうと関係ない。
優勝するのは自分たちだと、朱理は宣言するのだった。
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