第九章 選抜トーナメント

第361話 三人娘の訓練

 俺が日本にきてから一ヶ月が経過しようとしている。

 その間にいろいろとあったのだが、すべて話すと長くなりそうなので結果だけを伝えると、異文化交流の話は順調に進んでいた。

 秋に開催予定の探索者のオリンピック〈ギルドマスターズトーナメント〉通称〈GMT〉の開催に合わせて、楽園と日本の文化交流イベントが同時開催される運びとなった。

 具体的には、楽園の料理をお手軽な価格で楽しめる屋台通りの設置や、魔導エンジンを搭載した乗り物の試遊などを企画している。あとはお手頃な価格で魔法薬を販売したり、マジックバッグなどを取り扱うオークションも実施予定だ。

 と言っても、この一ヶ月で俺がやったことと言えば、記者会見を一度開いただけで、あとのことはほとんど丸投げ状態だった。いつも以上にメイドたちが張り切っているからだ。

 俺が特になにかをしなくても勝手に準備が進んで行く。

 なので、最近は〈工房〉で錬金術の研究をする傍ら――


「ほら、休憩は終わりだ。訓練の続きをするぞ」


 教え子たちの訓練に付き合っていた。

 教え子と言うのは、八重坂夕陽、一文字朱理、久遠明日葉の三人だ。

 夕陽以外の二人は基礎が出来ていないので、いまは毎日〈魔力操作〉の訓練をやらせている。

 なんでも基本が大事だしな。


「二時間かけて完成したのは、初級の〈魔力回復薬マナポーション〉が十本だけか。スキルの補助がないことを考えたら最初だし、こんなものか?」


 やはり夕陽と比べると、魔法薬の調合技術で二人は大きく劣る。

 しかし、これは分かっていたことだ。

 夕陽のように魔法薬の調合に適したスキルを持っている訳ではないからな。


「よし、次は魔導具を使った並列起動の訓練をするぞ」

「あの……先生。まだ魔力が回復してないのですが……」

「さっき作った〈魔力回復薬マナポーション〉があるだろう?」


 朱理がなにか言っているが、魔力が足りなければ魔力回復薬マナポーションを飲めばいいだけの話だ。

 二人にやらせているのは、魔法学院で生徒たちにやらせていたことと同じだ。

 座学で魔法薬に関する知識を詰め込み、魔力が尽きるまで回復薬を作らせる。

 そうして魔力操作の流れを理解したら、魔導具を使って魔法式の並列起動を練習する。魔力が尽きたら自分たちで作った魔力回復薬マナポーションを飲んで、また同じことの繰り返しだ。

 ちなみに俺はこんな感じのことを三十年間ずっと一人でやってきた。

 そのため、自分で言うのもなんだが魔力操作に関しては自信がある。

 この訓練を続けていれば、最低限の技術は身につくはずだ。

 才能はあるみたいだし、半年もあれば基本は身につくのではないかと思う。

 で、夕陽はと言うと――


「どうだ? 少しは出来るようになったか?」 

「カタチを数秒維持するのがやっとです……。魔力操作には、少し自信があったのに……」

「状態を維持できないのは魔力操作が原因じゃない。イメージに綻びがあるからだ」


 黄金の液体に魔力を流し、イメージを具現化する訓練を行っていた。

 液体の正体は、賢者の石から精製した〈生命の水〉だ。

 魔導具製作の基本とも言うべき技術を習得するための訓練で、テレジアやスカジが使っていた魔力を手足のように使う不可視の攻撃。あれも、この技術を応用したものだ。

 魔力とは、魔法やスキルを発動するのに必要なエネルギーと言う認識で間違ってはいないが、正確には空想イメージを現実に上書きする力と言うのが正しい。だから究極的には、イメージするだけで魔法を発動することは可能だ。

 しかし、それは設計図や道具を使わずに家を建てるようなものなので、余り現実的とは言えない。俺も簡単な魔導具くらいなら手順を省略して作れるが、複雑なものになると魔導具の設計から魔法式の構築まで手順を踏んでやらないと難しいからな。

 それに魔法と言っても、どんなことでも出来る訳ではない。

 現実から懸け離れたものほど、必要とする魔力は大きくなる。火を起こす、風を起こすと言った自然界にある現象を魔力で再現するのは難しくないが、時間を止めたり空間を移動すると言った魔法は難易度が高く、魔力消費も大きい。死んだ人間を生き返らせると言った自然の摂理に反した魔法も同様だ。

 しかし、難しいと言っても効率化を図ることは出来る。それが、いま夕陽にやらせている訓練だった。


「魔法に重要なのはイメージだ。より詳細に具体的なイメージを素早く伝達できるようになれば、魔法の効率化を図るだけでなく応用の幅も広がる。こんな風にな」


 生命の水に魔力を注ぐことで、一本の槍を錬成する。

 以前に話したと思うが〈生命の水〉は霊薬だけでなく、様々な魔法のアイテムの触媒に使用することが出来る。それは〈生命の水〉が、万物の起源――〈星の力〉によって生み出されたものだからだ。

 モンスターが落とす素材とは、魔力が結晶化した情報集合体だと言う話を以前したことがあると思う。だから〈生命の水〉に、こうやって具体的なイメージを付与してやれば、モンスターの素材の代わりに出来ると言う訳だ。

 やろうと思えば、いま俺がやったように魔法の武器を錬成したり、服や防具も〈生命の水〉だけで作ることが出来る。

 もっとも、オリハルコンやミスリルを使ったものよりも強度は弱くなるし、〈生命の水〉だけで全部を賄おうとするのは非効率的すぎて、まったくオススメはしないのだが……。


「液体から槍が……え?」

「そういう固定観念は捨てろ。錬金術において最も重要なのは自由で柔軟な発想だ」


 魔導具の製作において、もっとも重要となるのがスキルの付与だ。

 魔法石マナストーンにスキルを付与するには、二通りの方法がある。一つがスキル所持者にスキルを付与してもらう方法だ。これなら〈魔法石マナストーン〉さえ用意できれば、誰にでもスキルを付与した魔導具が作れる。

 しかし、これには欠点がある。〈魔法石マナストーン〉の容量を超えるスキルは付与できない上、メイドたちのメイド服のように複数のスキルが付与された魔導具を製作するのは難しい。職人の手でスキルの調整が出来ないからだ。

 そこで必要となるのが魔法式なのだが、構築した魔法式を〈魔法石マナストーン〉に付与するには、このイメージの伝達が重要となるのだ。

 構造が複雑になるほど、正確にイメージを伝えるのが難しくなるからな。


「ここにある〈魔力回復薬マナポーション〉を全部飲みきるまで帰れないぞ。ほら、頑張れ」


 上達するには、とにかく数をこなすしかない。

 心を鬼にして、教え子たちの訓練を見守るのだった。



  ◆



「お腹が苦しい……それに頭がクラクラする。うっ……」

「一本百万以上するマナポーションをガブ飲みする日が来るなんて、想像もしていなかったわ……」

「二人とも大丈夫?」


 トイレに籠もって出て来ない二人を心配する夕陽。

 うら若き乙女とは思えない姿だが〈魔力回復薬マナポーション〉を十本も飲めば、こうなるのは必然だった。

 水分量的にきついと言うのもあるが、魔力酔いの症状に二人は悩まされていた。

 大量の回復薬を短時間に服用したのだ。こうなるのも無理はない。


「……夕陽は平気そうね」

「……私たちと同じくらい飲んでたよね?」

「もう、慣れたしね。そのうち二人も魔力酔いを起こさなくなるよ」


 どこか遠い目をしながら二人の疑問に答える夕陽。

 いま二人が経験していることは、既に夕陽が通った道だったからだ。

 しかし、これで終わりではない。


「先に帰って食事の準備しておくね」

「はい!?」

「お腹がタプタプで、ご飯とか無理だから!」

「選抜トーナメントで優勝を目指すんだよね? 〈GMT〉に出場できなくなってもいいの?」


 まだ、椎名から貰った魔物の肉が残っていた。

 魔物の肉を食事に取り入れてから、明らかに魔力が増えている感覚があった。

 それだけに反論できない二人。

 身体は悲鳴を上げているが、夕陽が正しいと頭では理解しているからだ。

 それに――


「……そうね。こんなことで弱音を吐いてはいられないわよね」

「朱理……本気なの?」

「当然、このくらい出来なければ、最速でAランクを目指すなんて夢のまた夢よ」


 最速でAランクを目指すため、出来ることはなんでもやると言ったのは朱理だ。

 ここまできて、後には引けないのだろう。


「頑張って。応援してるから」

「なに自分だけ逃げようとしてるのよ。一蓮托生と言ったでしょ?」

「離して――もう、本当にお腹がいっぱいで無理なの! いま食べたら絶対に吐くから!」

「吐いても口に押し込んであげるから安心なさい」

「鬼! 悪魔!」


 最初に言いだしたのは朱理だが、同意した以上は一蓮托生だ。

 今更パーティーの解散など出来ないし、椎名の弟子になった以上は逃げ道などない。

 一ヶ月後の選抜トーナメントで優勝し、〈GMT〉の出場枠を必ず手にする。

 そして〈GMT〉でも優勝し、最速でAランクの探索者を目指す。

 それしか、三人に道は残されていなかった。

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