第360話 度重なる失態

 アメリカにある〈トワイライト〉の本社ビル。

 その最上階にある会長専用の執務室で、メイド服に身を包んだヘルムヴィーゲから報告を受けるレギルの姿があった。


「さすがは主様ね」

「はい。最初から、これを見越して日本に赴かれたのでしょう」


 日本で開かれた記者会見の映像を見ながら、さすがは主様だと語らう二人。

 椎名の演説シーンは何度も見直しているくらいで、〈トワイライト〉が誇る魔導演算装置メインコンピューターに録画データを『最重要機密』に位置付け保管しているくらいだった。

 実際、レギルとヘルムヴィーゲに限らず、手の空いている時間は動画を眺めて過ごすメイドが急増していた。


「各国の反応も上々。主様のお陰で計画が順調に進みそうです」


 これまで公の場に姿を見せることのなかった〈楽園の主〉が演説を行ったのだ。

 各国に与えた衝撃は大きかったのだろう。その証拠にあれから一週間が経とうとしているのに、各国の報道機関はまだこのことを連日取り上げているくらいだった。

 もっとも楽園のメイドたちと違い、いま地球の人々が気になっているのは演説の内容の方だ。楽園と日本との間ではじまる異文化交流に注目が集まっていた。

 これまでは一部の探索者にしか開放されていなかった月面都市への移動が、今後は民間レベルで一般の人々にまで開放されていくのではないかと言った期待の声が膨らんでいるからだ。

 それに各国の思惑も透けて見える。楽園が日本の求めに応じて技術協力を行うと言うことは、この交流を通じて楽園が保有する高度な魔法技術が供与される可能性を視野に入れているのだろう。

 ダンジョンの出現から三十五年が経過しているが、まだまだ地球の魔法技術は発展途上だ。〈魔法石マナストーン〉を精製できる職人クラフターが現れ始め、魔導具の開発競争が活発になってきたが、これでようやくスタートラインに立ったばかり。いまのままでは千年掛かったとしても楽園の技術力に追いつくのは難しいだろう。

 だから楽園の持つ魔法技術を狙っている国は少なくない。故に、今回の発表に期待が高まっていると言う訳だ。

 誰にも、この流れを止めることは出来ないだろう。邪魔をしようとすれば、楽園が手を下さずとも勝手に人間たちで足の引っ張り合いをしてくれるはずだ。人間の心理を上手く利用した手だと、ヘルムヴィーゲは感心していた。


「そうね。でも、逆に言えば失敗が許されないと言うことよ。主様が自ら表舞台に立たれた意味を考えなさい」


 ヘルムヴィーゲの言うように素晴らしい策だと認める一方で、椎名が表舞台に立つ決意をした理由を考えるとレギルは素直に喜べなかった。

 今回の件は、自分たちの不甲斐なさに原因があると考えているからだ。

 理想の世界を実現するには、いまの計画だけでは足りないと判断されたのだと、 メイドたちの能力に疑問を持たれたのだとレギルは考えていた。これは由々しき問題だ。


「……主様のご期待に沿えなかったと言うことでしょうか?」

「私はそう考えているわ。だからこそ、絶対に失敗は許されない。これ以上、主様を失望させる訳にはいかないのよ」


 楽園のメイドにとって喜びとは、主の役に立つことだ。

 魂さえも捧げる覚悟で、楽園のメイドたちは主に仕えている。だからこそ、主を失望させることは絶対にあってはならない。主に頼りにされないことは、楽園のメイドにとって死よりも辛いことだからだ。


「主様はお優しいから口にされないけど、その優しさに甘えていたら主様は私たちの前からいなくなってしまうかもしれない……。先代が私たちの力を必要とされなかったように……」

「それは……そのようなことになったら、生きてはいけません」


 故に、これ以上の失態を犯すことは出来ないとレギルは話す。

 これは存在意義アイデンティティに関わることだと、ヘルムヴィーゲもレギルの話を重く受け止める。 


「自分たちの計画にミスなどあるはずがないと、どこかで気の緩みがあったのかもしれません」

「そこは私も反省するところね。入念に準備を進めてきたつもりだったけど、人間の欲深さを甘く見ていた。でも、主様はそこまで計算に入れて、計画の修正を行われた。逆に人間の心理を利用されたのよ……」


 レギルにとって、今回のことはショックな出来事だった。

 分かっていたつもりで、まだ人間に対する理解が足りていなかったと痛感させられたからだ。

 自分よりも主の方が遥かに人間たちのことを深く理解していた。

 椎名は元日本人だ。地球で生まれ育ったと言うのも理由にあるのだろうが、それは言い訳にならないとレギルは自分を叱責する。

 レギルも〈トワイライト〉の会長として、二十年以上に渡って人間たちに接してきたからだ。


「失礼します」


 重い空気が漂う中、扉をノックする音が聞こえ、二人のメイドが姿を見せる。

 レギル直属の配下、アクアマリンとベリルだ。


「帰還の報告とノルン様からお預かりした物をお持ちしました。ベリル、例のものを――」

「はいはい」

「返事は一度でいいと、いつも言ってるでしょ。まったく……」


 会長の前だと言うのに緊張感のないベリルの態度に呆れ、叱責するアクアマリン。

 しかし、聞こえていないのか平然とした顔で、ベリルはポケットから取り出した小さな水晶をヘルムヴィーゲに手渡す。〈魔法石マナストーン〉を元に〈工房〉が開発したもので、魔法式で暗号化されたデータを保存することが出来る記憶装置だ。

 データを抽出するには魔導演算装置が必要で、いまのところ楽園と〈トワイライト〉にしか配備されていない。地球の技術力では絶対に解読できないことから、機密情報のやり取りに使われていた。


「あなたたちは相変わらずね。特に今は、ベリルの性格が羨ましく思えるわ」

「え? そうかな? アクア、会長に褒められちゃった」

「たぶん、それ褒められてないわよ」


 ヘルムヴィーゲを通じて受け取った記憶媒体クリスタルを専用の端末にかざして、なかのデータを確認するレギル。そこには〈原初はじまり〉の名を持つホムンクルスの一人、〈書庫〉の司書長ノルンからの報告が記されていた。


「ノルン様からですか。スカジ様が捕縛された人間たちの件でしょうか?」


 スカジによって捕らえられた各国のエージェントはレギルの指示で楽園へと送られ、そこで情報を抜き取られていた・・・・・・・・・・・。そのため、〈書庫〉から送られてきたデータには、そのことが記憶されているとヘルムヴィーゲは察したのだろう。

 しかし、


「そっちは問題ではないわ。たいした情報を持っていないことは最初から分かっていたから」


 そちらには最初からレギルは期待していなかった。

 過去にも同じようなことが何度も起きているが、捕らえた人間が役に立ったことはほとんどない。末端のエージェントが持つ情報が〈狩人〉の調査能力を上回ることなどないからだ。

 情報を抜き取ったあとは、取り引きの材料に使う程度の価値しかない。

 それも交渉の手間を考えれば、たいして価値のあることではなかった。


「ようやく、羽根付きの解析・・が終わったそうよ」


 そちらではなく羽根付き――天使について記されていると、レギルは説明する。

 天使は高い再生能力を持っており、普通に拷問したところで口を割らないことからノルンに預けてあったのだ。

 彼女の能力であれば、拷問なんて面倒なことをしなくても情報を得ることが可能だからだ。


「そこには、どのようなことが……?」


 自分が捕らえた天使なだけに結果が気になっていたのだろう。

 ヘルムヴィーゲの問いに対して、レギルは小さく溜め息を漏らしながら、


情報の抽出・・・・・に失敗。天使は跡形もなく消え去ったそうよ」


 天使――ガブリエルの死を伝えるのだった。




後書き

 これにて第八章は終幕となります。

 まだまだ日本編は続きますが、区切りが良いのでここで区切ったカタチです。

 楽園の主の演説を切っ掛けに動き始める世界。椎名もようやく覚悟が固まってきたようで、少し王様らしくなってきました。とはいえ、周囲との認識にズレがある点に変わりは無いのですが……。

 総括は九章とまとめて行う予定なので、今回はありません。

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