第359話 天谷の使命

「一体、なにが起きたんだ?」

「魔力酔いって説明を受けたけど……」

「恐らく〈楽園の主〉の放つ魔力にあてられたんだろう」


 視察団に同行した記者たちは魔力酔いで気を失ったと言う説明を、ロスヴァイセから受けていた。


「バトルアリーナの観戦がモニター越しなのは、流れ弾が危険と言うだけじゃないからな。魔力に耐性のない一般人には危険だからだ」


 魔力は便利な力ではあるが、魔力を持たない一般人には毒にもなり得る力だ。

 過度な魔力を浴びれば意識が混濁することがあるという話は、記者たちも耳にしたことがあったのだろう。


「こんなことならダンジョンに潜って、スキルを獲得しておくべきだったな」


 惜しいことをしたと残念そうに肩を落とす記者たち。

 楽園の主に取材できる絶好の機会だったと言うのに、意識を失ってしまったことが残念でならないのだろう。


「まったく、安全管理は徹底してもらいたいものです」


 そんななか、不満を漏らす者たちがいた。都の役人たちだ。

 態度からもロスヴァイセの説明に納得が行っていない様子が見て取れる。

 学歴が高くエリート意識の強い者ほど探索者を下に見る傾向があるが、それは都の役人も変わらない。いや、むしろ公務員ほど、その傾向が強いと言っても良いだろう。

 これは探索支援庁だけの話ではなく、この国の根っ子に巣くう問題でもあった。


「ギルドにも抗議文を送った方がよろしいのではないかと……」

「黙りなさい!」


 そんな取り巻きの言葉を、苛立ちを顕わにしながら遮る風花。

 なにも理解していないのであれば、黙っていて欲しい。それが風花の願いだった。

 いや、違う。なにも分かっていなかったのは、自分も同じだと風花は考える。


(楽園を甘く見ていた……。分かっているつもりでいたのは、私も同じだわ)


 楽園の噂は知っていた。〈皇帝〉の死に楽園が関わっていると言うことも――

 しかし、BランクからすればAランクですら雲の上の存在だ。話には聞いていても実際にSランクを目にしたことなどないし、どの程度の力を持っているのかを正確に理解できていなかった。

 それが、今回の失敗を招いた原因だと風花は考える。

 その点から言えば、状況を理解せず不満だけを漏らしている彼等と大差がない。

 この程度の認識で楽園に関わろうとした自分の愚かさを、いまになって風花は後悔していた。


(きっと政府はこのことに気付いていたのね。だから情報を秘匿した)


 政府が楽園の情報を伏せていた意味も、いまなら理解できる。

 公開したところで、国民の大半は理解できない。むしろ、不安を煽るだけだ。

 対策を求められたとしても、なにも出来ない。国民がなにを望んでも、楽園に要求する力は日本政府にはない。なら、秘密にしておいた方がリスクは少ないと日本政府は判断したのだろう。

 問題の先送りにしかならなくても、いまは時間を稼ぐくらいしか出来ることがないからだ。


「帰るわよ」

「え……視察はどうされるのですか?」

「必要ないわ。それとも、また気を失いたいの?」


 そう言われると、役人たちも反論ができなかった。

 また、あんな思いはしたくないのだろう。

 とは言っても、普通は魔力酔いで気絶することなど滅多にない。ましてや人間の魔力量では、魔力酔いを引き起こすほどの魔力を発することなど不可能だ。〈楽園の主〉が――いや、あのメイド――グリムゲルデが規格外すぎただけの話だ。

 しかし、魔力を感じることの出来ない一般人が、このことを理解できないのは仕方がない。だからこそ、彼等は楽園のことを頭では理解できても、実感することが出来ないのだろう。

 自分たちと同じ見た目をした人間にしか見えない存在が国を滅ぼすことのできる怪物だと、常識が邪魔をして想像することが出来ないのだ。

 それを――


(〈楽園の主〉はやはり、侮れないわ……。まさか、こんな方法にでるとは思ってもいなかった)


 楽園の主は利用した。

 人間の多くが常識に囚われ、己が価値観でしか物事を推し量ることが出来ない。その無知蒙昧さを利用したのだ。

 日本政府と楽園との間で発表された異文化交流。〈楽園の主〉が会見の場に姿を現したことは、世界中で大きなニュースとして取り上げられていた。

 ずっと謎のベールに包まれていた〈楽園の主〉が、遂に表舞台に姿を現したのだ。話題になるのは当然と言えるが、それこそが〈楽園の主〉の狙いだと風花は考えていた。


(もう、この流れを止めることは出来ない。楽園が危険だと騒いでも、多くの人々は気にも留めないでしょうね……)


 ここまで大々的に公表された以上、楽園の怒りを買って異文化交流が中止するようなことがあれば、その原因を作った人物や組織は世界中から非難を浴びることになるだろう。

 いまから日本政府に情報公開を迫ると言うのも滑稽な話だ。

 静観するしかない。そして、これから公開される情報は恐らく楽園にとって都合の良いものになっているはずだ。

 与えられた情報を嘘だと見抜く力は、この星の人々にはないのだから――

 政治家がよくやる手だが、確かめる術がないのであれば悪魔の証明にしかならない。人間と言うのは、自分たちに都合の良い話を信じるものだ。聞き心地のよい話であれば、多くの者は楽園の話を信じるだろう。

 今回、発表された異文化交流のように――


(強いだけでなく頭も切れる。それに私たちのことをよく理解している……)


 人間以上に人間のことを理解している化け物など、冗談としか思えないと言うのが〈楽園の主〉に対する風花の評価だ。

 とにかく考えを改めるしかない。

 計画を白紙に戻し、方針も大きく転換する必要がある。

 いや、それだけでは――


「ようやく気付いたみたいだね。これだから中途半端に才能のある人間は困るのよ」

「――天谷夜見!?」



   ◆ 



 いま風花はリムジンに乗って永田町へと向かっていた。

 夜見がギルドマスターの立場を使って周囲を納得させ、自分が乗ってきたリムジンで強引に風花を連れ去ったのだ。


「……最初から、あなたの手のひらの上だったと、そう言う訳ね」


 今回の件、自分は泳がされていたのだと風花は察する。

 ギルドが柏木の動きに気付いていないはずがないからだ。

 その上で、敢えて泳がせていたのだと――


「誤解のないように言っておくと、アタシも記者会見のことは知らなかったよ。ただ、陛下なら上手く事態を収拾するだろうと信じて、それに乗っからせてもらっただけの話さ」

「陛下ね……。楽園の狗に成り下がったのは、本当みたいね」

「アンタがアタシのことをどう思っていようと自由だけど、楽園にちょっかいをだされるのは困るんだよ。言っている意味は分かるだろう?」


 自分の前に夜見が姿を現した理由を風花は察する。

 ギルドが――いや、〈天谷〉が黙認できるラインを超えてしまったのだと――

 暁月と天谷は、この国を千年以上に渡って裏から支え、守護してきた家だ。

 国のためにと風花は行動してきたつもりだが、それは国を危険に晒す行為だった。

 だから夜見が――天谷が動いた。

 いま思えば、天谷の前当主もこの国を守るつもりで行動していたが、実際には国を危険に晒す行為に手を染めていたのだろう。

 だから夜見は父親を当主の座から引きずり下ろし、楽園の下につくことを決めた。

 それが、この国を――いや、妹を守ることに繋がると考えたからだ。


「……私をどうするつもり?」

「アンタには、二つの選択肢がある。都知事を辞職して探索者に戻る。この場合は、ギルドの監視下に入るってことだけどね。そして、もう一つは――アタシと同じように楽園の狗になるかだ」


 選択肢と言っているが、選択の権利などあってないようなものだった。

 どちらにせよ、都合の良い駒になれと言っているようなものだからだ。

 しかし拒否すれば、どうなるのかなど尋ねるまでもない。

 なら、せめて――この国のために自分が出来ることを為そうと、


「あなたの下につくのだけは、ごめんよ」

「なら、決まりだね」


 風花は後者を選択するのだった。

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