第354話 柏木
校門から校舎に続く並木道を、生徒会役員に先導されながら並んで歩く集団の姿があった。
都知事と、都の役人。そして、今回の視察に同行を許された記者団だ。
そのなかに記者の柏木とカメラマンの菊池の姿があった。
「柏木さん……本当に大丈夫なんですか?」
柏木だけに聞こえるように小声で、不安げな表情で尋ねる菊池。
本音を言うと、彼は今回のことに乗り気ではなかった。
上が取材の引き上げを命じるくらいだ。間違いなく、なにかあるに違いない。
それに楽園について調べれば調べるほど、信じられないような話ばかりが聞こえてくる。少なくとも死亡説が囁かれている〈皇帝〉の噂と、グリーンランドが浮上したニュースは事実だと判明しているが、どちらも証拠が揃っていると言われても信じがたいような話だった。
そんな相手の取材をこれからしようと言うのだ。
菊池が不安に思うのも無理はない。
「大丈夫じゃねえかもな」
「柏木さん!?」
「声がでけえよ。安心しろ。これまでの取材が無駄にならないように、もしもの時の引き継ぎは済ませてある」
「全然、安心できないんですけど……」
余計に不安になる話をされ、どんよりとした表情で肩を落とす菊池。
もしものことが起きないように願っていると言うのに、そんな話をされたら更に不安になる。
「そんなに怖いなら、どうしてついてきた?」
「柏木さんが俺についてこいって言ったんじゃないですか」
「確かに言ったがよ……」
そんな指示をされても、普通は尻尾を巻いて逃げるだろうと呆れる柏木。
ここまで自分に付き合ってくれたことには、柏木も感謝していた。これまで一緒に仕事をした相手には、柏木のやり方にはついていけないと言って、尽くバディの解消を申し入れられているからだ。
正直な話、入社三年目の菊池がついてこられるとは思ってもなく一ヶ月ほどで音を上げると思っていた。
なのに、気付けば二年の付き合いだ。
菊池がどうして自分にここまで付いてきてくれるのか、柏木には分からなかった。
「普通、言われても逃げるだろ」
「だって、柏木さんを一人にしたら無茶するじゃないですか。俺、明日葉ちゃんに頼まれてるんですよ。無茶しないように見張っててくれって」
明日葉と言うのは、柏木の娘だ。
と言っても妻とは別れて、いま娘は母方の姓を名乗っている。たまに連絡を貰うことはあるが、いま娘がなにをやっているのかも柏木は知らなかった。
何年か前に都内の中学に通っていると言う話は聞いたが、最近はほとんど連絡を取り合っていないからだ。
なのに――
「お前、いつの間に……」
「明日葉ちゃん、たまに会社に顔をだしてるんですよ。柏木さん、ほとんど会社にいないから」
「たくっ、余計なことを……」
「そんなのだから奥さんに逃げられるんですよ」
痛い所を突かれて、顔を顰める柏木。
それだけが離婚の理由ではないが、自分に非があることは柏木も分かっていた。
だから、自分の方から連絡を取ろうとはしなかったのだ。
「良い子ですよね。柏木さんに似なくて良かったと思います」
「余計なお世話だ」
調子が狂うと言った顔で、頭を掻く柏木。
しかし、だからと言って今回の件から手を引くつもりはなかった。
娘に心配をかけていることは分かっている。菊池が気遣ってくれていることも――
デスクがあれから何も言って来ないのも、黙認してくれているからだと言うことも分かっていた。
それでも止まる訳には行かなかった。
ダンジョンは多くのものを人類にもたらしたが、同じくらいたくさんのものを人々から奪ってきた。
ダンジョンに人生を狂わされた人々。ダンジョンに大切な人を奪われた人々。それだけなら、まだ自己責任で片付けられるかもしれないが、モンスターが地上に溢れ出し、人間を襲うと言った災害まで発生している。
だからダンジョンについて、もっと人々は知る必要があると柏木は考えていた。
その秘密を握っているのが楽園だ。ダンジョンの秘密に迫る手掛かりが目の前にあると言うのに、危険だからと言う理由で引き下がることは出来ない。それが、柏木が取材を続ける理由だ。
「しかし、広い学校ですね」
「探索者の学校だからな。全国から探索者の適性がある子供たちを集めているのだから、このくらいは当然だ。確か、六千人くらい通っているんだったか?」
「ろ、六千ですか。凄いですね」
驚く菊池だが、これでも少ない方だと柏木は思っていた。
市内にはもう一つ学校があるが、合わせても一万人強だ。全国の高等学校に通う学生の数から考えれば、全体の一パーセントにも満たない。これが、この国の実情だ。
探索者の数が人口の一割を超える国もあると言うのに、日本がどれだけ探索者の数が少ないかが、このことからも分かるだろう。
いまやダンジョンは国の経済を支える重要な産業となっているにも関わらずだ。
それだけ日本が平和で豊かな国だと言うのも理由にあるのだろうが、探索者を志す若者が少ない理由として、情報公開の少なさが原因にあると柏木は考えていた。
親が反対するからと言うのも理由にあるのだろうが、若者もバカではない。政府やギルドがなにかを隠していると分かっていて、リスクの高い仕事に自分から就こうと考える若者は少ないと言うことだ。
それを裏付けるように探索支援庁の解体の後、政府への風当たりは一層強くなっていた。
「このあと皆様には授業の見学をして頂く予定ですが、先に理事長室へご案内させて頂きます」
「現在の理事長は確か〈トワイライト〉の会長と伺っていますが……」
「はい。ですが、会長はお忙しい方のようで、いまはロスヴァイセ先生が理事長代理をされています」
「ロスヴァイセ先生ですか? その方も〈トワイライト〉の?」
「はい。理事の仕事だけでなく教鞭を執られることもありますが、授業も分かり易くて生徒からの信頼も厚い優秀な方ですよ」
向かって正面の本校舎に到着したところで生徒会長から、この後の予定について説明がされる。理事長と聞いて、噂の〈トワイライト〉の会長のことが風花の頭を過ったのだろう。
一国の代表ですら会おうと思っても、なかなか面会の約束を取れない人物だ。
いま世界で最も注目を浴びている人物だけに、ひょっとしたら会えるのではないかと少しは期待していたのだろう。理事長本人ではなく代理と聞いて、記者の多くはガックリと肩を落とす。
「噂の会長さんに会えると思ってたのに残念ですね」
菊池もその一人だった。
トワイライトの会長と言えば、世界のトップファイブに名を連ねる資産家としても知られているからだ。
可能であれば取材をしたいと考えているマスコミ関係者は少なくない。とはいえ、テレビや新聞からすれば大口のスポンサーでもあるため、〈トワイライト〉に対して過度な要求は出来ないというのが本音にあった。
だから、取材をする絶好の機会だと考えていたのだろう。
しかし、
(ロスヴァイセ……理事長代理ね)
柏木の反応は違っていた。
その理事長代理と言うのが、楽園のメイドである可能性が高いと察したからだ。
楽園の主に取材できるのが一番だが、正直に言うとそこまで高望みはしていなかった。
重要なのは〈楽園の主〉の娘が、探索者学校に通っているという事実を確認することだ。そこの確認が取れれば、楽園との間に交わされた密約について日本政府に説明を求めることが出来る。重要なのは、表舞台に楽園を引き摺り出すことだと柏木は考えていた。
代理であろうと関係者であることに変わりはない。なら――
(上手く話を誘導することが出来れば……)
情報を引き出せるかもしれないと、柏木は期待を寄せるのだった。
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