第353話 生徒会長と都知事

 椎名が首相官邸で総理と会談を行っている頃――

 校舎の屋上にござを敷き、ランチを楽しむ四人の女生徒の姿があった。

 夕陽、朱理、明日葉、それにレミルの四人だ。

 そんななか、


「昨日は大変だったのよ。それなのに、あなたたちは良いわね……」


 夕陽と明日葉を半目で睨みながら愚痴を溢す朱理。

 昨日は二時間近くも女生徒から追い回され、寮に戻ったのは日が暮れてからのことだった。挙げ句、日曜日と言うことで食堂も閉まっていて、昨晩は一人寂しくカップ麺で済ませたのだ。

 なのに夕陽たちは、みんなで楽しくお弁当を食べたと聞かされれば、愚痴の一つも溢したくなるのは無理もなかった。


「除け者にするつもりじゃなかったんだけどね。忘れてたって言うか……」

「……夕陽。それ、全然フォローになってないよ?」


 フォローどころか追い討ちにしかなっていない夕陽の一言に、明日葉のツッコミが入る。


「このサンドイッチ、美味しいのです。これ、なんの肉ですか?」

「ああ、それ? 先生から貰った肉をローストビーフ風にして挟んでみたの」


 知らずに食べていたのだろう。驚きに目を瞠る朱理。

 しかし、それを聞いても呑気にサンドイッチを頬張るレミルと明日葉を見て、朱理の口からは溜め息が漏れる。

 こんなことくらいで怒っている自分が、バカバカしく思えてきたからだ。

 それに夕陽たちが悪い訳ではないと分かっているのだろう。

 どちらかと言えば、


「もう、いいわ。あなたたに愚痴を溢すのは筋近いだしね」


 椎名にご執心の女生徒たちに呆れていた。

 朱理が止めに入らなければ、坂元の二の舞になっていた可能性が高い。椎名が優しいと言っても、メイドたちは別だ。自分たちがどれほど危険なことをしているのか、少しも理解していないのだから呆れるのも無理はなかった。


「でも先生、大人気だよね。みんな、もしかして先生が〈楽園の主〉だって気付いてない?」

「半信半疑って言うのが、正直なところでしょうね。でも、なかには気付いていて先生のことを狙っている子もいるわよ。玉の輿くらいに思ってるんじゃないかしら?  なにも知らないって、幸せよね……」


 楽園の力――メイドの恐ろしさを理解していれば、あんな行動は取れないはずだ。

 授業で椎名とレミルの戦いを目にしているのだから察してほしいところではあるが、多くの生徒はギルドに登録したばかりのひよっこだ。二人の戦いを見ても、具体的にどのくらい凄いのかを理解する実力が備わっていないのだろう。

 その点から言えば、夕陽たちの方が異質と言える。

 明日葉のDランクでも、二年生のいまの時期に取得していれば十分に優秀なのに、夕陽はCランク。朱理に至ってはBランクだ。学生の平均的な実力から考えれば、ここにいる三人は特出していた。

 

「まあ、私たちが飛び抜けて優秀なだけで、あれが普通の反応だと思うけど」

「自分でそれ言っちゃうんだ……。朱理は自信家だね」

「あなたと夕陽は逆に自己評価が低すぎるのよ。二年生のいまの時期にDランクを持っているのが何人いると思う? 夕陽なんてランク詐欺も良いところだし、もっと自分たちの実力を自覚なさい」

「そう言われても、もっと規格外な子を間近で見てるからね……」

「ん? どうかしたですか?」


 自分たちよりも規格外な存在がいると、レミルに視線をやる明日葉。

 椎名とあれほどの戦いを繰り広げられる時点で、レミルの実力は少なくともAランク以上はあると明日葉は考えていた。

 しかし、


「レミルちゃんは規格外だしね。たぶんSランクでも敵わないよ」


 そんな明日葉の考えを修正する夕陽。

 Sランクと言えば、文字通り規格外に例えられる探索者の頂点だ。

 さすがに、そこまでとは明日葉も考えていなかったのだろう。

 驚く明日葉に対して、朱理の反応は違っていた。 


「やっぱり、そうなのね。薄々とそんな気はしてたのよ……」


 レミルの実力をなんとなくではあるが、察していたのだろう。

 確信したのは、スカジと坂元の戦いを見た時だ。

 椎名はスペックだけならレミルの力はスカジを上回ると言っていた。それが事実ならレミルの力は、Aランクを凌駕していると言うことになる。スカジと同等以上の力を持つと言う時点で、最低でもSランクと同等の実力があるのではないかと考えていたのだ。


「レミルちゃんって凄いんだね」

「フフン、レミルは凄いのです。でも、お父様やスカ姉たちには敵わないのです……」


 自信満々に胸を張ったかと思えば、シュンと落ち込むレミル。

 レミルは確かにスペックだけならスカジを凌駕し、ユミルに匹敵する。

 しかし、力の使い方が上手くないので〈原初〉の名を持つ六人と戦えるほどではなかった。

 さすがに〈九姉妹ワルキューレ〉相手ならスペックだけで押し切ることは可能だが、それも相手による。長女のブリュンヒルデや次女のヘルムヴィーゲには、まだ一度も勝てていないからだ。

 レミルと実力が近いのは〈九姉妹ワルキューレ〉の末っ子のシュヴァルトライテだろう。実際、シュヴェルトライテとは何度も拳を交えていて、ライバル関係にあった。まあ、レミルのことをライバルと思っているのは、シュヴェルトライテの方なのだが……。


「……たちってことは、あなた以上の存在が他にもまだいるのね」

「たくさんいるですよ」


 たくさんと言うのがどのくらいかは分からないが、少なくとも確認されているSランクの数以上の戦力が楽園にはありそうだと、レミルの話から朱理は察する。

 そして、〈楽園の主〉はそんなメイドたちを凌駕するのだとすれば、


(楽園と戦争したら人類は滅亡するわね……)


 楽園と戦争をして勝てるイメージは、まったくと言って良いほど湧かなかった。

 Sランク以上の力を持った戦力を複数抱えている国と事を構えるなど、自殺行為でしかないからだ。


「レミルちゃんにパーティーに入ってもらえば、簡単に優勝できるんじゃない?」

「ダメよ。実力の差がありすぎるわ。それだと、私たちの実力を示すことにはならない。彼女だけいれば、いいことになるでしょ?」


 明日葉の考えを真っ向から否定する朱理。

 確かにレミルがパーティーに加われば、優勝は間違いないだろう。しかし、それでは意味がなかった。

 レミルの力を借りて優勝しても、自分たちの実力を示したことはならないからだ。

 実力の伴わない結果などに意味はない。最速でAランクに至るには、自分たちの力で勝ち上がる必要があると朱理は考えていた。


「なんのことですか?」

「二ヶ月後に選抜トーナメントがあるのは知ってる?」

「なんですか? それ」


 探索者学校に通っていて知らないことに、むしろ驚く三人。

 しかし、よく考えればレミルは月の留学生で、半年前に転入してきたばかりだ。

 地球の大会を知らないのも不思議ではないと考え、


「えっとね。半年後に探索者の大会が開催されるんだけど――」


 レミルにも分かるように分かり易く、夕陽は話して聞かせるのだった。



  ◆



「お待ちしておりました」


 校門の前で来賓を出迎える生徒会のメンバーの姿があった。

 生徒会長の天谷雫と、副会長の東大寺剛志の二人だ。


「お出迎え感謝します。東京都都知事の天城風花です」

「生徒会長の天谷雫です」

「副会長の東大寺剛志です」


 二人の名前を聞いて、ピクリと眉根を上げる風花。


「どうかされましたか?」

「いえ、天谷と言うのは、もしかして……」

「ああ、なるほど……想像されている天谷であっていると思います。ギルドマスターは私の姉です」

「では、東大寺と言うのも……」

「はい、親戚です。父の兄がじんにい――東大寺仁の父親で……」


 雫と剛志の話を聞いて、納得した様子を見せる風花。

 二人の名字を聞いて、聞き覚えのある名前だけに気になったのだろう。

 しかし、悟られないように剛志の方にも質問を振ったが、風花が本当に気にしているのは雫だけだった。


(楽園の情報を探っていたら、こんなところで天谷夜見の妹に出会すなんて……)


 天谷家の前当主に、二人の娘がいることは分かっていた。

 一人は夜見。現在の天谷家当主にして探索者協会日本支部のギルドマスターだ。

 しかし、もう一人の娘については情報が隠匿されていて消息を掴めずにいたのだ。

 そのため、まさかこんなにも堂々と探索者学校に通っているとは思ってもいなかったのだろう。

 だが、盲点ではあったものの身を隠すには、最高の環境だと気付かされる。

 探索者学校は、国の指定養成機関だ。そのため、外部の人間が生徒の名簿を手に入れることは難しい。風花が探索者時代のツテを使ってもレミルの情報を詳しく探れなかったのは、そうした厳しい情報統制が敷かれているためだ。


「お二人も〈GMT〉に参加されるのですか?」

「はい。二ヶ月後の選抜トーナメントに出場する予定です」

「そうですか。立場上、贔屓はできませんが、活躍されることを願っています」


 とはいえ、この出会いは自分にとっての追い風だと風花は考える。

 雫を利用すれば、夜見にひと泡吹かせられるかもしれない。

 笑顔で握手を交わす裏で、風花は密かに謀略を巡らせるのだった。

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