第355話 愚かな選択

「ようこそ、探索者養成支援学校へ。理事長代理のロスヴァイセです」

「東京都都知事の天城風花です。今日はよろしくお願いします」


 にこやかな笑顔で握手を交わすロスヴァイセと風花。

 銀色の髪に黄金の瞳。人形のように整った顔立ちと、シミ一つない透き通った白い肌。同じ女性から見ても息を呑むような美しさから、風花はロスヴァイセの正体を確信する。


「フフッ、緊張なさらなくても大丈夫ですよ。それとも、そんなに楽園のメイド・・・・・・が珍しいですか?」


 心を見透かすかのようなロスヴァイセの言葉に、冷や汗を流す風花。

 ギルドの再建に〈トワイライト〉が関与している以上、ギルドが運営する探索者学校にも楽園の手が入っていることは分かっていたことだ。

 それでも、


「気を悪くされたなら謝罪します。〈トワイライト〉の窓口を担当されている方とは一度お会いしたことがあるのですが、タイミングが合わず会長とはまだお会いしたいことがなかったので、この機会にご挨拶できればと思っていたので遂……」

「なるほど、そう言うことでしたか。無理もありません。会長はお忙しい方ですが、都知事も時間の都合を付けるのが難しいお立場でしょうし」


 風花は動揺と緊張を隠せなかった。

 楽園のメイドに会ったことがない訳ではない。立場上、〈トワイライト〉のメイドと接触したことは何度かある。しかし、これまでに風花が対峙したどんなメイドとも、ロスヴァイセは違っていた。

 楽園のメイドと言えば、無表情で無機質。誰に対しても平等な対応と言えるが、相手がアメリカの大統領だろうが、日本の総理大臣だろうが態度を変えないことで有名だ。それは彼女たちが敬意を払うのは〈楽園の主〉だけだからと言われている。

 しかし、ロスヴァイセは違った。

 愛想良く笑い、社交的な対応も心掛けている。他のメイドとは、明らかに違った反応だ。

 それだけに、なにを考えているのかが分からず不気味だった。


「今回の視察は〈GMT〉に関連したものと考えて、よろしいでしょうか?」

「はい。いまやダンジョンは、私たちの生活に欠かせないものとなっています。ですから、多くの人々に大会を通じて探索者の活動を知ってもらいたいと考えていますが、残念ながら支援庁の不祥事で政府やギルドに対する風当たりは強く、理解が浸透しているとは言い難いのが実情です」

「それは教育の現場に携わる私たちも感じております。子供たちには周囲の雑音など気にせず、伸び伸びと学んでほしいと考えてはいるのですが……」

「心中お察しします。ですので大会の開催が迫り、注目を集めている今だからこそ、そうしたイメージを払拭するのに良い機会ではないかと考えました。大会への出場を目指して訓練に励んでいる子供たちの姿を見れば、否定的な人々の考えも少しは変えられるのではないかと」

「素晴らしいお考えですね」


 そう言って握手を交わす二人に対して、カメラが向けられる。

 ここまでは予定通りだった。

 和やかなムードで会談が進む中、風花は留学生の話を切り出す。


「ところで、月からの留学生がこちらにいると伺ったのですが――」


 楽園の主の話を切り出さなかったのは、誤魔化される可能性が高いと考えたからだ。しかし、月の留学生の話は探索者学校の生徒であれば、誰もが知っていることだ。これまで風花の耳に入ってこなかったのが、不思議なくらいだった。

 誰もが〈楽園の主〉とレミルの関係を結びつけることが出来ず、学生や教職員からもロスヴァイセの身内くらいにしか思われていなかったことが原因として大きいだろう。

 楽園のメイドは珍しくはあるが、まったく見ない訳ではない。〈トワイライト〉の経営する商業施設や日本支社のビルへ行けば、姿を見かけるくらいのことはある。だから、そこまで注目を浴びることがなかったのだ。

 しかし、理由はそれだけではないと風花は考えていた。

 これまでレミルのことが噂にならなかったのは、探索者学校が外部と隔絶された場所と言うのも理由にあるが、日本政府とギルドが情報操作を行っていた可能性が高いと考えられるからだ。

 楽園の主の娘が、日本の探索者学校に通っていることを伏せるためだ。

 だから留学生の話をすれば、ロスヴァイセがどう反応するのかを確認したかったのだろう。


「はい。お嬢様のことですね」

「お嬢様ですか?」

「ええ、彼女は私たち・・・にとって、大切な御方の御息女であられますから」


 しかし少しも動揺する素振りを見せず、堂々と風花の質問に答えるロスヴァイセ。

 そう言った質問が来ることは、最初から分かっていたからだ。


(あれが、柏木と言う記者ね)


 自分にカメラを向ける記者たちのなかに、柏木の姿を確認するロスヴァイセ。

 既に柏木が探索者学校の教師と通じて、こそこそと嗅ぎ回っていることを掴んでいた。そして都知事を唆し、視察団のなかに紛れ込んでいることも分かっていたのだ。

 それでも彼等を迎え入れたのは、確認しておきたいことがあったからだ。

 それに――


(このタイミングでご主人様が動かれたのは、彼等の愚かな企てを察して先手を打たれたからに違いない。そして、それは自ら表舞台に立たれることを決意なされたと言うこと――)


 楽園のメイドたちは主の願いを叶えるために、二年の歳月を準備に費やしてきた。

 主の帰還を待ちながら、いつでも計画を始められるようにと入念な準備を行ってきたのだ。

 アメリカや日本に続いて欧州連合も〈トワイライト〉の影響下に収まりつつある。

 皇帝を失ったロシアも国際的な影響力を低下させ、楽園に頼るしかない状況だ。

 サンクトペテルブルクは既に〈トワイライト〉の支配下にあると言ってもいい。

 エジプトは〈教団〉の力が強く、政府もシャミーナの言葉を無視することは出来ない。ダンジョン加盟国の内、中国を除く五カ国が楽園の影響を少なからず受けている状況だ。

 そして、半年後に迫った探索者の大会――ギルドマスターズトーナメント。

 動くには絶好のタイミングだった。

 だから――


「大切な御方ですか。それは〈楽園の主〉の御息女と言うことでしょうか?」

「それを知って、如何なされるおつもりなのですか?」

「誤解をしないで頂きたいのですが、私はただ確認したいだけです。お恥ずかしながら、この件の報告が私のもとには届いておりません。そのため、行政上の手続きがどうなっているのかを確認する必要があります。恐らくは政府の不手際・・・だと思うのですが……」


 もう、遠慮をする理由はなかった。

 ロスヴァイセは人間を差別したりはしない。誰に対してでも平等に接し、平等に機会を与える。それが、ロスヴァイセが自分に課しているルールだからだ。

 だから、彼等にも選択の機会を与えることにしたのだ。

 そのために招き入れたと言うのに――


お嬢様のため・・・・・・です。どうか、ご協力頂けないでしょうか?」


 レミルのためだと強調する都知事に、呆れるロスヴァイセ。

 彼女の目的は分かっていた。楽園から言質を得ることで、日本政府に情報の公開を迫るつもりなのだろう。

 記者団を連れてきたのは、後から言い逃れが出来ないようにするためだ。

 認めなかったとしても、記者たちはここで見聞きしたことを記事にするはずだ。

 楽園のメイドとこのような会話をしたという事実があれば、それで満足なのだろう。


「そう、それがあなたたちの選択・・なのね」


 彼等が不安に思う気持ちは理解できる。

 だから正面から堂々と尋ねてくれるのであれば、その問いにロスヴァイセは答えるつもりでいたのだ。

 しかし、


「なにを……」

「先に、こちらも誤解を解いておきましょうか。日本政府を問い詰めるだけ無駄です。彼等の知っている程度の情報など、楽園わたしたちにとってはなんの価値もない。だから、その程度のことであれば、教えて差し上げてもよかったのです。このような手を使わずとも――」


 彼等は選択を間違えた。

 子供を駆け引きの道具にする相手を、ロスヴァイセは最も嫌う。

 

「本当に残念・・です」


 そう言って、眼鏡を外すロスヴァイセ。

 黄金の瞳が妖しい光を放った、その時だった。


「ロスヴァイセ。よせ――」


 部屋の空気がガラリと変わったのは――

 顔を青ざめ、膝をつく役人と記者たち。元Bランク探索者の風花も例外ではなかった。

 額からポタポタと汗がこぼれ落ちる。

 それでもグッと堪え、ゆっくりと声のした方へと視線を動かす風花。


「ま、まさか……」


 窓から差し込む陽の光を背に、黒い外套を羽織った人物が机に腰掛けていた。

 そこにいるだけで、こうべを垂れそうになる圧倒的なまでの存在感。

 ありえないと思いながらも、風花の頭に一人の人物が浮かぶ。


「ご主人様の前で頭が高いですよ」


 ロスヴァイセの凛とした声が通る。

 頭に直接響くような声を聞いた瞬間、風花は膝をつき、頭を下げていた。

 間違いないと、その場にいる誰もが確信する。

 楽園のメイドが主と崇める人物など、この世に一人しかいないからだ。

 目の前にいる人物こそ――


「ロスヴァイセ。よせと言ったはずだ」

「差し出がましい真似をして申し訳ありません」


 楽園の主であった。

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