第357話 はじまりの一歩
いま俺は官邸の一階にある記者会見室で、総理と一緒に記者会見に臨んでいた。
どうして、そんなことになっているのかって?
いろいろとあったのだ。
総理と交わした会話の一部を抜粋すると――
「陛下のお考えは理解しました。両国の友好のため、日本政府としても協力は惜しまないつもりです」
「それは助かる。ついては、もう一つ贈り物があるのだが――スカジ、例の物を」
「はい、主様。こちらをどうぞ、お納めください」
「……これは?」
「主様がお作りになった謹製のマジックバッグです。〈空間倉庫〉以外にも〈時間停止〉のスキルが付与されており、なかには楽園の料理や食材が収納されています。まずは食文化の交流からと言う話でしたので、ご用意させて頂きました」
「な、なんと……しかし、マジックバッグは二つあるようですが、もう一つの方は一体……」
「そっちに頼んだ料理を入れてくれ。そこにいれておけば、料理が冷めたり腐る心配もないからな」
「なるほど、そういうことでしたか。確かにお預かりします」
と、こんな感じで和やかに話が進んだのだが、午前中の騒ぎを聞きつけた記者たちが官邸に押し寄せているとの報せを受け、いっそのこと大々的に公表してしまおうという話の流れになった訳だ。
楽園と日本の異文化交流。
その第一弾として食文化の交流を図った訳だが、話には続きがあった。
それが――
「半年後に開催されるギルドマスターズトーナメントにおいて〈
半年後に開かれる予定の探索者のオリンピック。
そこに楽園も協力することになったのだ。
具体的には――
「それはエリシオンからも選手が参加されると言うことでしょうか?」
「いえ、今回は主に技術面でのご協力を仰ぐというカタチになります。大会の目玉となっているバトルアリーナですが、これまでの大会では観客の皆さんの安全を確保できないため、モニター越しの観戦のみとなっていました。そこで新たなアリーナの建設を進めていた訳ですが、より安全性を高めるため、エリシオンに技術協力をお願いした次第です」
技術協力を求められたと言う訳だ。
上手く考えたものだと思う。アリーナの件を丸く収めるために、こんな方法を思いついたのだろう。これならアリーナの仕様が変更されたことについて、深く突っ込まれる心配はないからだ。
正直、総理には感謝しかない。こちらのミスを上手く取り繕ってくれた訳だしな。
「なるほど……エリシオンは高度な魔法技術を有していると聞き及んでいます。もしかすると、噂に聞く空飛ぶクルマやゴーレムが日本でも見られる日が来るのでしょうか?」
「そこまでは、まだなんとも言えません。ですが日本とエリシオンとの間で、異文化交流を実施することになりました。どう言ったものにするかは協議中ですが、正式に決まり次第、皆様にご報告することになるかと思います」
総理の発表を聞き、会場にどよめきが走る。
この機会に日本の人々には、もっと楽園のことを知って欲しいと思っていた。
俺が言うのもなんだが、日本人は基本的に引き籠もり体質だと思っている。島国だからと言うのが理由にあるのだと思うが、一昔前は英語ですら満足に話せない日本人が多かった。
内向き志向とでも言うか、隣国のことすらよく知らないと言った人が大半だろう。
なのに月のことを言葉だけで理解してもらおうというのは無理がある。だから、今回のことは丁度良い機会だと思った訳だ。
いままでは〈トワイライト〉がそうした役割を担ってきたが、これからは国と国の交流も必要だと俺は考えていた。
俺が目指す理想の国。
王としてやりたいことを実現するには、相互理解が必要だと考えるからだ。
『マスターの目指される国ですか?』
そう言えば、アカシャにも話してなかったっけ?
ただの思いつきで具体的な構想がある訳ではないしな。
しかし漠然とではあるが、自分がなにをしたいのかが最近になって見えてきた。
俺は、自由な国を造りたい。
目標と言うには、漠然としすぎていると思う。
でも、生まれや種族など関係無く、誰もが自由にやりたいことが出来る国を造りたい。
それが、俺の目指す国の在り方だ。
『自由な国ですか。それは、もしかしてホムンクルス……彼女たちのためですか?』
それは、確かにあるかもしれない。だが、どちらかと言えば、俺の願望だと思う。
俺が理想とする錬金術師は、常識に囚われない自由な発想ができる錬金術師だ。
俺は自分が一番優れた錬金術師だとは思っていない。魔法薬や魔導具開発に携わる職人は、みんなそれぞれ得意な分野が違って独自の発想と考えを持っている。誰が優れているとか、どの魔導具が一番凄いとかはないと言うのが俺の考えだ。
そのためにも、伸び伸びと研究に没頭できる環境が必要だと考えていた。
『だから自由なのですね』
誰かに命じられて、決まったものを作るのなんて面白くないだろう?
一見すると使い道のない魔導具にも、思いもしない可能性が眠っているかもしれない。他人にはガラクタにしか見えないものでも、そこには製作者の願いが込められている。
俺だって、扱いの難しい魔導具ばかり作っているしな。
『自覚はあったのですね』
そう言った魔導具の方が作ってて楽しいんだよ。シオンにやった刀も、あれはシオンだから扱えるが、他の者が使おうとしても上手く使えないだろう。
サーシャの杖もそうだ。彼女のスキルがなければ、あの杖は真価を発揮しない。
誰もが扱えて一定の効果を生む魔導具は便利だが、それって魔導具である必要があるのかと考えてしまうのだ。
火をおこすならライターを使った方が早い。風を起こすなら扇風機やエアコンがある。水が飲みたいなら蛇口を捻ればいい。魔法は便利な力だが、それだけだ。同じことは科学でも出来る。
魔法にしか出来ないこと。
それは
『マスターのお考えは分かりました。ですが、皆が好き勝手したら国としては成り立たないと思いますけど』
そこはほら、あれだ。
自由には責任が伴うと言うことで、悪いことをしたら罰すれば良いだけの話だ。
細かくルールで縛ったところで悪さをする奴はいるんだから、その方がシンプルでいいだろう?
セレスティアなら神罰とか言って鉄拳制裁で解決しそうだし、難しく考えなくても、そう言うのでいいと思うんだよな。
そもそも、法律なんて小難しいことは分からないしな。
だからシンプルに悪いことをしたら天罰が下るくらいで良いと思っていた。
『他の国では難しいでしょうが、マスターの国なら上手くいくかもしれませんね。法律で裁くよりも、神罰の方が早いでしょうから。誰も逆らえませんし』
別に独裁者になるつもりはないぞ……。
君主制と言う時点で、そういう風に捉える人たちもいるとは思うけど、民主主義の悪いところもたくさん見ているしな。俺は一人に権力が集中する君主制が悪だとは考えていなかった。
まあ、その話は今は置いておくとして、俺は自分の考えを知ってもらうためにも、まずは楽園のことを日本の人たちに――いや、地球の人たちにもっと知って欲しいと考えていた。
将来的には月と地球を、もっと気軽に誰もが行き来できるようになればと考えている。そのための異文化交流だ。
『引き籠もりのマスターにしては、立派な考えだと思います。成長されましたね』
引き籠もりなのを否定するつもりはないけど、褒めるなら普通に褒めて欲しい。
とはいえ、アカシャの言うことも分かる。
俺には王として足りないものが、まだまだたくさんあると自覚しているからだ。
先代に追いつけたとも思っていない。
それでも一歩ずつ前に、彼女たちに恥じない主であり続けるために――
「では、陛下。よろしくお願いします」
総理に招かれ、壇上から見える光景を眺めながら――
「総理からの話で既に察しはついているかと思うが、俺が〈
たまには王様らしいことをしてみようかと思うのだった。
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