第351話 子供の成長

 ギルドマスターから相談を受けた後、一先ず探索者学校に戻ってきたのだが、


「先生、少し質問いいですか? どうしても分からないところがあって――」

「もう、先に声をかけたのは私よ! あ、あの……先生はレミルちゃんのお父さんなんですよね? エリシオンに興味があって、よかったら月の話をいろいろと聞かせて欲しいなって……」

「どうやったら、あんなに凄い魔法が使えるんですか?」

「先生のメイドにしてください!」


 工房に向かう途中で女生徒たちに取り囲まれていた。

 今日は日曜日だと言うのに制服を着て、勉強熱心なことだ。

 なんか妙なことを口走っているのが一人いたような気がしなくもないが……。


「主様にご迷惑をお掛けするなんて……」


 あ、またスカジの機嫌が悪くなってる。これはまずいかもしれない。


「みんな! 先生は泊まりがけの仕事で、とても疲れてるの! だから、質問があるのなら後日にしましょう! みんなも先生を困らせたい訳じゃないでしょ!? ね!」


 スカジを宥めようと思っていたら、朱理が生徒たちを止めに入った。

 別に疲れてはいないのだが、年頃の女の子たちの勢いに圧倒されていたので本音を言うと助かる。彼女たちが悪い訳ではないのだが、こんな風に質問攻めにあった経験がないので慣れていないんだよな。

 しかし、妙に力の入った説得だ。必死さが伝わって来る。


「どうする?」

「先生を困らせたら本末転倒じゃない?」

「嫌われたくないしね。それに、まだチャンス・・・・はあるよね」


 どうやら朱理の説得が利いたようで、道を塞いでいた生徒たちが離れて行く。

 しかし、


「でも、泊まりがけってどういうこと!?」

「そうよ! 一文字さん、あなたまさか――」

「サラッと抜け駆けなんて、ズルいわよ」


 今度は朱理が生徒たちに取り囲まれていた。

 状況がよく分からないが、友達との付き合いを邪魔するのは悪いと思い――


「待って――別に先生とは、そういう仲じゃ――だから話を聞いてえええええ!」


 朱理を置いて、その場を立ち去るのだった。



  ◆



「お帰りなさいませ、ご主人様・・・・

「お前、グリムゲルデだろ?」


 執事服を着た紳士に扮したグリムゲルデに出迎えられ、一目で正体を見抜く。


「さすがは我が主」

 

 変装を解くと麗人が現れる。

 中性的な顔立ちをした、まさに貴公子と言った見た目のメイドだ。

 しかしメイドと言ったが、執事服の方がグリムゲルデには似合ってるな。


「メイド服よりも、そっちの格好の方が似合ってるんじゃないか?」 

「主がお望みなら、そうしますが?」

「今更な気もするけど、メイドがいるのに執事がいないのは違和感があるしな。いっそ、執事服の似合うメイドを集めて新しい部署を作ってみるか」

「面白そうですね。それ、僕に任せてもらっても?」


 ただの思いつきだったのだが、ノリノリでグリムゲルデが話に乗ってくる。

 こういうノリの良いところは、グリムゲルデの長所だと思っていた。

 まあ、たまに悪ノリする時があるが……。

 俺のこの姿もグリムゲルデが悪ノリした結果だしな。

 評判は悪くないみたいだが、今更ながら少し目立ち過ぎな気もする。


「そうだな。じゃあ、人選はグリムゲルデに任せる」

「承りました。フフッ、さすがは主。面白いことを考えますね」


 朱理の家の執事さんを見て、そう言えばと思い出したのだ。

 執事が男でなければダメなんてルールはないから、我ながら名案のように思う。


「ところで、なんで今日は執事なんだ?」

「生徒たちの間で流行っているらしくて」

「……執事が?」

「はい。月を舞台にした漫画らしくて、ドラマ化も決まっているとか」


 グリムゲルデが差し出してきた漫画を手に取って確認してみる。

 少女漫画らしく、内容から察するに〈月の楽園エリシオン〉を題材にした作品のようだ。

 しかし、想像で書いているところが多いのか、かなり偏った内容になっていた。

 日本で生まれ育った少女が〈月の魔女〉に拾われてメイドになる物語みたいだが、そもそも楽園はメイドを募集していない。それに、この漫画に登場するような執事は楽園にいないしな。


「主様。ご不快でしたら、すぐに対処しますが?」

「いや、放って置いて別に構わない」


 スカジがなにを考えているのかは察せられるが、問題があるならレギルが対処しているだろうしな。

 少なくとも悪意は感じない。どちらかと言えば、楽園に対して好意的な内容に見える。こんな感じだったらいいなと言う作者の願望のようなものが、垣間見える作品だった。

 物凄く美化されて描かれている〈楽園の主〉が気になるけど……。

 ツッコミを入れたくなるが、少女漫画ならこんなものか。

 それはそうと――


「そうだ。グリムゲルデに頼みがあるんだが」

「主の頼みとあれば、どのようなことでも――」


 グリムゲルデに頼みたいことがあったので丁度良かった。

 これは彼女にしか頼めない仕事だしな。


「明日、俺の身代わりを頼む」



  ◆



 グリムゲルデに身代わりを頼んだのには理由がある。

 明日は総理との会談があるのだが、実は探索者学校ここに都知事がやってくるそうなのだ。

 都知事と言うのは、東京都の都知事のことだ。

 鉢合わせにならないようにとギルドマスターから教えてもらったのだが、そこで俺は察した。予定がかち合ってしまったのだと――

 ようするにダブルブッキングだ。

 こちらに話が来ていないと言うことは、都の役人がいい加減な仕事をしたのだろう。だから『総理の方を優先して欲しい。都知事の方は自分が責任を持って対応するから』と、ギルドマスターが気遣ってくれたのだと俺は察した。

 しかし、ギルドマスターには借りがある。役所のミスだろうと、それでギルドマスターが責任を負わされる事態は避けたい。それに都知事の方の用事も、大会の件ではないかと思うのだ。

 なにせ半年後に開かれる探索者の大会は、東京都で開催されるそうだしな。

 アリーナの件が都知事にも伝わったのだろう。

 そこでグリムゲルデに、俺の代役を務めてもらおうと考えた訳だ。


「僕が主の代役を……これは責任重大ですね」

「明日、ここに都知事が来る。総理との会談が早く終われば俺が対応するつもりだが、間に合わなければ相手の要望を聞いておいてくれ」


 空間転移を使えば、一瞬で学校ここと首相官邸を行き来することが出来る。

 だから、グムゲルデには俺に変装して時間を稼いでもらおうと考えていた。

 間に合わなかった時は仕方がない。

 その時はグリムゲルデに任せるしかないが、彼女には悪癖がある。


「承りました。どうか、僕にお任せください」


 悪ノリをし過ぎるという悪い癖が――

 そこが唯一の心配なのだが、ロスヴァイセもいることだし、たぶん大丈夫だろう。

 ロスヴァイセは子供の成長を妨げる行為を嫌うが、子供が絡まない限りは基本的に無害だ。社交的で人間が相手でも見下したりはしない。だから、理事長代理をレギルから任されている訳だしな。


「お父様! ただいまなのです!」


 グリムゲルデとの話を終えたところで、タイミング良くレミルの声が響く。

 工房の扉を開け放ち、その勢いのまま胸に飛び込んでくるレミル。

 ただいまって……ここは俺の家でも、お前の家でもないぞ?

 ロスヴァイセが用意してくれた学校の敷地内にある工房だ。

 まあ、日本に滞在中はここで寝泊まりするつもりではいるのだが――

 夕陽たちの特訓に付き合う約束もしたしな。


「……これは?」

「お父様のために作ったのです!」


 ドンッと、勢いよく目の前に置かれた巨大な重箱。

 正月のお節でよく見る三段重ねの重箱だ。それも特大サイズ。

 いまなんて言った? 作った? レミルが?


「レミルちゃん、頑張ったんですよ。ですから、どうか食べてあげてください」


 開け放たれた扉の陰から顔を覗かせる夕陽と明日葉。

 夕陽の話を半信半疑で聞きながら蓋を開けると、なかにはオニギリとオカズが敷き詰められていた。

 少しもおかしなところのない普通の弁当だ。

 これをレミルが作ったと言われても信じられないのだが――


「夕陽のお祖母さんに教わりながら、みんなで作ったんです」


 明日葉の話を聞いて、納得する。

 今日は素直に引き下がったなと思っていたら、これを作るためだったと言う訳か。


「でも、どうして急にこんな真似を?」

「急と言う訳でもなくて、実はこっそりと練習していたんです。レミルちゃんが毎週うちに通っていたのは、それが理由で……」


 思ってもいなかった話をされ、驚きに目を瞠る。

 ただ、ご馳走になっているだけだと思っていたからだ。


「お父様とスカ姉に食べてほしいのです!」

「……私もですか?」

「はいなのです! グリ姉も食べていいのですよ」

「フフッ、なら御相伴に与ろうかな」


 まだまだ子供だと思っていたのだが、俺が思っている以上にレミルは成長しているのかもしれない。

 見た目は普通の弁当だ。楽園の料理のような高級感はない。

 しかし、


「……美味い」


 普通に美味かった。

 どことなく懐かしいような――ほっとする家庭の味だ。

 夕陽のお祖母さんに料理を教わったと言うのは、どうやら本当らしい。


「こっちの唐揚げも食べてほしいのです」

「これもレミルが作ったのか?」

「みんなで作ったのです」


 みんなで、か。レミルらしい回答だと思う。

 実際、レミルはみんなで一緒になにかをするのが楽しいのだろう。

 本当に良い友達を持ったな。正直、羨ましいくらいだ。


「美味しい……レミルがこれを?」 

「楽園の料理とはおもむきが違うけど、良い味付けだね。スカジもウカウカしてられないんじゃない?」

「一言余計よ。私だって料理くらい――」


 最初はいつもの気まぐれかと思っていたのだが、学校に通わせて良かったと思う。

 そう言う意味で、ユミルの判断は間違っていなかったのだろう。

 あとは、もう少し親離れしてくれればな。

 そこは、これからの成長に期待と言ったところか。


「あれ?」

「主様、どうかされたのですか?」

「いや、なんか忘れているような……」


 なにかを忘れている気がするのだが、思い出せない。

 しかしまあ、思い出せないのならたいしたことではないだろうと考え、


「うん、これも美味いな」


 みんなと一緒に弁当をつまむのだった。



  ◆



「あ、逃げた!」

「一文字さん! まだ話が終わってないわよ!」

「先生とお泊まりって、どういうことなんですか!?」

「ああ、もう! どうして、こうなるのよおおおおお!」

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