第350話 天谷と天城

 突然だが、いま俺はアキバにあるギルドの直営施設に来ていた。

 ギルドの歴史について学んだり、VRを使ったダンジョン体験が出来る施設らしい。一般向けに手頃な価格で、魔法のアイテムの販売も行っているそうだ。

 たいした効果のあるものではないそうだが、土産物として需要があるのだとか。

 恐らくはギルドの活動を喧伝することで、探索者に興味を持ってもらうための施設なのだろう。


「総理との会談?」

「はい……急な話ですが、お願い出来ないかと」


 目的のものを手に入れたので、早速帰って戦利品の確認をしようかと思っていたのだが、外で待っていたギルドマスターに相談があると声をかけられ、ここに案内されたと言う訳だ。

 ちなみに朱理はお土産を買うとかで、土産物コーナーの方に行っている。

 スカジは無言で部屋の角に待機しているけど……。

 まあ、大人しくしているのなら放って置いても問題ないだろう。


「構わない。そのまま話を進めてくれ」

「え……本当によろしいのですか?」

「ああ、そろそろ連絡がある頃だと思っていたからな」


 相談があると言われ、大方アリーナの件だろうと察しが付いていた。

 朱理の祖父さんとは和解したが、アリーナの発注元は日本政府らしいしな。それに探索者の大会と言うことは、この件にはギルドも関わっているはずだ。だからギルドマスターも来ていたのだろう。

 大事な大会で使用する予定のものを勝手に仕様変更して造り変えてしまったのだから、政府とギルドにも詫びと説明が必要だと考えていた。だから、どのみち挨拶には行こうと思っていたのだ。


「やはり、すべてお見通しだったのですね」


 お見通しと言うか、迷惑を掛けているのはこっちだしな。

 人付き合いが苦手ではあるが、常識は弁えているつもりだ。

 楽園の代表として、恥ずかしい真似は出来ない。筋は通すべきだと考えていた。


「このような無理を言って信じては頂けないかもしれませんが、私は陛下の味方です。天谷の件ではご迷惑をおかけしたにも拘わらず格別の配慮を頂いたこと、いまでも深く感謝していますから」


 なんのことかは分からないが、そう言えばギルドマスターの名字が天谷だっけ?

 天谷と言うのは、どこかで聞いた覚えがあるんだよな。

 朱理の家みたいに、実家が会社経営していたりするのだろうか?

 ギルドマスターも良いところのお嬢様ぽい雰囲気が漂っているしな。


「気に病む必要はない。ギルドマスターがよくやってくれているのは理解している」

「陛下……その言葉だけで報われます」


 そう言って、深々と頭を下げるギルドマスター。

 感謝しているのはこっちの方なのだが、誠実な人だと思う。

 だから伝言を頼まれるくらい総理からも頼りにされてるんだろうな。

 やっぱり、何事も誠実さが大事だよな。俺も見習いたい。


「最後に一つ、陛下のお耳に入れておきたいことが――」



  ◆



「それじゃあ、明日はよろしくお願いします」


 そう言って退室する記者を、振り返ることなく背中で見送る女性。

 記者の名は、柏木。そして、白いスーツに身を包んだ女性は――


「よろしいのですか? 都知事。あんな男の言葉を信用して」


 東京都の都知事だった。

 名は天城あまぎ風花ふうか

 元Bランクの探索者で、天谷家の分家――天城家の長女だ。


「探索者学校の訪問は、元から予定されていたことでしょ?」

「その通りですが、あの男の話を信用されるのは如何なものかと……」


 楽園の主の娘が探索者学校に通っている。

 そんな情報を持ち込んできたのが先程の記者、柏木だった。

 正直、耳を疑うような話ではあるが――


「〈楽園の主〉がこの国を訪れているのは間違いないみたいよ。ギルドのサブマスターが態々ダンジョンまで足を運び、黒い外套の男とメイドを出迎えていたという目撃証言が上がってきているわ」


 探索者時代のツテを使って、既に風花は裏取りを行っていた。

 残念ながら探索者学校については、それらしい生徒がいるというくらいの情報しか得られなかったが、柏木の持って来た情報の信憑性は高いと考えていた。

 柏木との付き合いは五年以上になるが、こう言ったことで嘘を吐く男ではないと分かっているからだ。

 利用するつもりでいるのかもしれないが、それはお互い様だ。


「なら、尚のこと深入りしない方がよいのでは……」


 先程から風花に意見している初老の男性は、嘗てギルドの運営にも携わっていた経験を持つ都知事の特別秘書だ。だからこそ、ロシアの一件が真っ先に頭に浮かんだのだろう。

 ギルドの仕事に携わる者にとって、Sランクの訃報は信じがたいほどに衝撃的なニュースだったからだ。

 楽園の怒りを買えば、〈皇帝〉と同じ末路を辿りかねない。そう考えたのだろう。


「確かにリスクはあるわ。でも、チャンスでもあるのよ」


 しかし、これを風花はチャンスだと捉えていた。

 楽園については分からないことが多い。だからこそ多くの人たちが疑問を持ち、不安に思っている。好意的な意見もなかにはあるが、楽園の対応を不満に思っている人々がいるのも事実だ。

 そして、一番の問題は政府が情報を伏せていることにあると風花は考えていた。

 だから天谷は探索支援庁の解体に乗じ、政府の一新を図ろうとした。

 いまの政府では、楽園の傀儡になりかねないと危惧する声もあったからだ。

 風花が探索者を辞めて都知事に立候補したのも、天谷からの要請を受けてのことだった。

 Bランクの探索者。それも探索支援庁の被害者・・・と言うことで、御輿に担ぎ上げるには都合が良かったのだろう。

 天谷の全面的なバックアップ受けた風花は選挙を制し、都知事に就任した。

 そして、志を共にする議員たちと新党を結成。これからと言うところで、あの事件が起きた。

 天谷家の当主が突然、世代交代。

 夜見が当主となり、天谷グループの実権を握ったのだ。


『あれが天谷のお嬢様だ。まさに神童と呼ばれるに相応しい天才。将来この国を背負って立つ御方だ』


 いまから二十数年前、まだ風花が高校生の頃。天谷の本家に招かれた父が嬉しそうに口にしていた言葉が、風花の頭を過る。

 幼い頃の夜見は『天谷の神童』と呼ばれるほど、将来を有望視される才覚の持ち主だった。

 その証拠に十六歳でギルドに登録すると、僅か四年でAランクの探索者にまで登り詰め、二十歳でクランを設立。天谷の力に頼らず自らの才覚だけで、国内最大手のクランへと成長させてしまった。

 個の力だけでなく組織を率いる力があることも示して見せたのだ。

 誰もが認める結果を残した夜見に、期待を寄せる声は日に日に大きくなっていった。次の当主は夜見で決まりだと、天谷の――この国の未来は安泰だと誰もが口を揃えて言った。

 だから父が言っていたように、彼女がこの国を良い方向に導いてくれると風花も信じていたのだ。

 なのに――


「不公平でしょ?」


 夜見は天谷を裏切った。

 実の父親を引き摺り下ろして当主の座に就くと、天谷を――〈トワイライト〉に売ったのだ。

 皆の期待を背負いながら楽園のいぬに成り下がった夜見が、風花は許せなかった。

 それに――


「楽園の主? 黄昏の錬金術師? 顔も、名前も隠している相手と、対等に付き合っていけるはずもないでしょ」


 秘密主義の相手と対等な関係など構築できるはずもない。

 なのに、いまの政府は及び腰だ。楽園に配慮しすぎていると言うのが、風花の考えだった。

 アメリカとの関係も理由にあるのだろうが、ダンジョンの出現によって世界の情勢は大きく変化している。いまや国連は形骸化し、自国にダンジョンを有するダンジョン加盟国が世界の新たな秩序ルールとなっているのが実情だ。

 日本もそのダンジョン加盟国の一つだ。対等な立場にある以上、アメリカに遠慮をする必要はない。そうした政府の弱腰な対応が探索支援庁の暴走を招き、他国に付け入る隙を与えてしまったのだと、風花は考えていた。

 だから――


「この国は変わらなければいけないのよ」


 国民の目を覚まさせ、この国を変える必要がある。

 それが、自分に課された使命だと天城風花は語るのであった。

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