第349話 青の原典
「お祖父様」
「マイスター」
「……すまんかった」
真耶だけでなく孫娘にまで詰め寄られ、観念した様子で頭を下げる鉄雄。
楽園の主に〈
しかし、
「じゃが、〈
馬の前に人参をぶら下げるようなものだ、と鉄雄は反論する。
実際、〈
しかし、
「まだ反省が足りないみたいだね。真耶さん」
「はい、朱理様。お土産にと頂いたお酒は、こちらで預からせて頂きますね」
「ぬあああああ! 後生じゃ、それだけは――」
昼餐会の後、〈楽園の主〉から譲って貰った〈
鉄雄の所為で、その後の会談も終始〈楽園〉のペースで、交渉と呼べるものではなかったからだ。完全に〈楽園の主〉の手のひらで踊らされたと言うのが、真耶の感想だった。
これなら代表抜きで交渉した方がマシだったと思っているくらいだ。
「真耶さん、大丈夫そう? お祖父ちゃんの所為だし、私に出来ることなら力を貸すけど……」
「ご心配には及びません。〈迦具土〉に保管されている魔導具の多くはマイスターが私財を投じて蒐集されたものですので、すべて楽園に譲渡したとしても問題ありませんから」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
まさに酒で身を滅ぼすとは、このことだった。
酒だけでなくコレクションまで失ってなるものかと、食い下がる鉄雄に――
「お祖父様、今回のことで反省したらお酒も程々にね」
孫娘の一言が突き刺さるのだった。
◆
なんとも太っ腹な話だった。
「ここにあるもの全部好きなだけ持って行っていいとか、朱理の祖父さん太っ腹すぎだろう……」
エルフ秘書さんから倉庫に仕舞ってあるものは、なんでも好きなだけ持って行っていいと言われたのだ。たぶん、ここにあるものは会社の不動在庫なのだろうが、それでも太っ腹な話だ。
しかし、魔導具が多いな。所狭しと、かなりの数の魔導具が置かれている。
魔導具は一般向けじゃないものも多いしな。 なかには危険なものもあるし、商売に向かないものがここには保管されているのだろう。なら、遠慮なく有効活用させてもらうとしよう。
壊れていれば修理すれば良いだけだし、扱いの難しい魔導具でもようは使い方次第だ。埋もれさせるのではなく、なにかしらの使い道を考えて日の目を見せてやるのも錬金術師の務めだと考えていた。
おっと、脱線するところだった。まずは目的のものを探さないと――
「おお! これだ!」
倉庫の奥に隠すように積まれたダンボールの箱を見つける。
そのなかに、お目当ての品があった。
古いアニメの円盤に漫画だ。まさに俺が探していたお宝の山だ。
童心に返った気分で、手に取って中身を確認していく。
「懐かしいな。こっちの漫画は学生時代に読んだ奴だ」
いまから四十年以上も前の作品を見つけて興奮が隠せない。なにせ俺が中学生くらいの頃に読んだファンタジーものの漫画だ。地球にダンジョンが現れたと言う設定の漫画で、ヒロインのメイドさんがまた可愛いんだ。
この頃は異世界ものの小説や漫画が流行っていた全盛期だしな。事実は小説よりも奇なりと言うが、まさかこの漫画を書いた作者も自分の想像が現実になるとは思ってもいなかっただろう。
「異世界物やダンジョンに関連したものが多いな」
少しジャンルに偏りがある気がするが、この時代の作品は貴重だ。
手に入ると思っていなかっただけに嬉しくなり、遠慮無く片っ端から〈黄金の蔵〉へと仕舞っていく。
朱理の祖父さんには感謝しないといけないな。
お土産に〈世界樹の酒〉を渡したが、あれでも感謝が足りないくらいだ。
『マスター。近くに〈
ダンボールを仕舞い終えたところで、アカシャがサラリと驚くことを言ってきた。
魔導具がたくさん保管してあるとは思ったが、まさか――
「
カドゥケウスを手に持ち、倉庫の中を隅々まで〈解析〉する。
すると、アカシャの言うとおり〈
解析系のスキルを使っても〈
だから〈解析〉を使用して〈
「この箱か」
棚に置かれた古い宝石箱を空けると、なかには青い宝石が嵌まったブローチが入っていた。
解析結果はエラーを表示しているが、薄らと名前だけは確認できる。
「〈
どうやら本当に〈
しかし、クロノスとウラノスに次いでポントスって……。
確か原初の神の一柱で、海を神格化した神様の名前だっけ?
この感じだと、タルタロスとかも出て来そうだな。
「これも貰っておくか」
恐らく用途がよく分からず、ここに仕舞われていたのだろう。
誰にでも扱えるものじゃないしな。俺が貰っておいても問題ないだろう。
どんな能力を秘めているのかはまだ分からないが、思わぬ収穫に自然と笑みが溢れるのだった。
◆
「……見事に倉庫の中は空ね」
恐らく探していた魔導具を特定されないために、すべて回収したのだろうと真耶は察する。
もっとも、すべて楽園に譲渡すると言ったのは真耶で、渋々ではあるが鉄雄も了承したことだ。損失がゼロと言う訳ではないが、この程度で丸く収まるのであれば悪いことではなかった。むしろ、上々の成果と言える。
出来ることなら〈楽園の主〉がなにを探していたのかを確認したかったが、
「好奇心は猫を殺すとも言うし、これ以上の深入りはダメね」
深入りして〈楽園の主〉の怒りを買えば、ここまでの苦労がご破算だ。
ここが引き際だと――
「ぬああああああッ!」
真耶が考えていた、その時だった。
坂元の大きな声が耳元で響いたのは――
「突然どうしたのよ……」
「どうしたもなにも――ここにあったものは!?」
「全部、楽園に譲渡したわよ?」
「な……そんな、俺のコレクションが……」
「コレクション?」
床に四つん這いになって項垂れる坂元を見て、状況を察する真耶。
「あなた、またクランの倉庫を
「ち、違うんだ! 一時的に荷物を預けていただけで――」
「どうせまた、奥様に内緒で研究資料だとか言って、漫画やアニメを買い漁ったのでしょ?」
「各国の蒐集家が取り合うほどの貴重な資料なんだぞ!? ダンジョンが出現して間もない黎明期にはギルドも参考にしたくらいで、ダンジョンやモンスターの生態について学ぶ重要な資料としてだな」
「はいはい。マイスターといい、どうしてうちのクランはこういうバカばかりなのかしら……」
坂元のオタク趣味に呆れる真耶。いや、坂元に限ったことではなかった。
大なり小なり〈迦具土〉のメンバーは、特殊な趣味を持ったオタクが多い。
代表からしてそうなのだから、類は友を呼ぶと言う奴なのだろう。
とはいえ、
「諦めなさい。そもそも、今回の件はあなたにも責任の一端があるのだから」
坂元の私物を返してくださいと言えるはずもない。
アリーナの責任を追及されては、坂元も諦めるしかないのであった。
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