第348話 昼餐会(後編)
テーブルに色とりどりの料理が並べられていく。
見慣れない料理が多く、嫌な予感がして真耶は一つ隣の席に座る夜見に尋ねる。
「夜見さん。これはもしかして……」
「間違いない。楽園の料理だね……」
夜見は一度だけ〈トワイライト〉のレストランで食事をしたことがあった。
楽園で栽培された野菜や果物。モンスターの素材を使った楽園の料理。
一度口にしたことがあるからこそ、一目で楽園の料理だと分かったのだろう。
魔力の漂う料理など、他に考えられないからだ。
それに――
「あの肉は一体……」
メイドたちが切り分けている巨大な肉の塊からは、信じられないほど大きな魔力が漂っていた。
モンスターの肉としか思えないが、モンスターは倒せば消えると言うのがダンジョンの常識だ。
素材として身体の一部がドロップすることはあるが、これまで肉がドロップしたなんて話は聞いたことがない。食べられるものと言えば、薬の材料にも使われる素材くらいであった。
「少し尋ねたいんだけど……この肉は一体……」
「魔物の肉です。こちらは亜竜の肉を使った黄金ソース添えになります」
「魔物……竜!?」
目の前まで運ばれてきた料理について夜見が尋ねると、メイドから常識を疑う答えが返ってくる。亜竜の肉と聞いて、思わず驚きの声を上げる夜見。モンスターの肉だと言うだけでも驚きなのに、ドラゴンのステーキだと言われたら思わず叫んでしまうのも無理はなかった。
ドラゴンと言えば、ベヒモスに次ぐ力を持ったモンスターだ。亜竜と言うことはドラゴンとは違うのだろうが、下層に出現するドラゴンもどきのオオトカゲでさえ、Bランクの探索者パーティーがギリギリ倒せるかどうかと言ったレベルの怪物だった。
Aランクでもソロでの討伐にはリスクのある相手だ。本物のドラゴンともなればダンジョンの深層にしか生息しておらず、深層まで辿り着ける探索者ですら戦いを避けるほどの強力なモンスターであった。
しかし、亜竜とはいえドラゴンの肉なら料理から漂う魔力の大きさにも納得が行く。
(美味いなんてものじゃない……なんだい。これは……)
複雑に絡み合ったソースの濃厚な味わいに、口一杯に広がる肉の旨味があわさって意識が飛びそうになる。美食と評価される高級料理をたくさん口にしてきた夜見でさえ、驚きを隠せない味だ。
いや、もはや驚きを通り越して、一度でも口にすると他の料理で満足できなくなるのではないかと思えるほどの麻薬的な味わいだった。
「美味い! 美味すぎるぞ――なんじゃ、この料理は!?」
年寄りとは思えない勢いでバクバクと料理を口に運ぶ鉄雄を見て、夜見は呆れながらも目の前の皿が空になっていることに気付く。
(アタシも他人のことをバカにできないね。これは……)
いつ料理がなくなったのかも分からない。
それほど、食事に集中していたと言うことだ。
まさに至高の料理――神の晩餐と呼ぶに相応しい楽園の料理だった。
「気に入ってもらえたようだな」
「……はい。とても貴重な体験をさせて頂きました」
できるだけ冷静に表情を取り繕いながら、夜見は〈楽園の主〉の言葉に答える。
動揺を隠し切れてはいないが、こうして理性を保つだけで精一杯だった。
それだけに考える。
(完全に楽園のペースだね……。最初から全部、〈楽園の主〉の手のひらで踊らされている気分だよ)
すべて〈楽園の主〉の計略なのではないかと――
そして、その可能性は高いと考えていた。
昼餐会を催すことで、この後の会談を自分たちのペースに持っていくのが狙いなのだろう。
実際これだけの料理を口にした後では、まともに頭が働くかも怪しい。
少なくとも鉄雄は役に立ちそうにないと言うのが、夜見の考えだった。
(真耶はさすがだね)
ゆっくりと一定のペースで料理を口に運ぶ真耶を見て、さすがは暁月の次期当主候補だと評価する。
物音一つ立てない完璧な作法。幼い頃から厳しく躾けられてきた真耶だからこそ、この状況でも落ち着いて食事が出来ているのだろう。
そう思っていたのだが、
「夜見さん……」
「どうかしたのかい?」
「もう、無理かもしれません……」
そう言ってテーブルの上にあるパンに手を伸ばすと、マナーなど知ったことかと言った勢いで料理を口に運び始める真耶。既に限界に達していたのだろう。
夜見は一度、楽園の料理を口にしていから耐性があった。しかし真耶は暁月の家をでてから贅沢を控えており、まだ〈トワイライト〉の空中レストランに行ったことがなかったのだ。
そもそも京都の家でも贅沢などしたことはない。
一汁三菜と言った和食が中心の献立が、昔から暁月家では基本だからだ。
とはいえ、さすがに鉄雄ほど無作法と言う訳ではない。育ちの違いがでていた。
「余程、腹が減っていたみたいだな。お代わりもあるから遠慮しないでくれ。スカジ」
「はい、主様。すぐに追加の料理をお持ちします」
畳み掛けるように追加の料理が運ばれてくる。
そして――
「まさか、それは!」
鉄雄の声がアリーナに響く。
メイドたちが運ぶ銀色のトローリーのなかに、料理に交じって琥珀色の液体が入った瓶が目に入ったからだ。
実は政府からアリーナの建設の仕事を請け負うにあたって、鉄雄はクランの報酬とは別に個人的な贈り物を受け取っていた。頑なに首を縦に振らない鉄雄に仕事を請けさせるために、政府が用意した追加の報酬。それが〈
だからこそ、一目で分かったのだろう。
「スカジ……」
「申し訳ありません。アルコールは省いたつもりだったのですが、どうやら運び込んだ料理のなかに混じっていたようです」
「た、頼む! その酒を飲ませてくれんか!?」
「マイスター!?」
「どうしても、あの味が忘れられんのじゃ! 後生だから頼む!」
止めようとするも、鉄雄の勢いに気圧される真耶。
「まあ、少しならいいか。そこまで言うなら……スカジ」
「畏まりました。折角ですから
「あ、朱理はダメだぞ? 未成年だからな」
「わかってますよ……」
冗談を言う余裕を見せる〈楽園の主〉を見て、真耶は自分の失態に気付く。
偶然などではない。料理にばかり目を奪われていたが、最初からこれが狙いだったのだと気付かされたからだ。
だとすれば――
(総理に〈
楽園の主には、未来が視えているのかもしれないと真耶は考える。
ギルドの代表理事のように――そう考えれば、これまでのことにも合点が行く。
なら、いま自分が考えていることすら〈楽園の主〉には見抜かれているのかもしれない。
そう考えた真耶は――
「……陛下。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「アリーナの件です。修復にアダマンタイトを使用されたのは、なにかお考えがあってのことだと思いますが、陛下のお考えをお聞かせ願えないでしょうか?」
思い切って、〈楽園の主〉の考えを尋ねる。
幾らなんでも直球過ぎると自分でも思うが、本当に〈楽園の主〉が未来すら見通す力を持っているのだとすれば、この質問すら予見した答えが返って来るはずだと考えたからだ。
「その件はレギルに一任してある」
「レギル? それは、もしかして〈トワイライト〉の会長ですか?」
「そうだ。
楽園の主の返答を聞き、間違いないと真耶は確信する。
アリーナを譲渡する考えでいることを〈楽園の主〉は察していたのだと――
だから期待するなと釘を刺してきた。〈トワイライト〉に交渉を委ねると言うことは、最初から〈楽園の主〉は交渉に応じるつもりはなかったのだろう。
(待って? なら、どうして会談の要請を受けたの? トワイライトに交渉を丸投げするつもりなら、自ら足を運ぶ理由はなかったはず……)
違う。それだけではないと言葉の裏に隠された意味を真耶は考える。
会談を受けた理由。それは――
「陛下の目的を……なにを求めておられるのかを教えて頂けないでしょうか?」
別の対価を提示しろ暗喩されているのだと、真耶は捉えた。
やはり〈楽園の主〉には、他に目的があるのだと。
そのために朱理を利用し、〈迦具土〉のアリーナに目を付けた。だとすれば、〈楽園の主〉が欲しているものは、〈迦具土〉でなければ手に入らないものと言うことになる。
「なんでも〈迦具土〉の代表は、この世界では知らない者がいないほどの権威らしいじゃないか」
「……陛下ほどではありません」
「謙遜するな。それに俺が探しているのは
「古いもの……ですか?」
ダンジョンの遺跡で稀に発見されることのある魔導具。現代の技術では再現が不可能とされる魔導具を〈
迦具土にも研究用に多くの〈
しかし不遇とされる転移のスキルですら、あれほど完璧に使いこなして見せた〈楽園の主〉だ。自分たちには使い方すらよく分からないような魔導具でも〈楽園の主〉であれば、使いこなすことが出来るのでは?
そう考えた真耶は、探りを入れるように〈楽園の主〉の話に相槌を打ち、
「確かにクランの倉庫に保管されていますが……」
「やはり、そうか。それを見てもらっても構わないか?」
間違いないと確信を得るのだった。
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