第347話 昼餐会(前編)
昼から〈迦具土〉のビルで朱理のお祖父さんと約束があることから、いま俺たちは秋葉原に来ていた。
と言っても、また車で移動したら昨日みたいなことになるからな。
そこで――
「ここは……アリーナ?」
空間転移の〈
東京は人が多いし、街中に転移すると注目を集めてしまうからな。
目立たないようにと昨日のアリーナを転移先に選んだと言う訳だ。
無事に成功したみたいで、ほっとする。
「転移を体験するのは、はじめてか?」
「は、はい。これって
朱理が戸惑っているようなので尋ねてみると、やはり初体験だったようだ。
確かに珍しいスキルではあるが、ユニークスキルと言う訳ではないしな。
それに便利なスキルであることは間違いないのだが、使い勝手が悪い。移動距離や人数に応じて必要とする魔力量が指数関数的に増えていくので、とにかく燃費が悪いのだ。
俺の〈空間転移〉は副会長のスキルを参考に改良を加えたものだが、それでも結構な量の魔力を要求される。そのため〈時空間転移〉をベースに新たな転移魔法を研究しているのだが、それもまだ未完成だ。
だから――
「主様。どうやら迎えが来たようです」
今回はスカジと朱理しか連れてきていなかった。
ちなみにレミルはと言うと、夕陽に誘われて一緒に買い物に行くと言っていた。
ごねられるかと思って覚悟していたのだが、夕陽が説得してくれたらしい。どうやったのかは知らないが、あのレミルに言うことを聞かせられるのだから、たいしたものだと思う。
実際、スカジが感心していたくらいだしな。
「朱理様!」
「真耶さん」
迎えというのは昨日、執事と一緒に尋ねてきた女の人だったようだ。
確か〈暁月〉を名乗っていたんだよな。ようするに親父の親戚だ。
とはいえ、暁月と呼ぶのも自分の名前を口にするみたいで違和感がある。
秘書ぽい格好をしているし耳が尖っていることから、エルフ秘書さんでいいだろう。
あれ? 一人だけじゃないみたいだ。見覚えのある顔が――
「陛下――」
ギルドマスターも一緒だった。
俺の顔を見るなり駆け足で近寄ってきて、片膝を突くギルドマスター。
それに倣って、エルフ秘書さんも膝をついて頭を垂れる。
見慣れた光景だ。
最初の内は少し戸惑ったが、最近はちょっと慣れてきている自分がいた。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。まさか、こちらへお越しになるとは思ってもいなかったので――」
「昨日のように目立つのは避けたかったから転移を使っただけだ。こっちこそ、勝手に入って悪かったな」
「いえ――そのようなことはッ! ですが、そう言うことでしたか。ご配慮、感謝します」
朱理と違って呑み込みが早い。
ギルドマスターともなれば、転移くらいでは驚かないのだろう。
珍しいスキルではあるが、ユニークスキルと言う訳でもないしな。
ギルドにも転移系のスキルを持った探索者がいるのだろう。
「そう言うことでしたら会談はこちらで行った方がよろしいかもしれませんね」
クランのビルは人の出入りが多いことから、どうしても目立つのを避けられないとのことでエルフ秘書さんの提案で会場を変更し、
◆
「とんでもないね。転移まで使えるなんて……」
驚きと戸惑いを隠せない様子で、溜め息を漏らす夜見。
空間転移は稀少スキルに数えられはするものの、それなりに数が確認されているスキルだ。日本国内にも三百人程度は転移系のスキルを使える探索者が登録されている。しかし、その大半はCにも満たないDランク止まりで、まともにスキルを使える探索者はいなかった。
原因はイメージの難しさと魔力量だ。
転移を使用する上で最も重要となるのが、転移先のイメージだ。
転移先のイメージを完璧に行えなければ、違う場所へと転移してしまう。更に言えば、転移の成功率を上げるにはイメージだけでなく空間認識と座標の計算が必要となるのだが、計算を誤れば地面や水の中に転移すると言った悲惨な事故を招くことになる。
実際、こうした事故による死亡例がギルドには報告されていた。
そして、これが転移が不遇なスキルとされる最大の理由なのだが、魔力量が絶対的に足りないのだ。
EやDランク程度の魔力量ではスキルを発動することすら困難で、Cランクでも転移可能な距離は一キロに満たない。魔力量に恵まれた高ランクの探索者でさえ、目視できる範囲を転移するのがやっとと言うのが実情だった。
余りの使い勝手の悪さに、不遇なスキルの一つとして数えられているのが転移だ。
それを〈楽園の主〉は完璧に使いこなしていた。
人間の魔力量では、ほぼ使いこなすことは不可能とされる〈空間転移〉をだ。
「昨日のマンションから転移してきたのだとすれば、直線距離で凡そ十キロと言ったところですか。Aランクの探索者であれば、不可能な距離ではありませんが……」
「確実に魔力切れを起こすね。だけど〈楽園の主〉は少しも消耗している様子がなかった」
まったく底が見えないと、真耶と夜見は話す。
そもそも魔力を消耗しているのかすら判断が付かなかった。
一般人だと言われても気付かないほど、完璧に魔力を抑え込んでいるからだ。
それだけで〈楽園の主〉が規格外の存在だと分かる。
魔力をゼロにまで抑え込むような芸当は、夜見にすら不可能なことだからだ。
「私はマイスターをお呼びしてきますので、ここはお任せしてもよろしいですか?」
「本当は遠慮したいところだけど、仕方ないね……。他の連中に任せたら、また面倒事が増えそうだし。ただし、やり方はアタシに任せてもらうよ」
事の経緯を真耶から聞いているだけに、〈迦具土〉のクランメンバーに任せるのはまずいと考えたのだろう。
面倒臭そうな表情を見せながらも、夜見は真耶の頼みを引き受けるのだった。
◆
「スカジ……ここまでしなくても……」
「いえ、これでも足りないくらいです。楽園の威信を示す必要がありますから」
アリーナの中央で、テキパキと
彼女たちはスカジの配下、〈狩人〉のメイドたちだ。
ギルドマスターが貴賓室に案内してくれようとしたのだが、スカジが「ここをお借りしても構いませんか?」と言って許可を貰うと、メイドたちが現れて
そろそろ昼食の時間だからと言うことみたいだが、ここまで本格的なものを用意するとは思ってもいなかった。
好きにやっていいとのことだったので、メイドたちも張り切ったのだろう。
「二人も、こっちに座ったらどうだ?」
「い、いえ、私たちは――」
「ご遠慮なさらず。それとも、主様の誘いをお断りになるのですか?」
メイドたちの働きぶりを遠巻きに眺めていたので声をかけたのだが、遠慮しようとするギルドマスターを強引に席へと案内するスカジ。それを見ていた朱理も、その後に続くように席に着く。
三十人くらいが一度に食事ができる大きなテーブルだ。
シミ一つない真っ白なテーブルクロスの上には花瓶が置かれ、〈庭園〉が育てたダンジョンの草花が生けられていた。
そこに手慣れた様子で、食器が並べられていく。
突然の催しにも関わらず、料理の用意も万全のようだ。さすがは楽園のメイドと言ったところだろう。
しかし、どうにもギルドマスターの様子がおかしい。
「もしかして体調が悪いのか?」
「い、いえ、そのようなことは――」
顔色が悪いから心配したのだが、そう言う訳はないようだ。
ギルドマスターは仕事が多忙そうだから、疲れが溜まっているのかもしれないな。
それなら――
「俺と同じ飲み物を二人にも――」
「畏まりました」
頼んだのは〈庭園〉が栽培したハーブと〈世界樹の実〉から作ったフルーツティーだ。疲労回復の効果がある楽園のオリジナルティーで、イズンが昔よく入れてくれたんだよな。
果実酒をだしても良いのだが、朱理は未成年だし、まだ昼間だ。
これから会談を控えていることを考えると、アルコールは控えた方がいいだろう。
「この香り……まさか、これは……」
「先生が勧めてくる飲み物なんだから、こうなるのは当然よね……」
そうこうしていると、入場口の方に人影が見える。
エルフ秘書さんが朱理のお祖父さんを連れて戻ってきたようだ。
隣にいる老人が、朱理のお祖父さんぽいな。
昼餐会の準備が終わったようでメイドたちが左右に並び、二人を出迎える。
「会談の前に
朱理のお祖父さんとは仲良くしたいし、アリーナの詫びもある。
折角の機会だからと考え、エルフ秘書さんとお祖父さんを食事に誘うのだった。
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