第344話 黄昏の薬神
友達の家にお泊まりと言えば、定番とも言える行事。
まだ寝るには少し早い時間だが、夕陽の部屋で秘密の相談をする少女たちの姿があった。
「暁月って、そんなに凄い家だったんだ」
「黙って話を聞いていたから分かっているものだとばかりに思っていたわ……」
「朱理の知り合いみたいだから、暁月グループのお嬢様なのかなって……」
「間違いではないけどね」
暁月百貨店は有名なだけに、明日葉も暁月の名は知っていたのだろう。
二百年の歴史を持つ老舗で主に関西を中心に事業を展開していて、『ゆりかごから墓場』までを
暁月の資金源と呼べる企業――表の顔でもあった。
「夕陽は知っていたの?」
「裏のこととかは分からないけど、朱理が信用している人なら大丈夫かなって。それに協力者を増やした方がいいって話には賛成したしね。犠牲者を増やさないためにも……」
「それ、前から言ってるよね。楽園のメイドさんって、そんなに怖いの?」
楽園の話は噂程度には知っていても、実際に自分の目で見たり体験したことがある訳ではないので明日葉にはピンと来ないのだろう。
朱理にしても実際のところよく分かっている訳ではなかった。
ただ直感として、楽園を敵に回すのは危険だと感じているだけだ。
そんな二人を見て、丁度良い機会だからと自分が体験したことを夕陽は語る。
「
「勿論、アタシの携帯もACIのだしね。それに探索者学校の生徒なら、
ACIと言うのは〈Amagai Communications Inc.〉の略で、携帯電話事業を展開する天谷グループの企業のことだ。
主に通信やITに強い企業で携帯電話事業の他にも、プロバイダーなどのインターネット関連サービスやAIの開発に力を注ぎ、世界規模で事業を展開するグローバル企業だった。
そんな巨大企業が――
「なら〈トワイライト〉と事業提携をした話は知ってるよね?」
最近になって〈トワイライト〉と事業提携し、携帯電話事業で新たなサービスを計画していると発表したのだ。
「勿論。発表された時には、大きなニュースになってたよね」
明日葉も当然そのニュースについては知っていた。
学校でも話題になっていたからだ。
しかし、そうなるに至った経緯は知られていなかった。
「まさか、その件に……」
朱理もニュースを見て驚きはしたが、トワイライトが本格的に日本の市場に参入するため、天谷グループと手を組むことにしたのだと、そのくらいにしか考えていなかったのだ。
だが、それだけなら夕陽が話題にだすはずもない。
この件には、表沙汰にはなっていない裏の事情があるのだろう。
そのことから、
「どちらから仕掛けたの?」
楽園と天谷の間で一悶着があったのだと察する。
その結果、天谷が楽園の計画に組み込まれたのだとすれば、これまで接点のなかった〈トワイライト〉と天谷グループが突然、事業提携を発表したことにも説明が付くからだ。
しかし事の経緯よりも、どちらの方から仕掛けたのかが重要だと考えていた。
天谷から仕掛けたのであれば自業自得と言えるが、逆なら天谷だけの問題では済まないからだ。
「天谷の方。霊薬の出所を探ろうとして、実はその件には私も関わってて……」
「霊薬? それって市場を賑わせた、あれのこと?」
死んでいなければ、どんな傷でも治療できる魔法の薬――それが霊薬だ。
この薬を使えば、失った手足すら元通りに快復することが出来る。しかし、ダンジョンの遺跡で発見されたものが僅かに取り引きされるくらいで、どれだけお金を積んでも手に入らない稀少なものとして扱われていた。
それが一年ほど前から定期的にギルドのオークションに出品されるようになり、ある薬師の存在が浮上したのだ。
切っ掛けは、二年半前に発生したスタンピードだった。
ギルドに無償で提供された回復薬に大勢の探索者たちが命を救われたのだが、感謝を伝えようにも回復薬の製作者が分からず、唯一分かったことはその薬がすべて〈トワイライト〉を経由してギルドに納品されていると言う事実だけだった。
そこで敬意を込めて命を救われた探索者たちが、〈黄昏の薬神〉と呼ぶようになったのがはじまりだと言われてる。
「〈黄昏の薬神〉が霊薬の製作者だと噂されてたけど……夕陽、あなたまさか」
「まあ、うん……自分から、そう名乗ったことはないんだけどね」
夕陽が〈黄昏の薬神〉の正体なのだと朱理は察する。
しかし、言われて見れば納得の行く話だった。
黄昏の錬金術師の弟子なら、霊薬を調合できるのも説明が付くからだ。
「ごめんね、黙ってて。でも、パーティーを組むなら話しておいた方がいいかなって」
「今更このくらいで驚いたりはしないけど……もう、秘密にしていることはないわよね?」
「たぶん……ないと思う」
「自覚がないと言うことね……」
夕陽の自覚のなさに呆れる朱理。
とはいえ、特殊な環境で育ったために世間と常識がずれるのはよくあることだ。
苦労はしそうだが、そこは自分たちでサポートしていけばいいと考える。
それよりも気になるのが――
「霊薬が稀少なのは分かるけど、どうしてそんな無茶を……」
天谷が霊薬の製作者を探ろうとした理由は察しが付く。
黄昏の薬神の正体を掴むことが出来れば、霊薬の安定した供給が可能になるかもしれない。レシピを手に入れることが叶わずとも、薬師と直接取り引きができるだけで大きなアドバンテージとなる。
しかし、それ以上にリスクが大きい。〈トワイライト〉が秘密にしていることを探ると言うことは、楽園を敵を回すと言うことでもあるからだ。
「よく分からないんだよね。レギル様から余計な心配はしなくていいって言われて普通に学校に通ってたら、あの発表があって……。なにかやったことだけは分かるんだけど、詳細を聞くのが怖くて聞けてないから……」
夕陽の話にそれは仕方がないと、朱理は納得した様子で頷く。
しかし、
「それって怖がるようなこと? むしろ助かったんじゃ?」
明日葉は疑問を呈する。
むしろ、楽園のメイドのお陰で助かったのではないかと思ったからだ。
「天谷先輩のことがなければ、なにも心配する必要はなかったんだけどね……」
「ああ、そう言うことね。そう言えば、夕陽が生徒会に入ったのも、その頃だっけ」
夕陽がなにを心配しているのかを、ようやく明日葉は察する。
自分の取った行動が周囲に与える影響を心配しているのだと――
確かに楽園のメイドが天谷に対してなにかを行ったのであれば、生徒会長の家に影響が及んでいる可能性は高い。
しかし、
「夕陽がなにを心配しているのかは察したわ。でも、いつまでも隠し通せるものじゃない。だから私たちは最短で結果をだす必要がある。そのためには、周りを気遣う余裕なんてないわよ?」
そんなことを言っている余裕は自分たちにはないと朱理は考えていた。
特に夕陽だ。〈黄昏の薬神〉の正体が夕陽だと知れれば、彼女は学校に通うことも難しくなるだろう。
最悪、世界中から狙われることになりかねない。
他人のことを心配している余裕は、いまの夕陽にあるとは思えなかった。
「うん、そこは理解しているつもり。私にとって一番の優先は、家族だしね」
「なら、いいわ。明日葉も少しは自分の置かれている立場を自覚なさいよ」
「言ってることは分かるけど、二人とも心配しすぎじゃない? メイドさんたちは先生の言うことなら聞くんだよね? 先生も悪い人には見えないし、たぶん大丈夫だと思うんだけど」
これだけ話を聞いて、それでも考えを変えない明日葉に呆れながらも、
「あなた、きっと大物になるわよ……」
その前向きさを、朱理は羨ましく思うのだった。
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