第341話 楽園とエージェント

「やっぱり繋がらないわね」


 朱理の〈魔導式補助端末マギアギア〉に連絡を入れても繋がらず、険しい表情を覗かせる真耶。

 魔導式補助端末マギアギアと言うのは〈トワイライト〉がアメリカの企業と合同で開発した新時代の携帯端末で、通信機能だけでなくモンスター図鑑やダンジョン内で採取できる素材の情報。更には自動マッピングまで、便利なサポート機能を合わせ持った探索者用のデバイスとして開発されたものだ。

 使用者の魔力を取り込んで動作するため、ダンジョンでもバッテリー切れの心配がないことから現代の探索者にとって必須のデバイスとなっている。

 現在では探索者向けの機能を省き、魔力を持たない一般人でも使えるように魔石を使った商品も販売されており、光魔法を利用した空間投影などの最新技術に触れられるとあって若者を中心に好調な売れ行きを見せていた。

 いまの若者にとって携帯と言えば、この〈魔導式補助端末マギアギア〉を指すのが一般的だ。


「真耶様。朱理様の消息が掴めました」


 スッと物影から黒のタキシードを着た初老の男性が姿を見せる。

 真耶の身辺警護や身の回りの世話を任されている暁月家の執事だ。

 隙のない佇まいからも分かるように、彼も探索者だった。

 それもユニークスキルに次ぐ稀少レアスキルの使い手にして、数少ないAランク探索者の一人だ。

 真耶も探索者の資格を持ってはいるが、ランクはB止まり。

 どちらかと言えば、彼女の能力は実戦向きではなかった。

 そのため、真耶に足りない部分をサポートしているのが、この執事――


「黒崎、悟られていないわよね?」


 黒崎と言う訳だ。


「勿論でございます。ですが、少々問題が生じております」

「……どういうこと?」

「各国の諜報機関が動いているようでして、公安も慌てているようです。目的のマンション周辺には、世界各国のエージェントが集結しつつあります」

「なによ、そのカオスな状況……と言うか、マンション?」

「はい。調査の結果、〈トワイライト〉が所有する物件の一つと判明しました」


 黒崎の話を聞き、困惑した表情を見せる真耶。

 どうしてそんなことになっているのか、状況がよく分からなかったからだ。


「恐らくは釣られたのではないかと」

「釣られた?」

「これ見よがしにメイドを連れ、白いリムジンで行動していたようです。まるで目立つことが目的であるかのように――」


 釣られたと言う意味を、真耶は理解する。

 しかし、それだけでは楽園の目的が掴めない。

 各国の諜報員を誘って、なにをしようとしているのかが分からなかった。


「……悪い報せです。現場に残してきた私の式神シキが消されました」

「ちょっと、それって……」

「間違いなく楽園の仕業でしょう。いやはや、どうやってやられたのかも分からないとは……」


 黒崎の話を聞いて、険しい表情を見せる真耶。 

 式神が消されたと言うことは、マンションを探っていた各国のエージェントも無事とは思えない。捕まっただけであればいいが、全員が始末されている可能性もあった。


「どう見る?」

「警告ではないかと……」


 真耶も黒崎と同意見だった。

 これ見よがしに誘って見せたのは、警告を発するためだと考えれば説明が付く。

 五月蠅いハエを追い払うように、しつこく付き纏うようなら容赦はしないと――

 楽園が警告を発してきたのだと。

 しかし、いまになってこんなカタチで警告を発してきたと言うことは、なにか別の思惑があると考えるのが自然だ。アキバに現れたことやアリーナの件も関係しているのかもしれないと考えるが、


「……案内して頂戴。直接、交渉を試みてみるわ」


 朱理の無事を確かめるのが先だと考え、真耶は楽園との交渉に臨む覚悟を決めるのだった。



  ◆



 技能の書スキルブックを使ってマンションの屋上に転移すると、二十人ほどの男女がスカジの糸に縛られて床を転がっていた。

 全員、意識はないようだ。

 魔力を感じるが、たいしたことはない。格好も探索者ぽくないことから、恐らくは一般人だと推察する。

 ただ、スカジの話によると小型のカメラや盗聴器を隠し持っていたらしい。

 しかも、ほとんどが日本人ではなく外国人だ。これは――


『海外のマスコミだな』 

『そうですね……マスターなら、そう仰ると思っていました』


 アカシャがなにか言っているが、同じようことが最近あったばかりだしな。

 これは恐らくギルドでの一件と同じだろう。

 あんな目立つ車を使えば、マスコミに嗅ぎつけられるのも当然だ。

 起こるべくして起こった悲劇と言えるだろう。


「スカジ」

「はい、主様」

「こいつらをレギルに引き渡しておいてくれるか? 後の処理は任せると」

「畏まりました」

「警告だけでいいから危害を加えないようにな?」

「心得ております」


 言っておかないと、メイドたちはやり過ぎることがあるからな。

 人のプライバシーにまで踏み込んでくるマスコミにも問題はあると思うが、この程度のことで命を奪おうとまでは思わない。こんな風に注目を浴びるのも有名税と言う奴だろう。

 ギャルにも同じような不便を強いているのだから、トップの俺が目立つのは嫌だと駄々を捏ねても仕方がない。楽園の存在を公表すると決めた時から、こうなることは分かっていたしな。

 スカジに後始末を任せて再び転移すると、


「ん?」


 リビングには、レミル以外の全員が勢揃いしていた。

 そう言えば、なにが起きたのかを説明してなかった。


「もしかして、マンションを見張っていた人たちの件ですか?」

「なんだ。気付いていたのか」


 夕陽は気付いていたみたいだ。

 魔力探知に優れているのは分かっていたが、これには驚かされる。

 俺でも四六時中、魔力探知を使って周囲を警戒している訳じゃないからな。

 普段から周りに気を配っていないと、気付くのは難しいだろう。


「はい。以前、暮らしていた家のこともあって、周囲の警戒は怠らないようにしているので……」


 そう言えば、引っ越した理由もマスコミが原因だったな。

 そう考えると、もう少し厳しく対応してもよかったかもしれない。

 注意されたくらいで引き下がるなら、マスコミなんてやっていないだろうしな。

 とはいえ、


「心配は要らない。既に対処済みだ」


 レギルに任せておけば、厳正に対処してくるだろう。

 しかし、ここも引き払った方がいいかもしれないな。マスコミに一度嗅ぎつけられると、またしつこく家に押し掛けてきそうだ。そうなる前に引っ越すのが最善だろう。

 あとで、このこともレギルに相談しておこうと考えるのだった。



  ◆



「夕陽、いまの話って……」

「うん。心配させたくないから皆には黙ってたけど、マンションを見張っている人たちがいたんだよね。でも、やっぱり先生は気付いていたみたい」


 自分たちの知らないところで、そんなことが起きていたとは知らず、驚く明日葉。


「監視って、マスコミとか?」


 転校することになった理由について、明日葉も夕陽から聞いていた。

 だから今回もマスコミに嗅ぎつけられたのではないかと思ったのだろう。

 しかし、


「恐らく違うわ。夕陽の魔力探知に引っ掛かったってことは、魔力を持っていたのよね?」

「うん。みんなCランク相当の魔力を持っていたよ」

「なら、探索者と言うことになる。でも、楽園のことをよく知るギルドがそんなバカな真似をするとは思えないわ。だとすれば、訓練を受けたエージェントと言ったところでしょうね」

「それって、公安とか?」

「そうとは限らないわ。楽園の動向を気にしているのは日本だけではないのだから……って、なんで、そんな風に目を輝かせてるのよ」

「映画やドラマみたいと思って、遂……こういうのワクワクしない?」


 楽観的な明日葉に呆れ、溜め息を漏らす朱理。

 問題は政治の絡む話だ。ドラマや映画のように単純な話ではないと言うのが、朱理には分かるのだろう。

 その上で、


(これを見越して、先生は態と目立つ行動を取っていた可能性が高い)


 椎名の行動には、意味があるはずだと朱理は考える。

 恐らくは自分たちの知らないところで政治的な問題が起きていて、注目を集めるために態と目立つ行動を取っていたのだと考えれば、一連の行動にも説明が付くからだ。


「ねえ、二人とも。少し相談したいことがあるのだけど――」


 このまま無自覚なままでは、大変なことに巻き込まれるかもしれない。

 少なくとも備えをしておく必要があると考え、朱理は二人に相談を持ち掛けるのだった。

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