第340話 祖父と祖母

 部屋から見える景色を眺めながら――


「夕陽って良いところに住んでるのね」


 心の底から恨ましそうに呟く朱理。

 窓の外には、まさに百万ドルの夜景に例えられる絶景が広がっていた。

 タワーマンションの高層階から眺める景色だ。年頃の少女が憧れるのも理解できる。

 しかし、


「朱理の家って、あの一文字・・・だよね? 国内最大の生産クラン〈迦具土〉を運営する」


 明日葉は不思議そうに首を傾げる。

 朱理の祖父、一文字鉄雄は世界に数人しかいないとされる〈特級〉の魔導具技師の一人だ。彼が代表を務める〈迦具土〉は探索者向けの装備と魔導具では、国内最大のシェアを持つと噂される最大手の生産クランだった。

 一文字鉄雄以外にも腕の立つ職人が数多く在籍しており、〈迦具土〉ブランドの装備を手に入れることが高ランクの探索者を夢見る若者たちの目標になっているほどだ。

 謂わば、朱理は日本を代表する大企業の令嬢と言うことになる。

 そのため、普段から贅沢な暮らしをしていると思っていたのだろう。


「なにを言いたいか分かるし、裕福な家庭に生まれたことは否定しないけど、あなたが想像しているような生活は送っていないわよ? いまは寮住まいだし、実家も山奥にある古いお屋敷だしね」


 明日葉が金持ちに対してどのようなイメージを抱いているかは想像できるが、そう言ったものとは無縁の生活を朱理は幼少期より送っていた。

 元々、一文字家は鍛冶を生業とする片田舎の地主で、彼女の実家も田舎の山奥にあるのだ。探索者学校に進学するまでは、毎日車で二時間かけて学校に通っていたほどの田舎だった。

 大きな転機が訪れたのは、いまから二十年ほど前のことだ。

 朱理の祖父は帰還者の一人で、クランを結成するまで自らもパーティーを組んでダンジョンに潜っていたのだが、仲間の死を切っ掛けにパーティーは解散となり、それから探索者ではなく鍛冶に専念するようになっていった。

 専門知識を学ぶためにアメリカへと渡り、学んだ技術を広く伝えるために結成したのが〈迦具土〉だ。当時、生産スキルに覚醒した職人たちの扱いは不遇で、そうした状況を改善したいという思いもあったのだろう。

 それから片田舎の鍛冶士に過ぎなかった一文字の名は〈迦具土〉の名声と共に広まっていった。


「凄いのはお祖父様で、両親は普通の人だしね。探索者になるって言ったら、物凄く反対されたくらいなんだから……」

「ああ、そういう感じなんだ……」


 どこの家もそんなに変わらないんだと、朱理の話を聞いて納得する明日葉。

 いまでこそ探索者に対する見方は変わりつつあるが、ダンジョンが出現した当時の混乱を知る人たちは探索者と聞くと、乱暴者や荒くれ者と言ったイメージを抱く人たちが多い。実際、当時は今ほどルールがしっかりとしておらず、スキルに覚醒した人たちが問題を引き起こすケースが数多く発生していたのだ。

 警察などの治安組織に協力して探索者が探索者を取り締まる自警団や、ギルドの懲罰部隊が結成されるようになったのも、そうした経緯があってのことだ。 

 だから古い時代を知っている人ほど、探索者に良くないイメージを持っている人が多い。親の反対にあったという若者は少なくなく、探索者の数が伸び悩む要因の一つともなっていた。

 もっとも、ここまで探索者の扱いが悪いのは日本くらいで、探索支援庁の残した負債がそれだけ大きいと言うことでもあるのだろう。

 現状、〈勇者〉や〈戦乙女〉と言った若者を代表する探索者の活躍で世間の見る目も変わってきているとはいえ、まだまだ解決すべき課題が多いのがこの国の実情であった。

 しかし、そんなことよりも――


「研究費だなんだとお祖父様が散財するから、それほど裕福でもないのよね……」


 一番の問題は、祖父の金遣いの荒さにあると朱理は説明する。

 ギャンブルや女遊びに走っていると言う訳ではないのだが、珍しい魔導具を見つけると後先を考えずにオークションで落札したり、高価な素材を惜しげも無く買い漁る所為で一文字家の財政は逼迫していた。

 祖父の作ったクランだし、祖父の稼いだ金だ。朱理としては好きにすればいいと思うが、そのこともあって朱理の両親と祖父の仲は険悪と言う訳だ。

 探索者になることを反対されているのも、どちらかと言うと祖父との蟠りが原因だと思っている。


「鉄雄おじさん、相変わらずみたいだね」

「てつお……おじさん?」


 会話に割って入ってきた夕陽の言葉に、疑問符を浮かべる朱理。

 そんな二人の戸惑いに気付く様子はなく、果物の皿をテーブルに並べる夕陽。


「これ、先生から貰ったお土産だけど、よかったらみんなも食べて」

「夕陽――あなた、お祖父様と知り合いだったの?」

「うん。お祖母ちゃんの学生時代の友人らしくてね。お姉ちゃんの装備も元々は鉄雄おじさんが作ったものだって聞いているし、探索者学校を受験する時にも相談に乗ってもらったからね」


 夕陽の話に唖然とする朱理。

 自分の祖父と夕陽の祖母に、そんな繋がりがあったとは思ってもいなかったのだろう。


「しれっとした顔でデザートを食べてるけど……明日葉、あなた知っていたの?」

「うん。夕陽とは中学からの親友だしね。ここにもよく来てたし、お姉さんからも話をいろいろと聞いてるから。それより、この果物おいしいよ。なんか、どこかで食べたことのある味がするけど」


 知らなかったのは自分だけだと知り、朱理は世間の狭さを実感するのであった。



   ◆



「うみゅ……もう食べられないのです……」


 ベッドで幸せそうに眠るレミルの姿があった。

 一緒に出掛けるのが楽しみで、昨日は一睡もしていなかったしな。お腹が膨れて眠くなったのだろう。

 しかし、こいつは本当にホムンクルスなのだろうか?

 ホムンクルスは魔力さえあれば活動可能なため、本来は食事や睡眠を必要としない。食事と言うのは趣向品に過ぎず、睡眠を取るのも魔力の回復を促す以上の効果はなかった。

 こんなにも、よく食べて寝るのはレミルくらいだ。


「レミルが迷惑を掛けてすまない」

「いえ、お気になさらないでください。レミルちゃんが来てくれるのを楽しみにしているのは、私の方ですから」


 そう言えば、夕陽がそんなことを言っていたな。

 ギャルのお祖母さんがレミルに向ける目は、孫を見る目そのものだ。

 そのことからも、レミルのことを家族と同じように扱ってくれているのが分かる。

 寂しくしていないかと思っていたのだが、俺がいなくても元気にやって来られたのはギャルの家族のお陰なのだろう。


「それに私では『お父様』の代わりは務まりませんから」

「……どういう意味だ?」

「いつも錬金術師様のことばかり話していましたが、明るく振る舞っていても寂しかったのだと思います。今日、心の底から楽しそうに笑うレミルちゃんを見て、そのことを実感しました」


 そんなことを言われたのは、はじめてだ。

 俺から見ると、いつもと変わらないように見えたのだが……。

 そう言う細かいところにまで気付くと言うことは、普段からレミルのことをよく見てくれているのだろう。

 正直、ギャルのお祖母さんには頭が上がりそうにない。


「これからもレミルと仲良くしてやって欲しい」

「それは、こちらからお願いしたいくらいです。孫娘とも仲良くしてくれていますから、末永くお付き合いさせて頂ければと存じます」


 こっちの方が世話になってばかりだと思うんだけどな……。

 しかし、お祖母さんとレミルのお陰で少し分かった気がする。

 俺が〈楽園の主〉として、王としてやりたいことが――


『主様』


 感傷に浸っていたところで、頭の中にスカジの声が響く。

 念話で連絡を取ってきたと言うことは、急を要する問題が起きたのだと察するが、


『建物の周辺で不審な動きをする人間たちを捕らえましたが、如何致しましょうか?』


 また面倒臭そうな報告を受けるのだった。

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