第339話 暁月

「陛下におかれましてはご機嫌麗しく――」


 片膝を突き、頭を垂れながら畏まった挨拶をするギャルの姿があった。

 久し振りに会ったと思ったら、この態度だ。

 俺の黒歴史を広めた件がバレていると察して、先手を打ってきたのだろう。


「そこまで畏まる必要はない」

「ですが……」

「すべて分かっているからな」


 こんなにも分かり易い態度を取られたら、気付かない方がおかしい。

 とはいえ、反省しているのなら、俺もネチネチと嫌味を言うつもりはなかった。

 真の黒幕に気付いてしまったからな……。


「どうせ、レギルの指示なんだろう?」

「……陛下には敵いませんね」


 ギャルは〈トワイライト〉に所属する探索者だ。

 組織に所属する以上、勝手に内部情報を漏らすような真似は出来ないはずだ。

 以前、『月の魔女と楽園の錬金術師』と言うタイトルの記事を目にしたことがあるのだが、その記事でも『黄昏の錬金術師』について触れられていたことから、もしかしたらとは思っていたのだ。

 ここまで説明すれば分かると思うが、黒幕はレギルだ。

 会社の評判を広めるために〈黄昏の錬金術師〉の名を利用したのだろうが、まさか身内に裏切り者がいるとは……。

 黄昏の錬金術師の名が広まる切っ掛けとなったのは、レギルに頼まれて用意した教材が原因だと思っている。俺が気付いた時には、既に職人たちの間で〈黄昏の錬金術師〉の名が広まった後だったしな。

 いまから訂正しようにも〈トワイライト〉が噂の出所である以上、難しいだろう。

 もっと、しっかりと口止めをしておくべきだった。

 あの時は『人の噂も七十五日』だと思って、そのうち忘れ去られるだろうと思っていたのだ。

 とはいえ、レギルを叱るのもな。メイドたちのやることに悪意はないと分かっているだけに注意しにくいのだ。

 恐らくこれも純粋に会社の発展を願ってのこと。それは結局のところ楽園のためであり、俺のためでもあるからだ。

 レギルのお陰で贅沢な暮らしが出来ている訳だしな。

 俺としても文句を付けにくい。ヒモの辛いところだ。


「ご飯の準備ができたよ」


 悲観に暮れていたところで、ギャルの妹――夕陽の声がリビングに響く。

 八人掛けの大きなダイニングテーブルの上には、色とりどりの料理が並んでいた。

 和洋中なんでもありと言った感じのラインナップだ。


「いつも孫娘がお世話になっています。遠慮せず、たくさん食べてくださいね」


 こうして顔を会わせるのは二年振りになるが、ギャルのお祖母さんも変わりが無いようで安心する。ギャルの家族を見ていると、懐かしく思うことがある。俺にも祖母がいたからだ。

 と言っても、記憶に残るほどの思い出もないのだが……。

 なにしろ親父の実家は関西にあって、子供の頃に何度か親に連れられて遊びに行ったことがあるくらいだしな。

 祖父は俺が生まれる前に亡くなっていたし、祖母も中等部に進学する頃に亡くなったので親父の親戚とも疎遠になってしまった。

 関西で名の知れた名家らしく、親戚とは余り仲が良くなかったみたいだしな。

 親父にもいろいろとあるのだろう。


「錬金術師様、ご無沙汰しております」


 手の平を床に付け、深々とお辞儀をするお祖母さんを見て、やっぱりギャルのお祖母さんだなと思うのだった。



  ◆



「ですから、いまマイスターにお取り次ぎはできません」


 アキバの中心街にある〈迦具土〉のビルで、言い争う男女の姿があった。

 クランの受付嬢と、副代表の坂元だ。


「だから! 急を要するのだ!」 

「なんと言われましても、マイスターから誰も通すなと言いつかっていますので。副代表もクランのルールはご存じでしょう?」


 魔導具や魔法薬の製作には、多大な集中力を必要とする。

 使用する素材のなかには取り扱いを誤ると危険なものも含まれているため、代表が工房に籠もっている時は総理大臣が尋ねて来ようとも取り次いではならないと言うクランのルールがあった。

 しかし、


「そんなことを言っている場合ではないのだ! お嬢の身に危険が迫っているかもしれないのだぞ!?」

「お嬢様なら昼にいらっしゃいましたよ?」

「なに!? 灰色の髪のサングラスをかけた男は一緒じゃなかったか!?」

「いえ、お一人でしたけど……」


 なにを言っているんだと言った顔で、訝しげな視線を坂元に向ける受付嬢。

 昼に朱理の応対をしたのが、彼女だった。

 だからこそ、坂元がなにを焦っているのか分からないのだろう。

 昼に応対した時の朱理の様子に、おかしなところはなかったからだ。

 強いて言うのなら――


「マイスターになにか相談したいことがあるようでしたが」

「相談? 内容は?」

「聞いていませんよ。プライベートな内容かもしれませんので。ああ、でもマイスターが工房からでていらしたら連絡が欲しいと頼まれました」


 受付嬢の話を聞いて、真剣な表情で考え込む坂元。

 その相談と言うのに、楽園が関与している可能性が高いと察したのだろう。

 

「いい加減、順を追って説明してくれませんか? そうでないと相談に乗れません」 

「そうしてやりたいのは山々だが、まずは代表の考えを窺わないことには――」

「御主等、入り口で一体なにを騒いでおる? 地下にまで声が聞こえてきておったぞ」


 やれやれと言った表情で姿を見せた筋骨隆々の老人を見て、


「マイスター!」

「代表!」


 先程まで言い争いをしていたのが嘘のように、二人の声は揃うのだった。



  ◆



「これが、あの闘技場アリーナ?」


 このアリーナは探索者の戦いを間近で観戦できるアリーナを建てて欲しいと国から要望され、〈迦具土〉の総力を結集して建てたものだ。

 と言うのも、これまでの大会では安全が確保できないことから、映像越しでの観戦が主流となっていたからだ。

 それを世界初となる魔法石マナストーンを用いたオリジナルの結界魔導具で観客の安全確保しつつ、映像では体験できない臨場感を味わえる画期的なアリーナとして公開されるはずだった。

 しかし、完成図と異なるアリーナの姿に、受付嬢は困惑した様子を見せる。


「この黒い金属のようなものは……」 

「アダマンタイトじゃな」

「まさか――ここにあるものすべてですか!?」


 アダマンタイトと言えば、オリハルコンやミスリルよりも稀少なことで知られる金属だ。

 それも当然で、いまのところアダマンタイトの鉱脈がダンジョンで発見されたと言う話は耳にしない。古代遺物アーティファクトなどと同様に、遺跡で稀に発見されることがあるくらいだった。

 坂元の〈黒銀の盾〉もダンジョンの遺跡で発掘されたものだ。

 鉄雄が特級技師の権限を使って特別に確保したものを、坂元に使わせていたのだ。


「これだけの量のアダマンタイトが存在するなど、実際にこの目で見ても信じられん……」

「……私もです。これ、後から請求されたりしませんよね?」

「そうなったら終わりじゃな。日本の国家予算でも払いきれぬよ」


 想像を遙かに超えた事態に、頭痛を覚える受付嬢。

 坂元がどうしてあれほど焦っていたのかを理解したからだ。


「これをやったのが〈楽園の主〉――〈黄昏の錬金術師〉だと言うのじゃな?」

「……はい。お嬢と一緒に現れ、アリーナの見学がしたいとの話で権田が案内したのですが――」


 なにがあったのかを最初から出来るだけ詳しく説明する坂元。

 信じられないような話に耳を疑うが、実際に目の前に証拠となるものがある以上は坂元の話を信じざるを得なかった。

 しかし、話を聞いた受付嬢は――


「楽園のメイドに喧嘩を売るとか、バカなのですか?」

「ぐっ……お嬢が人質に取られている可能性があったので仕方なくだな……」

「それでもです。下手をすればクランの問題だけでは済まず、この国を危険に晒していた可能性があるのですよ?」


 坂元の行動をバッサリと切り捨て、非難する。

 ロシアの一件を知っていれば、そのような行動にでられるはずもないからだ。

 知らなかったでは済まされない問題だ。二度とこんなことが起きないように、情報の共有を徹底する必要があると受付嬢は考える。

 その上で、


「マイスター。この件、私にお任せ頂けないでしょうか?」


 代表に提言する。

 こうなってしまっては、静観することも出来ないと判断したからだ。


「御主にか? 確かに適任だと思うが……よいのか?」


 クランの代表である鉄雄が、そう尋ねるのには理由があった。

 いまは受付嬢をしているが、彼女は〈迦具土〉の起ち上げに関わった人物の娘で、関西では知らぬ者がいないと噂されるほどの名家の生まれだった。

 本来であれば、クランの幹部に名を連ねる身でありながら受付嬢をしているのも、自分の名が持つ影響力を理解しているからだ。


「構いません。マイスターには、母が受けた恩がありますから。いまが、その恩をお返しする時だと判断しました」

「すまぬの……」


 心の底から申し訳なさそうに頭を下げる鉄雄。

 出来ることなら彼女に頼りたくはなかったのだろう。

 とはいえ、孫娘が関わっているとなれば、背に腹はかえられないと考え、


「では、頼んだぞ――真耶まや

「はい。お任せください」


 この件を暁月あかつき真耶まやに託すことを決意するのだった。

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