第337話 黒銀のアリーナ
(これが、先生の……〈楽園の主〉の力……)
お日様に照らされているかのような優しい温もりを感じる。
圧倒的な力を感じるのに恐怖を感じない。むしろ、不思議な安心感がある。
景色が黄金に染まっていく中、朱理は〈楽園の主〉の力を感じ取っていた。
(魔法やスキルなんてものが存在する以上、神の存在を否定することは出来ない)
神が実在するのだとすれば、これが神の奇跡なのだと漠然と思う。
なら〈楽園の主〉は本当に神様なのかもしれない。
それが、朱理の感じたすべてだった。
「アカリ――」
名前を呼ばれて、ハッと我に返る朱理。
余りの心地よさに意識が沈みかけていたことに気付く。
「レミルさん?」
「目が覚めたですか? もう終わったですよ」
目を開けると、メイド服を着たレミルの姿があった。
先程までは制服を着ていたはずなのに、いつメイド服に着替えたのか?
不思議に思いながらアリーナの方を見ると、そこにはあるはずのものがなかった。
「え……」
地面が消失していたのだ。
アリーナの中央には底の見えない大穴がぽっかりと空いていて、スカジと坂元の姿も見当たらない。
一体ここでなにが起きたのかと、焦る朱理。
「坂元は――」
「ここよ」
頭上から声がして朱理が顔を上げると、宙に浮かぶスカジの姿があった。
その手には、坂元の右腕が握られていて――
「きゃあっ!」
朱理は可愛らしい悲鳴を上げる。
無理もない。見慣れない
幼い頃、父親と一緒に風呂に入った時以来、目にしたことのない物体。
一糸纏わぬ姿の坂元の姿があった。
「魔力切れで気を失っているだけよ」
そう言って、坂元を観客席に放り投げるスカジ。
坂元が生きていることに安堵するも、まだ朱理は状況を呑み込めていなかった。
分かることと言えば、これをやったのは〈楽園の主〉と言うことくらいだ。
「先生……これは一体……」
椎名に説明を求めようとする朱理。
しかし、椎名は朱理に背中を向けたまま振り返らず、
「スカジ、これを――」
「はい、主様」
メイド服を〈黄金の蔵〉から取り出してスカジに手渡す。
「主様のご厚意に感謝して、これを着ていなさい」
「え」
メイド服を受け取り、意味が分からないまま視線を下にやる朱理。
そして、
「いやあああああああ!」
ようやく生まれたままの姿であることに気付くのであった。
◆
やっちまった。
まさか、こんなことになるとは……。
『マスターの〈
それって、建築資材にダンジョン産の鉱石が用いられていたと言うことか?
探索者の大会で用いられる
試合を行うバトルフィールドの部分は、稀少鉱石を使って頑丈に作ってあったのだろう。
でも、どうしてレミルと朱理の制服まで――
『探索者学校の制服には、ダンジョンの素材が用いられていたようです。それに以前にも説明したと思いますが、下着などの直接肌に触れるものは魔力の影響を受けやすいので』
確かに、そんなことを言っていた記憶がある。
しかし、制服ってダンジョンの素材で出来ていたのか。メイド服みたいだな。
今回は誤算ばかりだ。ちゃんと確認しなかった俺が悪いのだが……。
でもまあ、〈
『魔導具以外にも被害が及んでいますけどね。床材や外壁が消失していますから、修復するにしても莫大な費用が掛かることが想定されます』
そう言われると不安になる。
しかし、〈
これが、この技の欠点と言っていい。通常の〈分解〉であれば〈再構築〉可能なのだが、これはリセットする魔法なので素材ごと
俺が作り直しても良いのだが、どんな素材を使っていたのか分からないしな。
結界の魔導具についても完全に同じ物は再現できない。作り手の癖が魔導具にはでるからだ。
『別に構わないのでは? マスターが製作された方が喜ばれると思います』
そうかな?
まあ、俺が〈分解〉した結界の魔導具は欠陥品だったみたいだしな。
あの程度の結界では、最上級魔法を使用したら簡単に壊れてしまう。
たぶん〈
「朱理、ちょっといいか?」
「……なんでしょうか?」
破壊したアリーナのことを相談しようと思ったのだが、俯いたまま目を合わせてくれない。
裸に剥いたことを、まだ怒っているのだろう。
まあ、うん……それに関しては全面的に俺が悪いので言い訳のしようがない。
「制服のお詫びになるかは分からないが、そのメイド服はやる。近々、ダンジョンで実習があるんだろう? 性能は十分のはずだから、それを着ていくといい」
「不思議な力を感じると思ったら、このメイド服も魔導具なんですね。先生の作ったものなら、今更驚いたりしませんけど……」
メイドたちに支給しているメイド服には基本的な機能がすべて備わっていて、〈身体強化〉〈物理耐性〉〈魔法耐性〉〈自動防御〉〈状態異常耐性〉の他、汚れや劣化を防ぐ魔法にサイズの自動調整機能も付与されていた。
探索者学校の制服にもダンジョン産の素材が使われているらしいが、代わりにはなるだろう。
「ところで、ドームを修復しようと思うんだが問題ないか?」
「そうして頂けるのなら助かります。このまま放置しておくと、お祖父ちゃんが腰を抜かしそうなので……」
完成間近のドームがこんな姿になっていたら、そりゃ驚くよな。
あとで修理費を請求されても困るし、アカシャの言うように修復しておいた方が良さそうだ。
完全に元通りとは行かないが、学校のアリーナを参考に――
「
復元を開始するのだった。
◆
「ここは……」
「坂元さん――!」
白い天井を見上げながら、ゆっくりと身体を起こす坂元。
ベッドの脇には、権田の姿があった。
「ここは……」
「医務室です。なにがあったのか覚えてやせんか?」
権田に尋ねられ、スカジとの戦闘のことを思い出す坂元。
眩い光に視界を遮られ、死が頭を過ったところまでは記憶に残っている。
思い出すだけでも身震いがするほどの魔法だった。
あの魔法が放たれていれば、このドームくらいは簡単に消し飛んでいただろう。
なのに――
「どうして、俺は生きている?」
なぜ自分は助かったのかと、坂元は疑問に思う。
スカジの魔法は〈
あの魔法の前では、アリーナの結界も紙切れ同然だ。
この建物が無事なのもおかしい。なにがあったのかと疑問に思う坂元に――
「……お嬢の先生です。あの人がメイドの魔法を消し去って、それで……」
なにが起きたのかを権田は説明する。
しかし、本人もよく分かってはいないのだろう。
要領を得ない権田の説明に、坂元も戸惑う様子を見せる。
「あの人は何者なんです? あんなの人間に出来ることじゃ……」
青い顔で震えながら話す権田を見て、余程のものを目にしたのだと坂元は察する。
スカジの言葉が坂元の頭を過る。
――警戒するのは私だけでいいのかしら?
――ああ、その程度の認識なのね。少し過大評価していたみたい。
朱理から学校の先生だと紹介された男からは魔力を感じなかった。
子供の方からは朱理と同程度の魔力は感じたが、メイドほどの脅威ではないと坂元は判断したのだ。
しかし、仮にあの二人がメイドよりも上位の存在なのだとすれば――
「まさか、あの男は……」
教師の正体に坂元は気付く。
楽園のメイドよりも上位の存在など、一つしか思い当たらなかったからだ。
だが、分からなかった。〈楽園の主〉が身分を偽り、朱理と行動を共にしていた理由が――
なによりアリーナに現れた理由が分からない。
探索者学校の教師なら会場の視察という名目は成り立つが――
「まさか、今度の大会には楽園も参加するのか?」
それなら説明は付くと坂元は考える。
「坂元さん、どこへ行くんすか! まだ寝てないと――」
寝てなどいられなかった。
権田の声を無視して、坂元は
そして、
「……は?」
観客席から会場全体を見渡せる位置にでたところで、坂元の足が止まる。
呆然とする坂元。目の前には――
「なんじゃ、こりゃああああああ!」
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