第336話 核熱魔法

 フィールドの中央で向かい合うように対峙する両者の間には、物々しい気配が漂っていた。

 朱理の前では戯けた態度を見せていたが、一転して坂元は険しい表情を見せる。

 坂元はAランクの探索者だ。ユニークスキル持ちではないのにAランクにまで登り詰めた実力は本物で、数々の実績と経験では国内で屈指の実力を持つベテラン探索者だった。

 だからこそ、相手を見れば大凡のことが分かるのだ。


「貴様、人間ではないな?」

「やはり、私の正体に気付いていたのね」


 そして、スカジもまた坂元が自分の正体を察していることに気付いていた。

 彼の探るような視線と下手な演技に気付いていたからだ。


「気付かない方がおかしい。銀色の髪に金色の瞳。そして、そのおかしな格好。なにより、人間とは思えない気配をお前からは感じる」


 特徴を見るだけでも楽園のメイドと断定するのは容易いが、スカジの身に纏う気配の異質さを坂元は見抜いていた。

 解析系のスキルを所持していると言う訳ではない。

 この世界にダンジョンが出現して間もない黎明期から、ずっと探索者を続けてきた勘が訴えているのだ。

 まるで、強大なモンスターと対峙しているようだと――


「それで? そこまで分かっていて、どうして戦いを挑むような真似をしたのかしら?」


 スカジはどこか呆れた口調で、挑発するように坂元に尋ねる。

 力の差に気付かないほど愚かな相手ではないと、スカジは坂元を評価していた。

 それだけに分からなかったのだ。

 下手な演技をしてまで自分に注意を向けさせ、戦いを挑んできた理由が――


「お嬢に近付いた理由はなんだ?」


 坂元の問いに目を丸くし、ああそういうことねと納得した様子を見せるスカジ。

 朱理を危険から遠ざけるために、こんな行動を取ったのだと察したからだ。

 しかし、


「警戒するのは私だけでいいのかしら?」

「もう一人いた少女のことか? 確かに魔力量はお嬢に匹敵するほどだが、まだ子供だろう? それに男の方からは魔力を感じなかった」

「ああ、その程度の認識なのね。少し過大評価していたみたい」


 坂元の的外れな考察に呆れるスカジ。

 レミルの魔力が朱理と同程度・・・しか感じ取れないのは、ロスヴァイセのスキルで力を制限されているからだ。単純なスペックだけで言えば、レミルの力はスカジを大きく上回る。

 なにより椎名を自分たちより下と考えた坂元の見立てにスカジは呆れていた。


(まあ、それだけ主様の隠蔽が完璧と言うことなのだけど)


 普通は多少なりとも魔力が漏れるものだ。

 椎名のように魔力を完璧に抑え込むような真似は、スカジにさえ出来ない。

 力を隠蔽し、人混みに紛れてしまえば、楽園のメイドでも椎名を探すのは困難だろう。

 そのことを考えれば、人間如きが気付かないのも無理はないと考える。

 とはいえ、的外れな考えであることに違いはなかった。


「なにを言っている? まさか、あの二人の方がお前より上だとでも言うつもりか?」

「あなたが知る必要はないわ。それと、まだ認識が足りていないようだから少しだけ見せてあげるわ」


 楽園のメイドの力を――

 そう口にした次の瞬間、坂元の視界からスカジの姿が消えるのだった。



  ◆



 一瞬のことだった。

 身長百九十センチある坂元の身体が宙を舞う。

 なにが起きたのか分からず呆然とするも、すぐに次の攻撃を警戒して体勢を立て直す坂元。

 しかし、


「遅いわ」 

「く――ッ!」


 いつの間に後ろに回り込まれたのか? 着地点にはスカジの姿があった。

 まるで砲弾のようなスカジの蹴りを、坂元は盾で防ぎながら後ろに飛び退くことで衝撃を受け流す。

 そして、


絶対防御インビンシブル」 


 更に追撃を仕掛けるスカジに対して、坂元はスキルを発動する。


「これは――」


 分厚い壁に阻まれるように追撃を阻止され、目を瞠るスカジ。

 これが坂元のスキル〈絶対防御インビンシブル〉だった。

 彼のポジションはタンク。モンスターの注意を惹きつけ、仲間を守るのがパーティーでの彼の役目だ。そして、このスキルこそが坂元をAランクにまで押し上げた稀少レアスキルだった。

 同じ防御系のスキルに〈防御障壁プロテクション〉と呼ばれるものがある。〈絶対防御インビンシブル〉はその上位スキルでユニークスキルのように唯一無二ではないが、稀少価値の高いスキルとしてダンジョンでは重宝されていた。

 仲間の生存力を上げるには、タンクやヒーラーの果たす役割が大きいからだ。


「俺の〈絶対防御〉は誰にも突破できん」  


 迦具土は生産系のクランだが、ダンジョンに潜らない訳ではない。魔導具や魔法薬の製作にはダンジョンの素材が必要なため、〈迦具土〉では使用する素材の多くを自分たちで確保していた。

 その素材調達班のリーダーを任されているのが坂元だ。

 そして、このスキルは何度も仲間の危機を救ってきた。

 だからこそ、坂元はこの能力に絶対の自信を持っていた。


「確かに厄介なスキルだけど、守ってばかりでは勝てないわよ?」


 攻撃を防がれたことには驚いたが、それだけだと言うのがスカジの感想だった。

 スカジでも簡単に突破できないほど、強力なスキルであることは間違いない。

 しかし〈絶対防御〉は防御系のスキルだ。攻撃を当てなければ、敵を倒すことは出来ない。

 そしてスカジの攻撃が通らないのと同じように、坂元の攻撃が自分にダメージを与えることが出来るとはスカジには思えなかった。一度の攻防で坂元の能力が守りに特化していることは見て取れたからだ。

 スカジに攻撃を当てることすら、坂元の動きでは難しいだろう。


「だが、お前の攻撃が通ることもない。そして、俺はこのスキルを魔力が続く限り維持することが出来る。先程の攻撃程度なら、丸一日だってこの状態を維持できるぞ?」


 絶対防御とは、受けるダメージを魔力で肩代わりするスキルだ。そのため、強力な攻撃は何度も防げないと言った弱点もあるのだが、そのダメージを軽減するための装備を坂元は身に付けていた。

 それが、いま坂元が装備している〈黒銀の盾〉だった。

 稀少金属アダマンタイトで作られた盾で、どんな攻撃にも耐え抜き、絶対に壊れないという特徴を持つ不壊の盾。それだけでなく鎧も〈迦具土〉の代表、一文字鉄雄が製作したミスリルの魔鎧だ。

 この鎧には周囲の魔素を吸収することで、微量ながら魔力の回復を補助する効果が付与されていた。この二つの装備と〈絶対防御〉を組み合わせることで、坂元はAランクの探索者まで登り詰めたと言う訳だ。

 坂元にダメージを与えるには、魔力で肩代わり出来ないほどのダメージを与えるしかない。しかし強力な魔法は魔力の消耗も激しく、〈絶対防御〉に攻撃を加えるほど相手も魔力を消費していく。

 絶対防御で持ち堪えることで敵の消耗を誘い、弱ったところでトドメを刺す。

 それが〈迦具土〉の必勝パターンだった。

 坂元の狙いはスカジを消耗させ、自分たちに有利な状況へ持って行くことにあった。

 ここは〈迦具土〉のホームだ。控えている探索者は坂元だけではない。


「なるほど、自分に注意を惹きつけたのは最初から、これが狙いだったのね」


 一対一の戦いに見せかけて、最初から複数人で自分を押さえ込むつもりだったのだとスカジは坂元の作戦を察する。

 とはいえ、それを非難するつもりはなかった。

 群れをなすのが、人間の戦い方だと理解しているからだ。

 勝つために最善を尽くそうとする坂元の考えは間違いではない。

 しかし、


「本当に愚か・・ね」


 考えが浅はかだと、スカジは冷笑する。

 この作戦は坂元がスカジを消耗させることを前提に練られたものだ。

 しかし、スカジはここまで魔力・・をほとんど使っていなかった。


「試してみるといいわ。ご自慢のスキルがどの程度耐えられるかを――」



  ◆



 あ、これはまずいかもしれん。


「な、なによ。この魔力……こんなのありえない!」


 スカジが放出する魔力に驚き、狼狽える朱理。

 あれほど加減をするようにと言ったのに、完全に本気モードに入っていた。

 凄まじい魔力がスカジの頭上に集まっていくのを感じる。

 これは恐らく――

 

「〈紅き創星の炎プロミネンスノヴァ〉を使うつもりだな」


 以前、魔女王が使っていた魔法だ。一度食らったことがあるので間違いない。


「聞いたことのない魔法ですが、それって……」

「核熱反応を魔法で再現したものと言った方が分かり易いか?」

「まさか――か、核爆発!?」

「ああ、放射能の心配はないから安心して――」

「できる訳ないじゃないですか!?」


 あ……はい。まあ、そうだよな。

 なにもないところに湖を作るような魔法だ。このドームくらいは軽く吹き飛ぶだろう。

 頼みの綱はバトルフィールドを覆っている結界だが、正直期待できそうにない。

 この結界、思ったほどの強度がないみたいなのだ。

 設計ミスだと思うが、この程度の結界では最上級魔法すら防げないだろう。

 仕方ない。ドームを壊して、修理代を請求されても困るしな。


「ああ……魔導具が使えなくなるかもしれないけど、それは構わないな?」

「なんでもいいから、早く止めてください!」


 言質は取った。

 これで魔導具の修理代を後から請求されることはないだろう。

 アカシャ。また演算領域リソースを借りるぞ。


『了解です。マスター』


 発動状態に入った〈紅き創星の炎プロミネンスノヴァ〉を止めるには〈分解〉では足りない。魔法そのものを〈分解〉することは出来ても、攻撃の余波までは消し去ることが出来ないからだ。

 そして、〈紅き創星の炎プロミネンスノヴァ〉はその攻撃の拡散範囲が極めて広い。

 完全に消し去るには、一つしか方法がなかった。


全回路接続フルコネクト


 魔力炉と接続し、すべての魔力を〈カドゥケウス〉に込める。

 一度に使用できる魔力量が増えているので、前よりも上手く扱えるはずだ。

 街に被害が及ばないように〈拡張〉の効果範囲をドームに絞って――


全は一ワンイズオール


 すべてをゼロへと還す錬金術の奥義を放つのだった。

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