第335話 ストレスの限界

「これが〈迦具土〉の総力を挙げて完成したバトルアリーナでさあ!」


 アリーナの中央で両腕を広げ、自慢気な表情を浮かべる作業服の男。

 確かに自慢するだけあって、なかなか良く出来た施設だと思う。中央のバトルフィールドを取り囲むように観客席が設けられており、五万人を収容できるようになっているそうだ。

 後ろの座席から見やすいように大型のスクリーンも設置されていた。

 学校の闘技場アリーナとは比べるまでもない。金の掛かっていそうな施設だ。


「安全面はどうなっているんだ? 観客席が剥き出しのようだけど」


 広さは十分だと思うが、安全面がどうなっているのかが気になった。

 高さ三メートルほどの壁が周囲にはあるが、観客席とバトルフィールドを遮るものはなにもない。これでは、魔法が観客席に飛び込む危険があるのではないかと思ったからだ。

 観客のほとんどは一般人だろうしな。なにも対策をしないのはまずいだろう。


「勿論、結界を展開できるようにしてあります。結界の魔導具をフィールドを取り囲むように設置して、どんな攻撃も外には通さない仕組みでさ!」


 どんな攻撃でもとは大きくでたな。

 俺でもユミルやレミルの攻撃を完全に防ぐ結界は作れないのに――

 とはいえ、あの二人は特殊だからな。恐らくは最上級魔法を防ぎきるくらいの結界を用意してあるのだろう。

 そのくらいの魔導具なら俺にも作れるしな。


「お嬢、そっちのお友達と試しに模擬戦をやってみたらどうです?」

「はい!?」

「結界のことが気になっているようですし、実際に見て貰うのが一番かと思いやして」


 まあ、うん。

 耐久性が気になったのは確かだが、レミルを戦わせるって、この男は正気か?

 まさか、本当にそれほどの自信があるのだろうか?

 だとすれば、その結界の魔導具はかなり気になる。


「あなた、私を殺す気なの!?」

「またまた、お嬢は謙遜がすぎやすぜ。お嬢ちゃん、探索者ランクは幾つだい?」

「レミルのランクですか? 確か、Eなのです!」

「ほら、お嬢に敵う訳がないじゃないですか」


 レミルってEランクなのか。

 探索者学校に通っていると聞いていたからギルドに登録しているとは思っていたが、レティシアのランクを知っているだけに意外だった。

 単純な戦闘力だけで言えばレミルの方がレティシアよりも上のはずなので、Bランク以上はあっても良さそうなものだが、


「レミルさんがEランクなのは、登録して間もないからで……」

「そうなのか?」

「カードを貰ったのは先週なのです」


 登録したてと言うことか。

 朱理の話によると、ほとんどの生徒は一年次にスキルの獲得とギルド登録は済ませるそうなのだが、レミルは転入生と言うことで今までギルドカードを持っていなかったらしい。

 ダンジョンの実習は二年生になってかららしいから、これまでは必要に迫られなかったのだろう。


「お嬢、なにをこそこそやってるんです?」

「あなたがバカなことを言うからでしょ……」


 男の発言に呆れた様子で、溜め息を漏らす朱理。

 朱理はレミルが戦っているところを実際に見ているからな。

 いまの自分では、レミルと戦っても勝負にならないと理解しているのだろう。


「権田、さすがに無茶を言いすぎだ。学校の先生を困らせるんじゃない」

「副代表」


 また一人増えた。

 こっちは作業服ではなく背中に大きな盾を背負い、まるで騎士のような格好をしている。


「うちの権田がすまない。俺はここの責任者の坂元さかもとだ」


 どうやら現場で一番偉い人のようだ。

 見た目から察するに探索者なのは間違いなさそうだが、


「すまない、先生。うちのバカが無茶を言ったようで……」 

「気にしないでくれ。どのみち実力差がありすぎるし、止めるつもりだったしな」

「まあ、お嬢の実力を考えれば、さすがに無茶だよな」


 こっちの人は分かっているみたいだ。

 レミルの実力を一目で見抜くあたり、高ランクの探索者なのだろう。


「坂元……」

「偉いぞ、お嬢。弱者をいたぶるのは、高ランクの探索者がすることじゃないからな」

「やっぱり、こっちも誤解してる……」


 しかし、レミルと戦わせるのはともかく、結界の魔導具と言うのは気になる。

 世界中から探索者が集まって、ここで試合をする訳だしな。そんなところで使用される魔導具なのだから、なにか凄い工夫があるんじゃないかと気になっていた。

 最上級魔法を防ぐ魔導具は確かに俺でも作れるのだが、魔力消費が相応に大きなものなので、どうやって結界を維持しているのかが気になったからだ。


「主様……この無知蒙昧な愚か者たちに現実を教えてやってもよろしいでしょうか?」


 メイド服を着てきたスカジも悪いのだが、遠慮のない視線に晒されてストレスが溜まっているみたいだったしな。そろそろ限界が近いのだろう。

 そう言えば、こんな感じの闘技場でオルテシアと試合をしたことがあったな。

 スカジは覚えていないはずだが、なんとなく血が騒ぐのかもしれない。

 しかし、さすがにスカジを暴れさせる訳には――


「ほう……そっちのお嬢さんは、かなりやるみたいだな。よかったら子供らの代わりにアンタが参加するかい? 丁度、これから結界の耐久テストをする予定だったから、協力してくれるとこっちも大助かりだしな」


 と思っていたら、相手の方から誘いの声が掛かった。

 結界の耐久テストね。それで装備を身に付けていたのか。

 折角の申し出だから受けてもいいとは思うのだが、


「スカジ、分かってると思うけど――」

「はい。勿論、分かっています。この程度の相手であれば、スキルを使うまでもありませんからご安心ください」


 手加減をするようにと注意するつもりだったのだが、本当に分かってるんだよな?



  ◆



(ああ、もう! どうしてこうなるのよ! うちの脳筋どもはバカなの!?)


 アリーナの観客席で頭を抱える朱理の姿があった。

 いま目の前で、スカジと坂元の戦いがはじまろうとしていた。

 坂元はユニークスキル持ちではないが、Aランクの資格を持つ数少ない探索者だ。

 その実力は確かなもので、朱理もまだ坂元から一勝もしたことがなかった。

 しかし、


(メイド服なんて明らかにおかしいでしょ! 気付きなさいよ!?)


 男たちの鈍さに呆れ、朱理は心の中で叫ぶ。

 探索者なら楽園の噂くらいは耳にしたことがあるはずだからだ。

 それでメイドを見て気付かないあたり、鈍すぎると言うのが朱理の本音だった。


(さすがにSランク並ってことはないだろうから、大丈夫だと思いたいけど……)


 スカジの実力がAランクの枠に収まるなら、坂元にも勝算はある。

 それに、これはあくまで結界の耐久値を試すためのテストだ。さすがに二人とも本気で戦ったりはしないだろうし、最悪の事態にはならないはずだと朱理は前向きに考えるが、


「スカ姉が戦うところを見るのは久し振りなのです」

「ねえ、レミルさん。あのメイドさん、強いの?」

「スカ姉は強いのです。レミルもまだ一回も勝てたことないのです」


 終わったと絶望する朱理。 

 レミル以上と言うことは、Aランクの枠に収まる実力ではないと言うことだからだ。

 椎名とレミルの戦闘が頭を過り、坂元が相手になるとは思えなかった。


「レミルはスペックだけならスカジより上なんだけどな。もう少し力の使い方を学んだ方がいい」

「うう……そう言われても難しいのです」

「あ、あの先生……上と言うのは、魔力とか基礎的な能力ではレミルさんの方が勝っていると言うことですか?」

「そうだ。ただ、スカジは力の使い方が上手いからな。魔力操作の技術は俺に近いレベルだし」


 楽園の主に匹敵する技量の持ち主だと聞かされ、目を瞠る朱理。

 そこまでの実力者だとは思ってもいなかったのだろう。

 坂元が勝てる可能性は、これで万が一にもなくなったと朱理は考える。

 しかし力のコントロールが上手いと言うことは、前向きに考えるのであれば上手く手加減してくれるのではないかと言う期待もあった。

 そんな朱理の考えを知ってか知らずか、


「いつものスカジなら上手く手加減すると思うんだが……」

「いつもの? 今日は違うんですか?」

「魔力が僅かに揺らいでるだろう? たぶん無茶苦茶、機嫌が悪い」


 椎名は不穏な言葉を漏らすのだった。

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