第334話 トップの資質
近くで見ると、やはり大きいな。
東京ドームに匹敵するくらいの大きさはありそうだ。
「お嬢!」
ドームを見上げていると、作業服を着た男が入り口の方から走ってきた。
どうやら朱理の方を見て、叫んでいるようだ。
「権田さん」
男の名を呼ぶ朱理。知り合いらしい。
作業服を着ていることから、恐らくは工事の関係者なのだろう。
お祖父さんの会社の従業員と言ったところかな?
「白いリムジンがドームの前に止まってると聞きやして、どこの偉いさんがやってきたのかと様子を見に来たんですが、お嬢がお越しとは……」
ああ、うん……やっぱり目立つよな。この車……。
金色に光るジェット機とか、メイドたちの用意する乗り物はこんなのばかりだ。
次からは、もう少し目立たない感じの乗り物を希望するとしよう。
飛行機、車と続いて、次はオリハルコンの船とか出て来そうだしな。
「私は付き添いよ。ドームを見学したいと仰ったので案内してきたの」
「付き添い?」
朱理の言葉に首を傾げ、探るような視線を向けてくる作業服の男。
「この方は、探索者学校の先生よ。隣の子はクラスメイトで、先生のお子さんなの」
「学校の先生でしたか。これは、いつもお嬢がお世話になっておりやす」
朱理の説明に納得した様子で、頭を下げる作業服の男。
やはり、この男は朱理のお祖父さんが経営する会社の従業員なのだろう。
お祖父さんの
そう考えると、朱理は社長令嬢と言うことになるのか。
その割には、レストランでの食事に慣れていない様子だったけど。
まあ、漫画やアニメに出て来るような絵に描いた社長令嬢って、実際にはほとんどいないしな。
金持ちでも庶民的な生活をしている人が多いと聞く。朱理の家もそうなのだろう。
「急に押し掛けてすまない。彼女のお祖父さんがドームの設計に関わっていると聞いて、もしよければ見学ができないかと尋ねてみたのだが、構わないだろうか?」
「ああ、なるほど……そういうことですか。大会も近いし、先生も大変ですね」
俺の説明に一人納得した様子を見せる作業服の男。
なんか微妙に誤解しているみたいだが、どんなものか興味があった程度なんだけどな……。
大会があると知ったのも、遂さっきのことだし。
「本当はクランを通してもらう必要があるんすが……お嬢の先生と言うことですし、構いやせんよ。工事も、ほとんど終わってやすしね」
ダメ元で頼んでみたら、あっさりと許可が下りた。
断られる可能性も考えていたのだが、それだけ朱理のお祖父さんが凄いのだろう。
生徒のコネを利用するみたいだが、折角の厚意だしお言葉に甘えるとしよう。
「ところで、後ろのメイドさんは?」
スカジのことが気になるようで、尋ねてくる作業服の男。
オタクの聖地とはいえ、メイド服を着ていたら気になるよな。
なんと答えるべきかと迷った末、
「あれは彼女の仕事着だ。気にしないでくれ」
と答えるのだった。
◆
「まったく……いい加減にして欲しいね。こっちの苦労も知らず、メッセンジャーに使おうだなんて良い度胸してるじゃないか。言いたいことがあるなら、自分で言えっての!」
ギルドの執務室で不満を漏らし、苛立ちを募らせる夜見の姿があった。
政府の高官から週明けに首脳会談を実施したいので、〈楽園の主〉に取り次いで欲しいと相談されたのだ。
しかし〈楽園の主〉に会いたいのであれば、自分たちで交渉すれば良い話だ。
それをギルドに丸投げするのは、筋が違う。
総理や今の閣僚は良くやっている方だろう。しかし、根元が腐っていれば同じことだ。組織が解体されても人が変わらなければ、同じことの繰り返しだと夜見は考えていた。
「アタシのクランなら、あんな連中はモンスターの餌にしてしまうんだけどね」
それが出来ないのが、日本の制度だ。
自分たちの首を絞めると分かっていても、組織の人間を切ることが出来ない。この国の法律は犯罪者を裁くものであると同時に、国民の権利を守るためのものでもあるからだ。その国民とは公務員も含まれる。
だから明確に犯罪と呼べる行為をしない限りは処分することは出来ない。支援庁に在籍していた職員の多くが処分を免れ、他の省庁で今も働いているのは、そのためだ。
処分を受けながらも、政府と取り引きのある企業に天下った者は少なくない。
それが、この国の実情だった。
「気持ちは理解できなくもありませんが……恐らくは怖いのでしょう」
ハンカチで額の汗を拭いながら、そう話す中年の男性。
如何にも中間管理職と言った見た目の彼は、日本支部のサブマスターだ。
冴えない風貌の男だが、これでも内閣府の参事官を務めたこともあるエリート官僚だった。ようするに政府のつけた監視役だ。
ギルドマスターを探索者の中から選ぶとしながらも、しっかりと監視役を用意するのだから抜け目がない。
それが、いまの総理に対する夜見の評価だ。
「私も楽園の方々の案内を任された時は、生きた心地がしませんでしたからね……」
「よく言うよ。アンタはそんなタマじゃないだろう?」
魑魅魍魎が跋扈する政府の中枢で三十年勤め上げ、総理からも全幅の信頼を寄せられている人物だ。例えモンスターを前にしても、動じるようなタイプの人間ではないと夜見はサブマスターのことを評価していた。
この見た目に騙されて、後悔した人間は少なくないはずだ。
だからこそ、総理はこの男をサブマスターに選んだのだと夜見は察していた。
「それで、どうなされるのですか?」
「知ったことじゃないと言いたいところだけど、いまあの総理に辞められると本気でこの国は終わりそうだからね」
問題がない訳ではないが、いまの政府はよくやっている方だ。
総理も秀でたところがある訳ではないが、政治家としての信念はしっかりと持っていて、自分に足りないものを理解している。自らの能力を過信し、分を弁えない人間よりは遥かに良い。なにもせず、出しゃばらないことが国益に繋がることもあるからだ。
都知事のように顕示欲の強い野心家が総理だったら、今頃この国は終わっている。
欲をかけばどういう結果を招くかは、〈皇帝〉を見れば明らかだからだ。
「都知事が探索者学校を視察するって話じゃないか。このタイミングでの会談は、その件が関係しているんだろう?」
「お察しの通りで……。支援庁を探っていた記者が、都知事と接触したという情報を掴んでいます。いま、公安がその記者を見張っていますが、恐らく……」
「偶然じゃないだろうね。元探索者の都知事からすれば、なんとしても大会を成功させたいだろうから」
大会を盛り上げるために、楽園を利用するつもりなのだと夜見は察する。
それだけに厄介だった。
なまじ優秀な人間の方が、無能な味方よりも手に負えないことがあるからだ。
自分なら上手くやれると、根拠の無い自信で失敗を恐れずに突き進む。それで自分だけが命を落とすならいいが、平然と周りを巻き込むからたちが悪い。いまの都知事は、そういうタイプの人間だ。
「中途半端にランクを上げて、探索者を引退するタイプに多いんだよね……」
「都知事は元Bランクだったと思いますが……」
「Cまでなら自分には才能がないって諦めがつくのさ。でも、Bは高ランクの探索者だからね。自分には才能があると思っている連中が、努力だけでは超えられない壁にぶつかって挫折する。そうやって立ち直る奴もいれば、悪いのは自分じゃない。システムの方だって、現実から目を背ける奴がいるのさ」
あの都知事は後者の方だと、夜見は語る。
折り合いをつけられる者なら、探索者を引退したりはしないからだ。
「こんな時じゃなかったら、放って置いても良かったんだけどね」
「……お言葉を返すようですが、でしたらギルドマスターはどうして政府からの要請をお受けになったのですか?」
夜見の言っていることは理解できる。
だが、それなら夜見がギルドマスターを引き受けたことに疑問が生じる。
夜見の言っていることは、自分自身にも当て嵌まることだからだ。
しかし、
「そんなの決まってるだろう? アタシは誰よりも
それを否定することなく夜見はニヤリと笑みを返すのだった。
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